デジャヴの法則

街々かえる

デジャヴの法則

 夢をみる。

 それは、あまりにも残酷で、無慈悲で、むごい、夢だ。


「どうしたの?」

 突然立ち止まった俺に、彼女、舞原香澄は少し先でふり返り尋ねる。赤い傘がふわりと揺れる。

「……いや、なんでもない」

「何それ。和樹のなんでもない、はなんでもあるからなあ」

「……そうだな」

 その時、こんなくだらない話をしようと思ったのは、きっとこの雨のせいだろう。

 やみそうでやまない、朝から降り続く霧雨が、俺と彼女の差した傘をしとしとと濡らしていく。

「この光景をどこかで見たことがある、気がした」

「え?」

 隣を歩く彼女の赤い傘が、その顔を覆い隠して見えなくさせる。

「……ああ、それってデジャヴってやつだよ」

「でじゃ、ぶ?」

「知らない?  ある一瞬の光景をほんとは見たことないのに、どっかで見たことあるーって思っちゃうことだよ」

 どこか動揺した様子の彼女は俺から目をそらした。

 肩を震わせるその様子は……なんだ、笑っているのか。

 俺がそのデジャヴとやらを知らないのがそんなに可笑しいか。

「舞原は面白いことを知っているな」

「常識だよ、知らない和樹の方がおかしいの」

 全く心外だ。そんなマイナーな事象の名前など知らなくても生きていける。

「和樹はほんと面白いよ。もったいないよ」

 ふいに優しく笑ってみせる舞原に、俺は首をかしげる。

「もったいない?」

「みんなが君のこと誤解してるのがさ」

「……俺に白井達とつるめと言うのか?」

「なんでそこで将馬の名前が出てくるの」

 白井将馬。最近俺と舞原のクラスに転入してきた男だが、なんでも舞原の小学時代の同級生らしい。互いのことは分かっているということか、よく話しているのを見る。……実際にも。

 俺は話さない。ああいう、なんでもできてクラスの中心人物になるような奴とはうまくやっていけない。昔っから、そうなのだ。性格的に合わない。

 ただ、アイツに関しては、それだけではない気がしていた。苦手、というよりは嫌いなのだ。あのへらへらとした笑顔が、嘘に見えて仕方がなかったからだ。

「仲良いんだろ」

「あー、将馬ねー。うん」

「なんだ? やけに歯切れが悪いな」

「いや、あっちが話しかけてくるから話してるだけだから。私はそんなに……」

「そうなのか」

 意外だった。あいつと話している舞原はいつも楽しそうだから。

 ああそうか、俺に対するただの遠慮か。


 実は、夢で見たのだ。

 これに似た光景を、夢で見た。だから、デジャヴが起こったのだろう。

 舞原は白井と並んで歩いていた。赤い傘と、青い傘が隣り合ってゆらゆらと揺れる。俺はそれを後ろから眺めていた。

 夢の中で、俺は彼女に声をかけるが、彼女はそれを無視する。俺が存在していないかのように、振る舞う。

 俺は彼女の肩に手をかけようとするが、何故か届かない。こちらは足を速め、しまいには走っているのに、歩いている彼らにどうしても追いつかない。

 そして、二人は見えなくなる。

 俺は暗闇に取り残される。

 それが、今にも起こりうる未来のように思えて、怖かった。


「ねえ、和樹」

 舞原の言葉にはっとする。

「今日、放課後一緒に帰れないけど、ごめんね」

「え、そうなのか」

「そう。ちょっと用事があって」

「わかった」

 近づいてきた学校のチャイムが鳴るのが聞こえた。

「いけない、ホームルーム始まるよ。急ごう」

 舞原がしとしとと降る雨の中、先をゆく。それに少し恐れを抱いて、俺は傘を閉じて彼女の背中を追って走った。

 今は彼女に、追いつけそうだった。


 *


 どうか神様、彼を救ってください。

 私は雨が降り出しそうな曇天の中、住宅街の坂道を、上へと一生懸命に走っていた。

 放課後、用事があると嘘をつき、彼が教室を出る前に、気づかれないように学校を出た。傘は置いてきた。この後また雨が降るってわかっていたけど。

 ほんとは、神様なんていないってわかってる。神頼みをしたところで、期待するだけ無駄なのだ。だから、私が行動するしかない。けれど、祈らずにはいられない。誰も、邪魔をしませんように。

