十四日目 リラの元へ走る
「レイジさん、聞こえますか?」
(聞こえるよ、リラ。明日助けに行く)
「近くまで来たんですね!」
リラはこれまでで一番の笑顔を見せた。
(うん。たぶん夕方、乗り込むよ)
「ここからではよくわかりませんが、カルゲノ城には守備兵がいるはずです。大丈夫でしょうか?」
(大丈夫。作戦はばっちりだ。必ずリラを救いだす)
「レイジさん……! 私、待ってます!」
(それじゃあ、明日。会おう)
「はいっ!」
ついにリラと会える。実感が湧かないけど、それも俺の頑張り次第だ。リラの〈夢の言伝て〉が終了した。
今日は少し遅く起きた。ゆっくりと、ぐっすり眠れた。みんなで朝御飯を食べながら、カルゲノの都市内に入る方法を確認する。
「儀式は明日。今日はここノルカルゲノにいた配下の帰還を待っているはずです。つまり、市門は開いている可能性が高いと考えます。近くで馬を降り、レイジ様の幻術で衛兵を無力化して入り込みましょう」
ルソルさんの言葉に頷く。
「もし、閉まっていたら?」
「エトナさん。衛兵との交渉をお願いします」
「私!?」
「大丈夫です。衛兵が本来の、市民を守る意思を持った正規の兵なら、真実を話せば説得できるはずです。もし伯爵の雇ったならず者が詰めていた場合は金で寝返るでしょう。悪魔の召喚について、少なからず恐怖心を抱いているはずですから」
エトナさんは少し考え込む様子を見せた。
「あー、わかったわよ。やるだけやってみるわ。そもそも開いてる可能性の方が高いわけでしょ?」
「ええ、明日ならわかりませんが、今日はまだ厳戒態勢とはなっていないでしょう」
……いざとなったら幻影や幻聴で騙すこともできるかもしれない。
「もし、閉まってたら一回相談しよう。エトナさんの交渉が有利になるよう幻術で手助けします」
エトナさんが頷く。
「どちらにせよレイジさんが一度偵察に行く必要があります」
クレイアさんがそう言って眼鏡を上げる。
「任せて」
みんなが頷く。
「では、行きましょう」
体力を温存するために馬でゆっくりと街道を進んだ。馬なんて初めて乗るから心配だったけど、セラ姉に抱き付いていればいいだけだったので難しくなかった。そして、予定通り城壁がぎりぎり見えてきたところで馬を降りる。俺は単独行動を開始した。〈不可視の衣〉は散布した魔力に触れた相手の感覚を惑わす魔術だ。効果範囲外からは丸見えになってしまう。まっすぐ市門に近付けば、当然発見されてしまうだろう。だから街道から外れて回り込み、城壁沿いに進んだ。よし、門は開いている。衛兵は正規兵みたいだ。彼らはどこまで知らされているんだろう? いや、余計なことを考えてる場合じゃない。〈幻惑放心〉の術式を組む。たちまち、四人の衛兵たちの表情が呆けたものになった。俺は〈不可視の衣〉を解除して街道の先に向かって大きく手を振る。すぐにみんなが馬で駆けてきた。
「ツイてるわ。幸運神ワンディリマよ、この先もお願いします!」
エトナさんの祈り。俺もシャナラーラ女神に祈っておこう。どうか、作戦を成功させてください。
日の傾く中、都市の内部に入ると、市民は普通に歩き回っていた。みんな戦争が近いことを知っているのか表情が暗い。都市が通常通りに機能しているようなので大通り沿いの宿に立ち寄る。馬を預かってもらうためだ。宿の人は「神官様、敵はいつ攻めて来るのでしょうか?」と聞いてきた。なるほど、一般市民にはそういう風に言ってあるのか。
「安心してください。市民に被害は出ませんよ」
ルソルさんがいつもの調子でそう言うと、宿の人の表情は少し柔らかくなった。確かに、俺たちの作戦がうまくいけば、この人たちの生活が脅かされるようなことは無いはずだ。
都市の中央にあるカルゲノ城へと向かう。城門前でカダーシャさんが大暴れする予定だ。堀に囲まれたカルゲノ城の正門は跳ね橋になっている。ガラの悪い男たちがその跳ね橋の上に十人ほど立っていた。
「行くぞ。弟は隠れてついて来い」
「はい!」
「レイ君、無理はしないでね」
セラ姉が手を握ってくれる。俺はそれを握り返して目を見て言った。
「わかった、行ってくるよ」
カダーシャさんが武器を手に悠々と門へ向かって歩いていく。青銅の金色が夕日に照らされてきらめく。跳ね橋の上の男たちが訝しげな表情を浮かべた。
「我が名はカダーシャ! フロルカロル神に仕える戦闘司祭だ! 腕に覚えのある者は掛かって来い! いないのならこちらから行くぞ!」
