幕間 ある破術士と魔導書

 頭が割れるように痛い。当然だ。とっさに強化術を使ったとはいえ、メイスで頭をぶん殴られたんだ。おそらく頭蓋骨にヒビぐらい入ってる。実際に割れてるわけだ。頭から流れ出る血が左目に入ってるのか、視界の半分が真っ赤だ。しかし、よく生きてたもんだ。自分の悪運の強さに驚く。


 体を起こしてみる。血を流しすぎたせいか、頭を強打されたせいか、くらくらする。両方か。すぐそばには伯爵が転がってるな。こいつはダメだ。完全に頭が砕けてやがる。即死だろう。俺は苦労して起き上がると、三階の伯爵の書斎を目指す。たどり着けるかわかんねぇけどな。


 隷属させられる呪術は解けている。破術を使いさえすれば解けたはずだが、厄介なことに、こいつは反抗しようなんて気が一切起きない。当然、自分に破術を使おうなんて発想も湧かなかった。悪魔の魔術のやばさを実感する。あの幻術士は仲間に解いてもらったんだろう。


 しかし、悪魔の魔術がやばいのは当然として、あいつ、レイジっていったか。あの幻術はただ事じゃなかったぞ。速くて正確なんてもんじゃない。魔力の操作まで抜群。魔覚を常時強化して魔力の流れを見てないとできない芸当だ。あれだけ幻術を連打しながら強化も維持するなんて化け物だ。狂犬カダーシャの仲間だけある。


 普通、幻術士は俺たち破術士に魔術じゃ勝てない。俺たちは人の魔術を解除するのが本分だ。あとは素の状態でのどつきあい。そのために体を鍛えて武術を身に付けている。幻術士にせよ、強化術士にせよ、魔術無しなら武術で勝る分こっちが有利だ。破術を維持しながら格闘でかたをつける。俺は自他共に認める一流の破術士だ。二対一だろうと、幻術士や強化術士には負けねぇ。そう思ってたんだがなあ。


 階段を登るのがきつい。三階まで行けるのかね、これ。途中で力尽きて死ぬかもな。……あの幻術士、まだ若かったな。十五ぐらいか。あのまま成長したら文字通り最強の幻術士になるだろう。たまんねえよな。予防の術をいくら掛けたって、それより速く幻術が飛んでくる。普通あり得ねぇよ。破術の術式は癖さえわかってれば単純だ。適性が高ければ高いほど、速く打てる。障壁術に次いで速く展開できる魔術。破術の優位性はそこにある。幻術なんて全系統の中でも遅い方だ。それが、俺の破術より速いとか、まったく悪夢だぜ。


 なんとか三階まで上がれた。自分の生への執着心を褒めたい。この調子なら、あの魔導書を回収した上で、生きて城から出られそうだ。そしたら誰か拾って手当てしてくれるだろう。しばらくは安静だな。その間に古代の魔導書を読んでやろうじゃないか。あの小娘が読めてたんだから普通語に訳された写本なのは間違いない。


 書斎に到着。鍵は無し。魔導書は机の上。不用心だな。まぁ、伯爵の奴かなり慌ててたからな。……内容は間違いない。悪魔の召喚について書かれた写本だ。こいつを出すとこに出せば一財産稼げるはずだ。ついでに路銀用に机の中の銀貨を頂戴する。


 階段は降る方が辛かった。なんせくらくらしてる。ちょっと足を踏み外せば転がり落ちておしまいだ。今の負傷具合で生きてられる自信は無い。慎重に慎重に降りていく。二階から入り口へ。ホールの階段をまた慎重に降りる。死体がごろごろ転がってる。何人やられたんだ? 狂犬と戦わされなくて本当に良かったぜ。


 跳ね橋を通って城を出る。しめた、通行人がいるぞ。頭から血を流す俺に気付いて寄ってきた。

「大丈夫ですか?」

大丈夫じゃねえよ、見ればわかるだろ。

「治癒術士のところに連れていってくれ……頼む」

「はいっ!」

良かった、善良な市民ってやつだ。肩を貸して、時々励ましてくれる。この先はアムテリン神の寺院か。荷物の中の魔導書を見られたら厄介だな。そこは俺の悪運の強さに祈るしかねえ。



 治療を受けてからかなり長いこと眠った。聞けば三日間、目を覚まさなかったらしい。自分で思ってたより死ぬ寸前だったみたいだ。くすねておいた銀貨の半分を寄付してやった。司祭は喜んで、完治するまで逗留しろって言ってくれた。そうさせてもらうさ。その間に魔導書を読んでおこう。



 『失われた空術』か。空術ってのは召喚術の昔の呼び方らしい。悪魔の召喚だけをする系統じゃなかったんだな。一瞬で遠く離れた場所に移動するだとか、距離に関係なく会話ができるだとか、とんでもないことが書いてあった。この空術があれば、世の中もっと便利になるんじゃねえの? 知らんけど。


 わけのわからん記述も多い。ただそこにあるだけで周囲の生き物のシルル? を破壊して不毛の荒野にしちまう物質があるそうだ。それを使えば都市ひとつ跡形もなく吹き飛ばす元素術が使えるとか。こんなもの乱発したら世界が滅ぶだろう。禁術として無かったことにされたのも頷ける。


 よーし、気が変わった。この魔導書。こんなものをミリシギス伯爵みたいな奴に渡したらこの世の終わりだ。売り払うのはやめておこう。かといって、焼くのももったいない。どうしたもんかね。いい方法が思い付くまで持っておくか。俺が死ぬ時が来たら誰かにくれてやろう。死んだ後なら、世界が終わろうと知ったこっちゃないからな。

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幻術士は世界を書き換える 泉井夏風 @izuikafu

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