「やあ、舞原さん。そんなに急いでどこに行くの?」

 努めて明るいその声に私は体をビクリと震わせ足を止める。

 何も言わず振り返ると、彼はニコニコとこちらを見つめていた。それはいつものへらへら笑顔となんら変わらない。

「君の家はそっちじゃないだろ」

 坂の下から現れた白井将馬は私を少し見上げるようにして笑う。

 私は少しだけ覚悟して、本当のことを告げた。

「トラックを止めに行くのよ」

「へえ、トラック。何のトラック?」

 こいつ。わかってるくせに、白々しい。

「運転手がもうすぐ心臓麻痺を起こすトラックよ」

「ああ、小坂クンを轢き殺すトラックか」

 彼は笑顔を崩さず飄々と言い切る。

 本当に、嫌い。

「あんたの言う通りにはしてるでしょ? 和樹はいつもの道を通って家に帰ってるんだし」

「確かにね。君が彼に助言して、彼があの交差点にいかないように小細工することもできただろうけど。……それは流石にやめてくれたみたいだね」

「……前にも聞いたかもしれないけれど。何故、未来を変えてはいけないの」

 私たちには、未来が見える。夢という形を通して。


 それは予知夢とでもいうのかもしれない。

 私が最初にそれを見たのは、一年前、高校に入ってすぐのことだ。

 高校近くの街の商店街で、火事が起こっていた。炎はごおごおと燃え盛り、一つの建物を中心に、周囲のいくつかの建物が巻き込まれ、火に巻かれていた。

 大人たちは慌てふためき、水をかける。しかしそれは大して効いていないように思えた。

 夕焼けの空に、黒い煙がもうもうと立ち上っている。

 私はそれを少し離れた建物の屋上から見ていた。

 そんな夢を見た。

 目が覚めた時は、怖い夢を見たなと思って、それだけだった。けれどその日一日、授業を受けていても、ご飯を食べていても、友達と話していても、その光景が忘れられない。ただの夢にしてはリアルすぎた。

 だから、気になって、夢の私がいたかもしれない屋上に行ってみることにした。

 屋上を展望台として公開しているオフィスのあそこだと、察しはついていた。

 その日は綺麗な夕焼けだった。

 誰もいない屋上に出て、火事が起こった商店街の一角を眺める。

 そこに何も変化はなく、なんだ、何も起きないじゃない、と帰ろうとした、その時だった。

 細く煙が上がっているのに気付いた。火事の中心となっていた店からだ。もしかしたら、人がおらず誰も気づかないのかもしれない。今ならまだ間に合う。

 私は急く気持ちで屋上の入り口へと振り返って、そこで。

『あれ、舞原さん?』

 あいつと会った。


「前にも言ったかもしれないけどね」

 坂道の下で、将馬は少し悲しげな顔をする。

「未来を変えると、もっと多くの人が困るかもしれないからさ」

 前に、あの屋上で私を引き止めた彼も、私に同じ話をした。同じ顔をして、同じことを言った。何故そんな顔をして、苦しそうにしながら、こんなことを続けているのか私には分からなかった。

 あの時の火事では、一名の死者が出た。火元になった建物にいた人だったという。他にも重傷者、軽傷者が何人もおり、明るかった商店街には火事の痕が残った。

 あの時私が駆けつければ、もっと被害は少なくて済んだのかもしれない。被害者の人も、死ななくて済んだのかもしれない。

 そう思うと、私はやりきれない思いになるのだった。

 そして今日、和樹がトラックに轢かれる夢を見た。

 それは下校途中。坂の下の小さな信号つきの横断歩道。トラックは坂の上から猛スピードで走ってくる。運転手は気絶しているようだ。雨が降っており、和樹は大きな黒い傘をさしていた。歩行者用の信号が青になる。トラックは、スピードを緩めない。そして。

 私は夢で見たイメージを振り払うように頭を振って、将馬を睨む。

「私は、和樹を死なせたくない!」

「未来は決まっているんだ。それを変えてはいけない」

「死ぬのがわかっていて見殺しにするなんて、人殺しとおんなじじゃない!」

「……だったら、どうするの?」

「トラックが坂に差し掛かる前に、止めるわ。だから、邪魔しないで」

 私は言い切って、坂の上に向かって走り出す。

 まだ、雨は降り出してない。それに、和樹があの信号に行くまで、あと十分くらいはあるはず。だから、大丈夫……!