ならず者たちが明らかに焦った表情を浮かべる。きっと狂犬の噂ぐらい知ってるんだ。カダーシャさんは右手で斧を立てると、左手を門の方に向けた。何か元素術の術式を構築している。ならず者たちもそれに気付いたようで、慌てて武器を手にカダーシャさんに挑み掛かった。たぶん、ならず者たちは強化術を使ってる、動きが速い。それでもカダーシャさんは華麗に攻撃をかわしていく。そうして、左手から〈稲妻〉を放った。城門の上から身を乗り出していた何人かが悲鳴をあげて落下する。元素術でカダーシャさんを狙っていたらしい。続いて、カダーシャさんは青銅の斧に電撃をまとわせた。あれが対人用の技というやつか。帯電した斧をひと振りすると、雷電がほとばしり、刃を避けることに成功した敵を打つ。ならず者が二人、悲鳴をあげて倒れた。もうひと振りすると、さらに二人が悲鳴をあげて堀へと落ちた。カダーシャさんは敵を圧倒している。だけど、この騒ぎを聞き付けて、大勢の兵士やならず者がやってくるはずだ。〈不可視の衣〉をまといながら跳ね橋の端で待機していた俺は、カダーシャさんが「行け」と言うのを待っている。城内から兵士が走って出てこようとしているのが見えた。
「行け」
カダーシャさんが敵の攻撃を避けながら静かに言った。俺が通り抜ける間、電撃を振り撒かないつもりだ。俺は急いで走り出す。衛兵の間を縫ってすれ違い、城内に入った。
ルソルさんに見せてもらっていた見取り図を思い出しながら慎重に進む。目指すは東側の塔だ。城の中の兵士や傭兵が正門に向かっていく。敵の数が増えたらセラ姉やルソルさんがカダーシャさんの援護を始めるだろう。さて、〈不可視の衣〉も万能じゃない。長い廊下で敵と行き合ってしまった。離れた敵には俺が見えている。すぐに〈不可視の衣〉を諦めて、距離を詰め、すかさず〈恐怖の喚起〉を使った。前から走ってきた三人は、悲鳴をあげて腰を抜かす。俺はその傍らを駆け抜けた。
〈恐怖の喚起〉で敵を無力化すること三回。俺の幻術の速度には誰も反応できなかった。初めて人と戦うけど、負ける気がしない。そして、東の塔に昇る階段にたどり着いた。リラはこの上にいるはずだ。呼吸を整えて、足に強化術を掛けてから螺旋階段を駆け上がる。この数日間、伊達に歩き詰めてない。このぐらいの階段、今の俺の体力なら余裕だ。上にも敵がいるだろう。魔覚に集中する。おや? 誰も待ち伏せをしてない。しめた、見張りも正門にむかったみたいだ。
塔の上の部屋にたどり着く。まず目に入ったのは鉄格子。リラが囚われてる部屋だ! ……おかしい。どうして誰もいない? 東の塔は無人だった。日が落ちて暗いけど、人がいるなら魔力を感じ取れるはずだ。魔覚を強化しても、やはり誰も隠れていない。冷静になれ俺。考えられる可能性は? リラが自分のいる塔を勘違いしていた? いや、この部屋には誰かが生活していた形跡がある。東側に窓があるから朝日が差し込むはずだ。方角を間違えたということもないだろう。 じゃあ、リラは他の場所に移された? 昨日の夜の時点ではそんなことは言ってなかった。今日になってから移されたことになる。どこに? 探さないといけない。そうだ、敵を尋問しよう。急いで塔を駆け降りる。「いたぞ!」兵士が向かってくる。ちょうどいい! 〈恐怖の喚起〉を掛けて駆け寄る。腰の剣を抜いて喉に突き付け幻術を解除した。
「東の塔の女の子はどこだ!」
兵士は恐怖に歪んだ顔で答える。
「ひぃ! け、今朝、地下牢に移された! 頼む! 死にたくない!」
地下か! お前はもう少し怯えてろ! 再び〈恐怖の喚起〉を掛け、剣を鞘に納めてから走り出す。背中に絶叫を聞きながら一階に降りる階段へ向かう。
地下牢への階段の前にも一人、敵がいた。俺がリラを救出しようとしていることを予想して待ち受けているんだろう。お互いに気付くと同時に〈恐怖の喚起〉を仕掛ける。そのまま走り抜け……ようとしたのに、どうして? 男の拳が俺のみぞおちに叩き込まれている。変な声が出た。痛みに耐えられず、その場に膝を突いてしまう。
「すげぇ幻術士だな。あちこちで絶叫してるから〈恐怖の喚起〉だろうと思って〈精神保護〉を掛けといて正解だったぜ」
何だか知らないけど、〈恐怖の喚起〉を防がれたらしい。だけど俺の術はそれだけじゃない! 〈眩暈〉の術式を発動! 男の体がぐらりと揺れる。よし、この隙に立ち上がって階段を降りるんだ……。
「なんて速度で幻術打ちやがる」
〈眩暈〉が打ち消されてる!? やばい、こいつ、破術士だ! 顔を殴られる。目の奥に火花が走ったような感覚。鼻の奥がツンとした。
「伯爵のところに連れて行かないとな。お前を呪術で操れば、あの戦闘司祭も止められるだろう」
もう一撃食らう。意識が、飛んだ。
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