五日目 規格外とはこういうことか

「レイジさん、聞こえますかレイジさん」

リラの声だ。なんだか、今日の夢はリラがはっきり見える。茶色い目に茶色い髪、やや色白の少女。いや、童顔なだけで俺とそこまで年の差は無いかもしれない、初めてリラの姿がはっきりとわかった。

(リラ、無事?)

「今はまだ無事です。召喚術の制御ができるようになってきました。ただ、まだ難しいのであまり長くはお話できません」

(カルゲノから移動する可能性はあるのかな)

「いいえ、カルゲノ城では恐ろしい邪悪な……あく……もう……制御が……もっと……積んで……」

そして夢から覚めた。


 起きてすぐに、リラはまだカルゲノ城にいて、移動する事は無さそうだとルソルさんに伝えた。

「そうですか。やはり城への潜入方法を考えなければなりませんね」

そんな話をしながら身支度を整えて、早いうちにグラフアのシャナラーラ寺院を訪れる。

ルソルさんが挨拶をすると、司祭らしき人が何用ですかな? と不思議そうな顔をする。

「こちらがレイジ様です」

ルソルさんがそう言うと、司祭はものすごく驚いた様子で、すぐにおもてなしの準備を! と言い出した。

「申し訳ありませんが急ぐ旅路ゆえ、あまり時間がありません。ひとつお願いがあるのですがよろしいでしょうか」

「シャナラーラ女神の思し召しとあらば、なんなりと」

そういえば、女神は各地の寺院に便宜を図るよう伝えておくって言ってたな。

「もし、あればで構わないのですが、カルゲノの地図があれば貸していただけないでしょうか? 城の詳細がわかると助かります」

「少しだけお待ちください」

司祭は奥へと引っ込んでいった。しばらくして、司祭と一緒に司教が巻いた紙と麻袋を持ってやってくる。

「市中の地図とカルゲノ城の見取り図がありました。それと……用意が無いためこんなものしか渡せず申し訳ありませんが、道中お食べください」

嫌な予感がする。もしかしてその袋の中身、あの堅パンなんじゃ……。ルソルさんがお礼を言って寺院を出る。またあれを食べないといけないのか……。


 堅パンが入っているであろう麻袋を気にしていると、突然、女性の大声が響き渡る。

「久しいな! 人狩人!!」

寺院前の広場に金色に輝く長柄の斧を持つ女性が立っていた。黒髪に褐色の肌、司祭服を着ているけど、なんだかずたずたで荒々しい雰囲気だ。警戒するルソルさんを気にも止めずに近付いてくる。ルソルさんがセラ姉に、お知り合いですかと尋ねると「ええ、会いたくない方の」と言う。トラブルの予感。

「つれないことを言うな人狩人」

どういう関係? と耳打ちすると、セラ姉より先に女性が口を開いた。

「好敵手さ」

トラブルの予感マックス。

「昨日、貴様を見たという話を聞いてな。魔術神の神官と一緒にいたというからここで待っていた。さあ、勝負の続きをしよう」

予感的中、いきなり決闘のお誘い。

「お断りします、勝っても負けても損しかしませんから」

ルソルさんが一歩前に出る。

「申し訳ありませんがセラエナさんは我々の護衛です。決闘などはご遠慮いただきたい」

「私はカダーシャ、戦闘司祭だ」

ルソルさんが目に見えて嫌そうな顔をする。誰にでも丁寧なルソルさんが他人にこんな態度をとるとはただ事ではない。

「戦闘司祭?」

「戦闘と舞踏の神フロルカロルの神官です。その中でも戦いを実践するのが戦闘司祭です。しかし、よりにもよって……」

戦いを実践する司祭……!?

「シャナラーラの神官、貴様も魔術神の神官ならそれなりに戦えるだろう。人狩人の次に戦おう」

ルソルさんの説明と今の会話のやりとりでよくわかった。関わっちゃいけない人だ。人の話を聞かないタイプみたいだし。

それなのにセラ姉がとんでもないことを言い出す。

「カダーシャさん、もし良ければ私たちの旅に同行されませんか?」

ルソルさんですら、えっと声を漏らした。

「ほう、面白い話があるなら決着は後回しにしようか、どこを目指している?」

「カルゲノです。伯爵が賞金首を何人も匿っているそうです、一暴れしてみませんか?」

「よし、乗った」

即答。心底嬉しそうだ。

「セラ姉どういうこと!?」

「レイ君、この人は戦うことが好きすぎて頭がおかしいの。馬鹿とハサミは使いようって言うでしょ? カルゲノで好き勝手暴れてもらえばリラという子を助ける好機が生まれるかもしれないと思うの」

「ふっ、ハサミで結構、カルゲノで暴れた後は勝負だ人狩人」

あ、うん。

「どのみち、今この場で戦わないためには味方に引き入れるしかないの。そういう人よ」

ルソルさんがため息をつく。

「まさか、悪名高いあの戦闘司祭と共に旅をすることになるとは……」

「よろしく、魔術神官」

ルソルですと名乗ったので、俺もレイジですと言っておく。カダーシャさんは、そうかとだけ言う。人の名前を覚える気が無さそう。あと、見るからに弱そうな俺はたぶん無視されてる。