「邪魔しないわけには、いかないんだよ」

 耳元でその声が聞こえたかと思うと、首に鋭い痛みを感じ、瞬間、私の視界は暗く閉じていった。


 **


「これでよかったんですよね?」

 気絶した彼女を近くの屋根付きのバス停に座らせた後、僕は電話をかけた。

『ええ、ご苦労様』

 耳にへばりつくような気持ちの悪い喋り方をする女は電話の向こうで笑った。

『後はちゃんとお友達が事故に遭うところを見届けてね』

「……わかってますよ」

『お友達なんでしょ? つらいわね』

「僕はお金さえもらえれば何でもいいので」

『ふふ。あなたのそう言うところ、好きよ』

 じゃあ、よろしく。そういって、相手はガチャリと音を立てて電話を切った。

 僕は小坂くんの死を見届ける為に、走り出した。


 *


 そう、僕は見張られていた。

 僕には何もできなかった。

 僕が彼女らの言うことを聞いている限り、彼女らは僕の生活を保障してくれる。

 そういう契約だった。

 身寄りのない自分にとって、収入源は必要だったのだ。生きるために、金は必要だった。

 両親が死んだその時、自分に残されたのは他人の死ぬ夢を見る、というひどく悪質な、何の役にも立たない能力だけだった。だから、それを活用できるのであれば万々歳だった。

 彼女に言われるまま、携帯を受け取り夢の内容を報告した。そして、未来を変えようとするものを止めてきた。


 未来を見る人は、実は何万人といて、素性を明かさず暮らしているのだ、と彼女は言った。

 予知された未来の中には、いろんな種類があり、僕や舞原さんのように近くの者の死をその日の朝に見る場合もあれば、ずっと何十年先の大きな出来事を夢で見る場合もあるらしい。

 そういった情報から、今の状況では二百四十五年先まで、人類の安寧が保障されているという。

 この未来を実現させる為に、それまでの間に予測された未来は予測どおりに起こさなければならない。

 逆に言えば、それまでに予測された未来がその通り起こらなかった場合、二百四十五年後の未来が予測された通りにはならない可能性があるという。

 だから、僕は二百四十五年後の人類のために、今、目の前の人命を見捨てなければならないのだ。


 未来は些細なことで変化していく。

 彼女らが何を守ろうとしているのか、どんな未来を守ろうとしているのか、何のためにこんな死神めいたことをやらせるのか、具体的なことは、僕には全く分からない。知りたくもないし、関係のないことだった。


 *


 坂の下、小坂くんが事故に遭う信号に向かっていた。少し先に、小坂くんの背中をみつけた。いつのまにか雨が降っていた。ぱたぱたと、あまり強くない雨。僕は傘を持っていない。シャツが濡れていたが、気にしている余裕はなかった。

 彼がトラックに轢かれるのを確認する。

 未来が変わらないことを見届ける。

 僕の仕事は、それで終わる。

 同情なんて、憐憫なんて、無いはず、なのに。

 彼の背中に少し近づくが、傘をさした彼は気付く気配はなかった。

 もうすぐ、彼が事故に遭う。死んでしまう。それを見逃していいのだろうか。それを僕は何度も見てきたはずなのに。

 僕は、どうしたいんだ?

