2話

 それは、ダルバン白爵を助け出す三日前。

 ダルバン白爵を助ける依頼を受けたのは、客もまばらな店内で、昼食には早すぎる時間帯。

 遅い朝ご飯としてあたしとセロがカウンター席でカレーライスとオムライスをそれぞれに食べているときだった。

 ここのは第五階層産のちゃんとしたお米ではなく、第八階層で作られた通称ハチマイ。パサパサしててあたしはあんまり好きじゃない。

 貧乏舌で子供舌のセロはそんなオムライスでいいかも知れないけど、あたしは! グルメなの! ふっくらした白米でカレーライスを食べたいの!

 なのに、この安いコメしか入荷してないこの喫茶店でゴハンを食べる。信じられる?


「ワトさん、お味はいかがですか?」

「まあまあネ」

「おかわりは?」

「カレールー多めでよろしク」


 ……勧められたゴハンを断るっていうのも、真のレディはしないのよ。

 あたしがカレーライスに入ってる竜のスジ肉と格闘している間、その女――この店の店長、カ・ル=ダモンは紙の資料に相棒のオムライスからケチャップが跳ねないように離して置いていた。


「……第二階層からの依頼? 俺たちに?」

「そ。階層問わず、一番腕利きの探偵にってことでさ。キミたちが一番さ。ボクが保証する」


 その女の強すぎるウェーブの掛かったクセッ毛は、後ろで縛っていてもバンダナからピョンピョンと跳ねだしている。

 ……店長がカ・ル=ダモンで店名がカルダモン。センス良すぎてあたしは気に入らないわね。カレーの隠し味のカルダモンは好きだけど。

 この喫茶店は第六階層唯一の喫茶店。

 上の階層と違って治安が悪すぎて喫茶店なんてやってられないのが当たり前だが、この店だけは例外。

 カ・ル=ダモンは、爆炎術師(パイロマンサー)にして散弾銃士(グレープガンナー)にして呪印士(シーラー)。

 どれも二流。言っちゃ悪いと全く思わないから言うけど、才能ナシ。幅広くやれば良いってもんじゃない。

 ただ、情報屋と仲介屋としては一流で、色々な側面が合わさることで、この喫茶店は成り立っている。

 食事という名目で来店して情報の売買、仕事の依頼や斡旋を行う。

 何もないときでも食事にくれば大して注目されることもないしね。味もまあまあ。

 結果、絶品というわけでもなければ、値段もフツーなこの喫茶店は、第六階層屈指の立脚地、ってわけ。

 資料に目を通す相棒を横目に、あたしはカレーライスを食べ終わり、机の上を歩いて資料へ向かって行った。

 あたしが読まないことには、話が進まないのよね。頭脳労働担当だもの。


「……人探しネ……ずいぶんと“探偵らしい”仕事じゃないカ。本当にコイツで良いノ?」

「うん、ボクの知る限り、キミたちふたりが一番条件にピッタリなんだよね」

「アタシはともかク、セロ……?」

「依頼人は、ダルバン白爵(ハクシャク)夫人か。行方不明になっているのは……ダルバン白爵本人? ガタカ出版の大本……大事件だな」

「四日前からね。だから依頼料もドーン! 引き受けるっきゃあないよね!」

「おかしくなイ? そんなニュース、聞いたことないヨ?」

「ガタカ出版はこの地下都市に三つしかない出版社のひとつだからな。情報統制くらいできるだろうさ。だが興味深いな。白爵は“近代史”の研究をしているはずだったな」

「――そういうこと。受けるよね? 近代史、大好きでしょ?」


 近代史。

 遠い過去の資料は多くこの街に存在している。

 空が映った映画、地平線という奇妙な概念、異世界と区別が付かない地上で撮影されたり、地上を表現した多くの作品群。

 だが、この街には“なぜこの街が地下に存在しているか”を説明する資料は、あたしですら知らない。

 それを解き明かす研究が、近代史。

 セロは歴史青年というわけではないが、セロは見つけ出さないといけない相手がいる。

 生業としての仕事じゃない。信念としての仕事として、セロは探している連中が居る。


「この街は天使が作った……その“天使”について、何か知っているかもしれないなら……そうだな、答えは決まっているな」


 セロは天使を追っている。

 ダモンは、分かり切っていた答えを聞き、第二階層へ続く高速エレベーターのチケットを差し出した。

 これもかなり高価なもので転売でもすればそれだけで金額になるというものだが、ダモンは釘をさすことはしない。

 明確だからだ。セロは多くのものを失った。

 それから残った僅かなものも捨てながら歩き続けている。

 全ては、天使を見つけ出すために。

 それがこの幾魔学地下都市メイヅスの禁忌(ナゾ)に近づくことだろうと構いはしない。

 トレンチコートに袖を通し、紅のマフラーを巻き直す。手袋は食事中も外していなかった。

 義手の右はともかく、左は取れって何回言っても外さない。行儀が悪い。セロが小銭をカウンターへ置いている間に、あたしはセロの残したオムライスをクチバシでつっついて食べきった。

