八日目 ドキドキ野宿体験
「レイジさん、聞こえますか?」
リラが連絡をしてきた。一体どんな魔術を使って話しているんだろう? 純粋な好奇心で聞いてみた。
「初めはよくわかりませんでしたが、古文書で召喚術をある程度学ばされた今ならわかります。夢を通じることで空間を超えて念話を送る〈夢の
(うん、夢を見てるんだ。リラの姿が見えるけど、リラの方から俺の姿は見えてるのかな)
そう伝えた途端にリラが焦った表情を浮かべる。
「私が見えてるんですか!?」
ああそうか……。リラはボロボロの粗末な服を着ていて、髪も乱れている。女の子ならあんまり見られたくない格好だと思う。だけど、この姿からはリラがどんな扱いを受けてるのかが伝わってくる。
(辛いだろうけど、必ず迎えにいくよ)
「はい、レイジさんは私の希望です。……そろそろ、集中が途切れそうです。また明日」
(また明日)
目が覚めると雨は上がっていた。爽やかな空気を肺いっぱいに吸い込む。今日はノルセヤロカという宿場まで行くはずだ。
朝御飯はエトナさんの希望で食堂で食べる。ベーコンだと思う肉の薄切りを焼いたものを、薄く切ったパンに乗せて食べた。パンは焼きたてらしく、すごく美味しい。
「近頃はずっと寺院勤めだったから、こういう朝御飯嬉しいわー。毎日毎食堅パンとかさー、たまにはこうやって美味しいもの食べたいよう」
やっぱり寺院のパンって美味しくないよね。エトナさんが堅パンを嫌ってたことを知れてホッとした。
「なんていうか、エトナさん、神官にしては俗っぽいですよね」
「ワンディリマの神官はわりとよく地方の商家に行くのよ。心証をよくしようと美味しいもの食べさせてくれるのよねー。役得ってやつ」
なるほど、接待されることが多いのか。
「堕落だな、神官たるもの常在戦場。粗食に慣れておくべきだ」
そんなことを言いながら他の誰よりもたくさん食べてる戦闘司祭。
良かった、昨日の微妙な空気はなくなってる。セラ姉も上機嫌。せっせとパンに肉を乗せて俺に渡してくれる。
「人数増えたけど、お金は大丈夫ですか?」
ルソルさんに聞いたつもりだったけど、エトナさんが答える。
「ご心配なくー。ワンディリマ寺院に協力を仰ぐってことはお金の無心と同じことだから」
「ご協力感謝します」
ルソルさんは遠慮気味に食べている。
「いいよいいよ、私のお金じゃないし。じゃんじゃん食べちゃって」
お金を預けてはいけない人に見える。
「セヤロカに着いたらこれを元手に増やそうか。ふふふ」
見えるというか、預けちゃいけない人だった。セラ姉が釘を刺す。
「博打は自分のお金でお願いします」
「冗談だって、冗談。本気でやるなら黙ってやるわよ」
エトナさんの言うことはどこまでが冗談かわからない。こう言っておきながらギャンブルにつぎ込んでも驚かないよ。
ジグニッツァの北には荒野が広がっていた。その中に真っ直ぐ街道が続いてる。人の行き来は無い。魔物の大発生の情報が行き渡ってるんだろう。警戒しながら歩きだす。でも、なかなか魔物が襲ってこない。新しい幻術を試してみたいんだけどな……。
そろそろお腹が減ってきたなという頃合いで、不思議な魔力を感じた。強い魔力じゃないけど、すごく広い範囲から感じる。それをみんなに伝えると、「街道にいますか」と、ルソルさん。
「この荒野にはマダという魔物が住み着いているのですが、街道に出てきているとなると厄介です」
どういうことだろう?
エトナさんが納得した風に言う。
「ああ、それで他の魔物もいないわけね」
特殊な魔物なのかな?