『人殺しとおんなじじゃない!』

 未来を変えない為には、どうすれば。


 歩行者用信号が青になる。

 彼が横断歩道を渡りだす。

 トラックが交差点に入る。

 その瞬間、自分でも知らない間に足が動いて、

 僕は、彼を


 何かがぶつかる大きな音、衝撃。

 誰かの悲鳴。

 彼の見開いた目が一瞬だけ見えて、そして、


 世界が、ひっくり返る音がした。


 ・・・


 暗い中でずっとさまよっていた。

 歩くでも、泳ぐでもなく、ただ漂う。体を動かすこともできない。

 見渡す限りの闇は何もなくて、

 何処かから笑い声が聞こえた。

 気がついたら、闇の中に浮かぶ無数の目が僕をじっと見つめていた。


 ・・・


 ピ、ピ、ピ……

 無機質な音が響いていた。

 目を開けると、見慣れない白い天井が目に入る。ここは……

「目が覚めたか、ヒーロー気取り」

 ふと聞こえたのはそんな彼のふてくされた声だった。

 見渡せばそこはどうやら病院のベッドの上らしく、真っ白な部屋は消毒液のような独特の匂いがしていた。

 鈍い痛みが走る。手足はギプスやら何やらでガチガチに固められており、満足に動かすこともできない。

「あれ、僕……どうしたんだっけ」

「俺を突き飛ばし、暴走トラックの前に躍り出た。跳ね飛ばされたお前は全身強打だ。助かったのが奇跡だと、医者は言っていた」

「あ、そう……」

 助かっちゃったのか。と、次の瞬間に思っている。

 あの時、僕はこう考えた。

 ここで彼がトラックに轢かれて死ぬという未来を確かに見た。しかしそれは、高校生男子一人がトラックに轢かれて死ぬ、とも言い換えられる。

 つまり僕がその未来を引き継ぐ事ができるんじゃないか、と。

 僕が彼の代わりに死ねば、未来は変わらずに済むんじゃないかと。

 改めて考えてみると、なんて勝手な考えだ、と思うが、あの時はそれがうまくいくような気がしていた。

「馬鹿なことを」

 吐き捨てる彼にどうにか笑いかける。

「それ、仮にも命の恩人に言う言葉かい?」

「舞原から全て聞いた」

 その言葉で瞬間的に室内に緊張が走る。

 理解すると同時に呼吸が早くなる。それはつまり、僕が小坂くんを見殺しにしようとしていたことも、全て。僕は、焦っていた。

 それとも知らず、隣で座る小坂くんはまた吐き捨てるように、でも今度は少し優しげに、同じことを言う。

「馬鹿なことを」

「……怒っていないのかい」

「何を怒る必要がある? お前は命の恩人だろ」

 ああ、そうか。そこでようやく自分のしたことを理解した。

 彼も生きていて、僕も生きている。

 僕は未来を変えてしまったのだ。今までさんざん、舞原さんにも、変えてはいけないと何度も言っておきながら。

「……君の代わりに僕が死ねば、未来は最低限変わらずに済んだはずなのに」

 これは、ひどいお叱りがくるだろうな。

 それだけじゃなく、二百四十五年後の人類ももしかしたら、僕のせいで……。

「未来を変えて何が悪いんだ?」

「……君は未来は見てないんだろ」

 なら分からないね、と少し馬鹿にしたように言ってやると、彼は分かりやすく顔をしかめた。

「未来は未来だ。過去じゃない。変えられないわけじゃないだろ」

「分かってないな。人一人が生き残っただけで、その代わりに他の誰かが死んでいる可能性は大いにある。自分のエゴで他人を殺してるかもしれないんだぞ」

 そうだ。もしかしたら僕のせいでもう、他の誰かが……。

「それがどうした?」

「それっ……?!」

 なんでもないことのように言うから、驚く。ちょっと声が震えてしまう。

「ああ、まだ説明不足だったかな。未来予知でね、もう二百四十五年先まで人間の時代は安寧であると予知ができているんだ。でも、それが少しの変化で変わってしまうかもしれない。だから未来を変えるわけには」