「カダーシャさんは勝手についてくるので気にせずに出発しましょう。どうせ会話にならないのでいちいち受け答えしなくていいですよ」

「ふっ、言ってくれる」

なんで貶されてるのに満足そうなんだろう、この人……。


 町を出る時の検問所は入った時と同じでルソルさんの聖印を見せると素通りできた。カダーシャさんも聖印を見せていたけど、衛兵は露骨に目を逸らした。どうやら有名人らしい。

「戦闘司祭ってみんなこういう感じなの?」

「否定はできないけどカダーシャさんはその中でも特別おかしい人なの。フロルカロルの神官の間ですら狂犬って呼ばれてるくらい」

「誇らしいあだ名だ」

……俺も無視しておこう。



 街道に出てすぐ、前から慌てて走ってくる人がいた。商人らしく、重そうな荷物を背負っている。

「今はあちらへ行かない方がいいですよ! ラゴが出ました!」

そう言ってそそくさとグラフアに駆け込んで行く。魔物? と聞く。

「はい、人型の強い魔物ですが……このまま行きましょう」

セラ姉が素通りできるよ、なんて言う。どうして、と言いかけると、カダーシャさんが嬉々とした表情で走り出した。そういうことか。

「このまま、はぐれてくれると一番楽なんだけど……」


 セラ姉の願いは叶わなかった。カダーシャさんが見えなくなってからしばらく進んだところで、街道に倒れている巨人のような魔物と、その上に座る戦闘司祭が見えた。

「遅い、かなり待ったぞ」

甲冑を纏った巨人騎士といった雰囲気の魔物は、装甲ごとばっさりと胸を斬り裂かれていた。魔物には血が流れていないのだろうか、周囲に血の跡は無い。そんなことよりも、あの装甲をどうやったら斬り裂けるんだろう。意味がわからないよ。

「胸甲が一番高く売れるのに……」

「ラゴを一撃ですか、予想以上ですね」

二人とも装甲が斬り裂かれていることには驚いていない。やりようがあるってことか。

「魔物はいい。戦うのに同意を得る必要がないからな」

不意に空から強い魔力を感じた。ヴィルムの時に似た感覚だ。「魔物!?」と言いながら上を見る。ルソルさんとセラ姉もつられて上を向く。でも、雲ひとつ無い快晴の空には何の影も無い。

「太陽を背にしている!」

カダーシャさんはそう言うと、斧を構えた。斧の刃が燃え上がる。甲高い、蜂の羽音のような耳障りな音が急接近して影が迫る。カダーシャさんが跳び上がって斧を縦に振り抜く。ジュワッという奇妙な音が鳴ると、左右にひとつずつ、人間大の金属塊が地面に激突した。よく見ると、セミのようなクワガタムシのような魔物が真っ二つになってひしゃげている。一瞬の出来事に何が起きたのかわからなかった。どうやら空から奇襲を掛けてきた魔物をカダーシャさんが迎撃したらしい。

「クラヌグラとは珍しい魔物ですね……」

ルソルさんが死体を検分し始める。

「装甲がかなり軽い……。これは……。ほう……」

「これがクラヌグラ……。初めて見ました」

セラ姉も興味があるみたいだ。

「おい雑用係、貴様も強化術の使い手か?」

雑用係? ああ、そういえば俺、そういう服を着てるんだった。俺に質問してるんだよね?

「強化術はそこそこの適性だそうです」

「違う、質問の仕方が悪かった。〈聴覚の強化〉か? わざわざ強化術を使って警戒していたのか?」

相変わらず、言っていることがわけわからない。つい助けを求めてセラ姉を見てしまう。

「レイ君、魔物が来るってどうしてわかったの?」

あれ? カダーシャさんだけかと思ったらセラ姉も、ルソルさんまで不思議そうな顔で俺を見てる。

「え? 上から大きい魔力が近付いてくるから……魔物かな? って」

セラ姉とルソルさんが首を傾げる。三人が何を問題にしているのかわからない。俺も首を傾げる。

「雑用係、今私はどこから魔力を放出している?」

こんな時に妙なことを言い出すカダーシャさん。左手の親指から結構な勢いで魔力を出している。面倒だからさっさと答える。

「左手の親指です」

「なんて鋭敏な魔覚だ! 貴様は面白い奴だな雑用係!」

獲物を見付けた肉食獣はこういう表情をするのかもしれない。そんな笑顔を向けられてゾッとする。鋭敏な魔覚?

「レイジ様、私の右手の指、どの指先から魔力が出ているかわかりますか?」

ルソルさんまで手を突き出して同じようなことを言うので困惑する。

「人差し指と小指ですよね?」

ルソルさんが驚きの表情を浮かべる。あれ? もしかして普通はわからないものなの?