「マダか。狩るだけ無駄だな」
戦闘狂のカダーシャさんが嫌がる魔物がいることに驚いた。
「迂回するとして、荒野での野宿は厄介ですね」
迂回……。セラ姉も戦う気は無いみたいだ。
「どんな魔物なんですか?」
「巨大な蛇のような魔物です。胴の太さは一般的な城壁の高さを超えます。長さはしっかりと調べた者がいないのでわかりません。普段は砂漠の端の方にいるのですが……」
なるほど、倒せても、死体を登って乗り越えないといけないのか。確かにそれは迂回するしかない。で、迂回すると夜までにノルセヤロカには着けないのか。どれだけ大きいんだろう。エトナさんがうんざりした顔をしている。
「あいつが街道に出てくると物流が止まってみんな困るわけよ。討伐されることもあるんだけど、死体が邪魔になるから街道に出てきちゃってる時は手を出さないのが暗黙の了解。まぁ、装甲も魔力を通さなすぎて扱いにくいし、狩る人の気が知れないけど」
「魔力を通さない?」
魔物の装甲は魔力を通しにくいって聞いたけど、魔物によってその度合いが違うのか。
「マダの装甲は鉛に似ています。魔力の伝導が非常に悪く、重いのです。それでいて軟らかいので武器作りにも向いていません」
それは確かに役に立たなさそうだ。
「さて、問題は左右どちらから迂回するか、ですね。レイジ様、わかりますか?」
右と左、どっちがより長く魔物の体で塞がれているか、ってことか。
「前の方一帯が魔力に覆われていて……。ちょっとわからないです」
「レイ君、強化術も使えるよね? 〈魔覚の強化〉も試してみたら?」
そうか、強化術の適性もあるのを忘れてた。前に試した〈筋力の強化〉を魔覚に対して使えばいいのか。イメージがなかなか湧かなくて少し時間がかかったけど、ぐんっとより遠くまで魔力を感じ取れるようになった。それでもやっぱり、地平線の先は左右どちらも感知できるぎりぎりまで魔力が続いてる。とんでもなく大きい。
「私の出番のようね!」
エトナさんが銅貨を一枚取り出す。
「表が出たら右! 裏が出たら左! 幸運神ワンディリマよ! 道を示したまえ!」
キンっと音を立てて銅貨が真上に弾かれる。エトナさんはそれを手の甲に受け止めた。
「表!」
ええ……。そんな適当な……。
「では右に行きますか」
ルソルさんが平然とそう言う。
「そんな決め方でいいの!?」
「そんな決め方って失礼ね。私はワンディリマの神官よ。幸運神のお導きを信じなさいって」
カダーシャさんも「行こうか」と言う。セラ姉も気にしてないみたいだ。カルチャーショックだなぁ。
ルソルさんの方位磁針を頼りに街道を外れて荒野を進む。方位磁針があるってことはここも地球みたいに惑星なのか。それにしても、岩がゴロゴロしてて歩きにくい。
だいぶ進んだところで昼御飯にする。もうお馴染みになった〈火石〉を使った干し肉スープを作る途中、セラ姉が「レイ君辛い食べ物大丈夫?」と聞いてくる。
「ある程度なら」
そう答えると、エトナさんが鍋に粉末の香辛料を入れた。インドカレーの匂いがする……。
「エトナさん特性のイベルコット、召し上がれ」
これはきっと美味しい。
「イベルコットはマチテス草を中心に何種類もの香辛料を調合したものです。この香りは東西の様々な香辛料が使われていますね、高級なのでは?」
「ルソルさん鼻がいいね。テルデダールのクックラが隠し味なのよ。マーヘスにはあちこちから特産品が集まるからね、色々使えるの」
どうやらエトナさんといると、今後も美味しいものが食べられそうだ。
「レイ君、辛かったら言ってね、香辛料抜きで新しく作るから」
セラ姉がそう言ってお碗を渡してくれる。いただきますと言って口に入れると、想像通りの味だった。つまり美味しい。辛いけどパンがあれば食べられる。
「大丈夫、美味しいです」
「こういった香辛料には水を浄化する力があるので、野宿では重宝します。悪い水で腹痛を起こすことがあるので」