「二百四十五年先なんて俺たち誰も生きてないだろ」

「それはそうっ……だけれど」

 図星を刺されたような気がした。今まで僕の中で引っかかっていた何かをとってくれたような。

「それに、その未来が俺たちにとって本当にいいものかも分からない。そんなのを単純に信じる奴は、馬鹿だぜ」

「僕を馬鹿だって言いたいのか」

「ああ、馬鹿だろ」

 言い返す気力もなくて、ははっ、と笑う。

 確かにその通りかもしれない。今まで、ただ言われた通りにしてきたけれど、それは最善ではなかった。今は、そう思う。

 コンコン、と音がして、病室の扉が開く。缶ジュースを二つ持った舞原さんがそこにいた。

「あー! 目、覚ましてる!」

「……どうも」

 つかつか、と歩み寄ってきた舞原さんは僕の顔を睨むとムッとする。

「いたいけな女の子に手刀喰らわすなんて、ほんっとありえないから! 反省してよね」

「あー、うん、反省してます」

「いたいけかぁ?」

「そこ、黙る!」

 小坂くんの方を指差してから、彼女は手に持っていた缶ジュースの片方を彼に渡した。

「お、ファンテグレープ、さんきゅ」

「あれ、僕の分は?」

「あるわけないでしょー、起きてると思ってなかったんだから」

 そう言う彼女は手に持ったオレンジジュースの缶をカシュッと開ける。

「というかその姿勢で飲めないだろ」

「じゃあ飲ませてよ」

「上から落ちる液体を口で確実にキャッチできる自信があるなら、いいわよ」

 そうやって意地悪そうに舞原さんが言う。

「もうちょっと優しくしてよ」

「誰が優しくするもんですか」

 べー、と舌を出す舞原さんを見て、僕はにやにやしてしまう。舞原さんも小坂くんも、笑顔だった。こんな時間があるだなんて、夢にも思わなかったな……。

「なあ、白井」

 真面目な顔をした小坂くんが、声をかけてくる。

「間違いなく、未来は良い方に変わっただろう?」

「そう、かも」

「かもじゃなく、そうなんだよ。俺は死ななかったし、お前も確かに重症だが生きているし、トラックはあの後暴走を止めて、それ以上の被害は出なかった。分かるだろ? 未来を変えるのは、悪いことじゃないんだ」

 彼はこうも言う。

 悪い未来が見えているのなら、それを良くしようとして何が悪いんだ?

 それは今まで僕が何度も自問自答してきた言葉だった。何度も彼女に問われた言葉だった。その度に、僕はずっと先の人類のためだと、目をつぶってきた。

 目の前で人が死ぬのを見届けてきた。

 でも、本当は。

「白井、お前はどうしたいんだ」

 彼は僕をまっすぐに見つめて聞いてきた。

 僕はそうやって、人と目を合わせて話すことが、実は苦手なのだろう。僕の奥底にあるものを知られてしまいそうな気がするから。夢で人の死しか見ることのできない自分が、寂しい人間であることがばれそうで。

 でも、今なら、彼らにならそれを、明かしても良いと思った。

 僕はその目を、まっすぐに見た。

 真っ黒なその瞳に、ベッドに寝そべる僕が映っていた。

「僕は……死神には、なりたくない」

 彼は、にっと笑って、うなずいた。

「ああ、わかったよ」

 かがんでいた体制を元に戻し、胸を張るようにして言う。

「俺が協力する。もともと、お前に助けてもらった命だ」

「将馬が何かと戦ってるなら、私たちも戦う。そう決めたの」

 舞原さんも、どこか優しげな表情で言う。

「嫌な夢なら、デジャヴにしなければいい。……そうでしょ?」

 舞原さんの言葉に、小坂くんはにやりと笑う。

「これからは、死の未来を変える、そのために、一緒に戦うんだ」

 彼らがあまりに熱心にこちらを見つめるから、僕は少し気が抜けたように、息をついた。

「二人とも……馬鹿だろ」

「馬鹿で結構さ。悲しいのより、そっちの方がいいだろ」

「……ああ、たしかに」

 彼が笑う。それは、差し込んだ眩しい光のようで。

 これでよかったと、今なら思える。

 なんとかなるだろう、と。

 何の確証もない、夢を見たわけでもないけれど、そう思えた。


 ***


 目覚ましが鳴っている。

 僕は目を見開いた。

 徐々に布団の上に体を起こす。

 また、夢を見た。

 内容を覚えている。これは、予知夢だ。

 少し、戸惑っていた。どうすればいい?

 場所も、何が起こるかも、分かった。

 今までは、見逃して、その通りに起こることを確認してきた。

 けれど、今は。

 その時、携帯が震える。

『夢! 見た!』

 彼らからの通知だった。

『止めに行こう。間に合うだろ?』

 けれど、今は、仲間がいる。

『ああ、未来を変えよう』


 終

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デジャヴの法則 街々かえる @matimati-kaeru

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