 意地汚いんじゃないわよ? レディは食べ物を粗末にしないのよ。


「って、セロ。お客さん来てるわヨ。避けて」

「ん、ああ、申し訳ない」


 妙に焦った様子の乗馬服のふたり組に道を譲る。

 下の階層では見ないような高価そうな服。珍しいと思いつつ、あたしは昼食を食べきった。

 何か困りごとで誰かに頼りたいときここに来る。それは身分はあまり関係ないのかもしれない。


「行くぞ。ワト」

「はいヨっ!」








 そしてあたしとセロは、そこからオンボロ教会を探し当てて、その下のオンボロダンジョンを歩いて、オンボロじゃない元気な魔獣を倒した。

 白爵を担いで連れて行ったら家族や使用人に涙涙で迎えられ、医者が駆けつけ、食人植物マン・イーターから抽出したビタミン剤の点滴をぶっ刺されていた。


「ありがとう、何度言っても言い切れない、本当にありがとう……」


 セロは貴族嫌いだが、こうも屈託なく、率直に礼を言われて、嫌味を返せるほどの逞しさを持ち合わせてはいない。

 そして、元気とは程遠い依頼人から天使の話を聞きだせるほどに傲慢にもなりきれないのだ。

 結果、また来ますとだけ伝え、報酬を受け取って館を出た。最後までいつでも来てくださいと嬉しそうに言うものだから、苦笑いするしかない。


「天使の話、聞けなかったネ」

「まあ、仕方ないんじゃないか。衰弱が酷かったからな。また機会を作って聞きに来るさ」


 もう天井がずいぶん明るかった。

 日光灯の強さからして今は正午か。空のないこの街では照明の強弱で時間を計るしかない。

 状況の説明を医師、奥さん、軍警察と続けて説明する必要があり、教会の下のダンジョンに関しても道案内。それから報酬や必要経費の打ち合わせ。

 おそらく、人が生きてればすることって大して変わらないと思うけど、ここは幾魔学地下都市メイヅス。第一階層から第九階層で成る地底都市。

 なぜ、いつ、誰が建造したのか、あたしでも知らない。各地に数多の魔獣が眠り、空には太陽代わりに電灯が輝く。神秘と科学の合わさる空のない幾魔学地下都市。


「セロ! ステーキ! スキヤキ! トンカツ! 喰ってこウ! 肉ーッ! 肉ーッ!」

「どうして? 戻ればカルダモンがもう開いてるだろ?」

「今! あそこのメニュー飽きタぁああああ! タコヤキ! ピザ! オコノミヤキぃいいい!」


 神秘だろうと科学だろうとお腹が空く。昨日のカレーから何も食べてない!

 ガラス窓が日光灯を反射し、住人は全員ピッカピカの服。上階層では電力税や酸素税が払えなければ下の階層に追放されるので貧乏人はいないのよね。

 よくよくセロは第二階層のインテリ気取りの人間やエルフたちが嫌いだと話す。

 勤労の汗を汚いものだという目が好かないんだって。気持ちは分かるけどね。

 それでも今回みたいに助けてって言われれば依頼は受けるし、毛嫌いしてるってわけでもないんだろうけどね。

 来るときは依頼人が待っているから直通高速エレベーターを使ったけど、帰りはいつものように第六階層への鈍行の物資運搬用エレベーターへ向かっていたりする。


「虐待ダ! 肉も食わせズ、こんなウンコ臭いエレベーターに乗せル! 虐待ダ! 人権団体呼んでくレ! 人権……鳥権侵害!」

「何語だそれは。日本語を喋ってくれよ」

「喋ってるでしョ! アタシ以上に日本語喋れる鴉なんか他にいなイ!」

「確かにな。居たらかなり……賑やかそうだ」


 聞く気なし。

 未だに疑問。セロは上層が嫌いとよく言うが、貴族を毛嫌いしているわけではない。

 だが、こういうとき、頑なに上の層に居たがらない。

 元は……あの日までは、セロも貴族だったというくせに。

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