なるほど、殺菌作用があるのか。
みんなで美味しくいただく。最後はパンでお碗と鍋をぬぐって綺麗に食べきった。
「水を多めに持ってきて正解でしたね。レイ君、水はもういい?」
「大丈夫だよセラ姉、ありがとう」
何気ないやりとり。エトナさんがじっと見てる。
「二人とも納得してるならいいか」
きっと、セラ姉と俺の姉と弟の関係について思うところがあったんだと思う。エトナさんはセラ姉に元々弟がいないことを知ってたんだろうな。
荒野を北東に向かって歩いていると、マダの魔力が途切れているのに気付いた。少し動いてる。それを伝えると、セラ姉がぼそっと呟く。
「頭じゃなく尻尾だといいけど……」
「ワンディリマ神を信じなさいって」
エトナさんの自信は信仰心から来るんだろうか。
幸運神の加護はあったみたいだ。遠くにありえないぐらい大きな尻尾が見えてきた。時々少し動いてる。
「これ、頭側に来ちゃってたらどうしてたんですか?」
「問題ない。でかいだけで動きは鈍い。魔術神官が元素術で仕留めただろう。いや、弟の〈視覚の封印〉だけで戦う必要もないか」
敵を倒すことに固執しないカダーシャさんがなんだか不思議。
「倒したくないんですか?」
素直に尋ねると、戦っても面白くないだろうと言われた。基準がよくわからない。
マダの尾から離れてしばらくすると、ラゴが遠くから走ってくるのに気付いた。戦闘態勢に入るカダーシャさん。まずは新しい幻術を試させてもらおう。そう思っていると、右方向から新しい魔力の接近を感じる。これはケトゥだ。ケトゥの方がラゴよりも走るのが速い。ちょうど同じぐらいに接触してしまいそうだ。挟み撃ちにされる。
「弟、ラゴの動きを止めてくれ。ケトゥから片付ける」
「はい!」
接近してくるラゴ。魔力の射程ぎりぎりに入ったところで、新しい幻術〈
「やったねレイ君。もうそこいらの幻術士なんて目じゃないね」
今のは自分でも凄いことができたと思ってる。ラゴは人型だからイメージしやすかったわけだけど、人間相手ならもっと簡単だと思う。一人でいる時に強盗に襲われてもなんとかなりそうだ。エトナさんがまた「怖っ」と言ってる。
「それにしても本当に魔物が増えてるんだね」
ラゴとケトゥを交互に見ながらそう言うエトナさん。
「魔物は魔物同士の接触を嫌います。獲物の取り合いなどそうそう起こることではありません」
ルソルさんに言われて気付いたけど、これまで一体ずつしか相手にしたことがなかった。
「少し早いですが、今日はここで野宿をしましょうか。ラゴとケトゥの死体のある場所に他の魔物が寄ってくる可能性は低いですから」
「見張りの順番決めに、これ、どうよ」
そう言ってエトナさんが取り出したのはカードの束だった。トランプみたいなものかな? 興味があるけどセラ姉が止める。
「エトナさんはイカサマをするのでダメです。あと、レイ君の分の見張りは私が代わります」
「えっ、大丈夫だよ、俺もちゃんと役に立ちたい」
ようやく守られるだけのお荷物じゃなくなってきたんだ。ここは譲れない。
「私もレイジ様にはゆっくり休んでもらいたいのですが、暗闇の中でも魔物の接近に気付けるレイジ様の魔覚を無駄にするのはもったいないように思います」
ルソルさんに認められたのはすごく嬉しい。
「じゃあ、レイ君が起きてる間は私も起きてます」
黙ってたカダーシャさんが口を開いた。
「人数がいるなら見張りは二人一組が推奨される。一人だと眠気に負ける可能性があるからな」
なるほど。だけど今いるのは五人。奇数だと一人余る。
「三組に分けよう。深夜を人狩人と弟に任せて、私が眠るのはその間だけでいい」
つまり、カダーシャさんは二回見張りをするということになる。
「カダーシャさん大丈夫なんですか?」
「常在戦場だと言っただろう」
確かに今朝そんなことを言ってた。すかさず「じゃあ私先でお願い、朝弱いから」と言うエトナさん。
「ではまずはカダーシャさんとエトナさん。続いてレイジ様とセラエナさん。最後に私とカダーシャさんが見張りですね。レイジ様、すぐにでもお休みになってください」
わかりましたと言ったものの、こんなに早い時間に眠れるかな? そう思ってると、エトナさんが人差し指を立てる。
「寝付けないなら〈
「魔術ですか?」
「そう、生命術でちょっとだけ眠気を誘えるの」
ちょっとだけですかと言うと、生命術なんてそんなものよ、という答え。
「じゃあお願いします」
石をどかした所に外套を敷いて横になる。地面が固いなあ。なんて思っていると、セラ姉がすぐ隣に外套を敷いてぴったりと寄り添ってきた。
「セラ姉!?」
「お姉ちゃんが添い寝してあげるからね。砂漠の夜は冷えるよ」
心臓がドキドキして寝られそうにない。どうしようと思っていると、エトナさんから魔力が流れてきた。頭の中に魔力が浸透して、じんわり眠くなってくる。背中にくっついているセラエナの温もりとあいまって、うとうととしてきた。これは気持ちのいい眠気……。
「レイジさん、聞こえますか?」
リラだ。なんとなく髪の毛が整えられているような気がする。
(聞こえるよ、そっちは大丈夫?)
「はい、本当はもう場所や相手を選ばなければ地獄から悪魔を召喚できてしまいそうな気がしますが、まだ無理だと思わせることに成功しています」
順調に召喚術を身に付けていってしまってるらしい。
(こっちはあと五日ぐらいでカルゲノに着きそうだよ。でも、救い出す作戦を練らないといけないし、もう少しかかるかも)
「わかりました、耐えてみせます」
「レイ君、起きられる?」
なぜかセラ姉の声がする。ああ、そうか、見張りの交代の時間だ。
(リラ、俺はもう起きないといけないみたいだ、また明日)
「はい、どうか無理をなさらずに」
「口に水入れようか」
「やめてください!」
目を覚ますとセラ姉が俺を庇うように手を広げていて、エトナさんが水筒を手にニヤニヤ笑っていた。ろくでもないことをされそうだったらしい。
「おはようセラ姉」
明るさをごく抑えた〈光石〉が置かれている。野宿といえば焚き火のイメージがあるけど、これが代わりみたいだ。うん、絶対にこっちの方が便利。俺が起きたのを確認すると、カダーシャさんは鍋に〈火石〉を入れてから横になった。
「では私は寝る、鍵屋星が沈んだら起こせ」
「私も寝まーす」
エトナさん、カダーシャさんとまともな会話できたのかな……。それはそうと――
「鍵屋星って?」
あの赤い星だよ、とセラ姉が空を指差す。半分欠けた月の近くに輝く星を見つけた。そうか、星を見て時間を判断してるのか。
「時計ぐらいありそうだと思ってた」
「時計? 砂時計や水時計のこと? レイ君の故郷には旅の途中でも使えるような便利な時計があるの?」
機械の時計は大きいものでも存在しないみたいだ。
「魔術は無いけど、きっとセラ姉、見たらびっくりするよ。ふふ、どんな反応するのか想像したら楽しくなってきた」
「教えてくれないの?」
「驚くセラ姉が見たいから秘密にしとこう」
「ちょっと意地悪なレイ君も新鮮でいいかも」
二人で並んで座ってそんな話をしてると、急にエトナさんが口を開いた。
「イチャイチャするのは私が寝てからにしてくれませんかね」
「ごめんなさい」
その後、二人でイベルコットを食べて、色んな話をした。どんな子供時代を過ごしたか、好きな食べ物、お互いの故郷の昔話。
鍵屋星はあっという間に沈んでしまった。楽しい時間が名残惜しかったけど、しっかり寝ておかないと明日が辛い。ルソルさんを起こす。セラ姉はカダーシャさんを起こす。見張りを交代して、もう一回、寄り添いあって眠りについた。
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