「気配を消してたはずの宿の中庭。森から現れたヴィルム。後ろから来た馬車……。妙に気付くのが早いと思ったらそういうことだったのね」

セラ姉が一人で何かを納得している。

「セラ姉、どういうこと? 俺、何かおかしい?」

魔術に関しては不安いっぱいなんだよ俺。

「レイ君は魔覚が人並外れて優れてるみたい。すごく目がいいとか、遠くの音が聞こえるとか、あるでしょ? それと同じで魔力の感知精度が抜群だってこと。具体的には〈魔覚の強化〉をずっと使ってるぐらい凄いことだよ」

ああ、やっとわかった。俺にそんな才能があったのか! ……地味だけど。

「みんな、このぐらい見えてるんだと思ってました」

「いいえ、そこまで魔覚が鋭い者はそうそういません。どおりで魔術の飲み込みが早かったわけです」

「お姉ちゃんもびっくりだよ。もしかしたらレイ君、最高の幻術士になれるかもよ?」

おおっ!? チート能力も授かってないのにここにきて最強への道が!?

「ちょっと待て、人狩人。その雑用係、貴様の弟だったのか?」

「ええ、レイ君は私が命に代えても守ると誓った大切な、大切な弟ですよ」

「似てないな。まあいい。そうか、人狩人の弟なら才能は申し分ないか。おい、弟! 強くなったら私と勝負しろ!」

うえ、さっきまでノーマークだったのに、いずれ戦う相手リストに入れられた!

「お断りさせていただきます!」

「楽しみにしているぞ、弟!」

「やめてくださいその呼び方。まるでレイ君があなたの弟みたいじゃないですか」

カダーシャさんは楽しみが増えたと言って上機嫌だ。でも、強い魔物を一撃で倒しちゃうような戦闘司祭が、どうしてセラ姉やルソルさん、ましてや俺とまで戦いたがるんだろう。カダーシャさんに聞いてもまともに答えてくれなさそうだからルソルさんに聞いてみる。

「確かに魔物は強く、狂暴です。戦闘訓練を積んだ者でなければ一方的に蹂躙されるでしょう。しかし、逆に考えてみてください。我々は魔術を駆使して魔物を倒すことができます。魔物は知能が低く、魔術も使えません。つまり、我々は魔物よりも強いのです」

そっか、魔物より魔術が使える人間の方が強いのか。だからカダーシャさんは人間と戦いたがるんだ。

「魔物狩りは楽しいが、ただ力を振るう快楽でしかない。力をぶつけ合い、迫り来る死線を潜り抜ける快感に比べれば余興に過ぎない」

魔術ってすごいもんな。さっきカダーシャさんが使った魔術、多分武器を超高温にして装甲を焼き切ったんだと思う。でもそんな高温に武器が耐えられるのはなんでだろう?

「カダーシャさん、どうして斧は溶けないんですか?」

「ほう、弟、着眼点がいいな。どうしてだと思う? ちなみにこの斧は青銅製だ」

青銅? 確か……銅と何だっけ、合金で、溶ける温度が低いから使い勝手がよくて、青銅器文明が栄えたって歴史の授業で習った気がする。わざわざ溶けやすい金属を熱してる? どうして?

「私が得意なのは元素術と強化術だ」

これはヒントを出してるのかな。斧が熱されて火を吹くのは元素術だと思う。ということは強化術で何かしてると考えるべきだけど、強化術は肉体の強化ができる系統だと教わった……。

「もしかして……持ってる武器にも強化術を掛けられたりします? 耐熱性を上げるとか」

「正解! 褒美に私と戦う権利をやろう!」

ルソルさんが口を開く。

「少し補足をします。強化術は肉体を強化すると軽くお教えしましたが、触れている物質や他者にも掛けられます。生物由来ではない物質は少し魔力を通しにくいのですが、金銀銅は例外です。わざわざ魔鋼ではない武器を使ってる者は、武器に強化術を掛ける戦い方をすると疑った方がいいでしょう」

なるほど……。魔鋼の武器は魔力の伝導が悪いからそういう戦い方には向いてないんだ。それで青銅なんだね。感心していると、セラ姉が首を横に振った。

「武器に強力な〈耐熱性の強化〉をかけた上で、魔物の装甲が一瞬で溶けるほどの〈赤熱〉を使うなんて、普通はできないから参考にならないよ」

あ、はい。戦闘司祭は化け物、と。

「もちろんこれは対魔物用の技だ、対人用の技もあるので楽しみにしていてほしい」

楽しみに……って、それを向けられるの俺!? 冗談じゃない!



 イルグラフアの宿場に着くまでに三回ヴィルムに襲われた。三回とも俺が接近を察知して、カダーシャさんが一撃で倒した。負ける要素が無い。

「異常ですね、魔物が多すぎます」

ルソルさんはそんなことを言っていた。宿場に着いてから宿の人に聞くと、近頃魔物の出現が多くて旅人が減って困ってるらしい。北から来る人たちは、南下するほど魔物の数が減ってきたと言ってたそうだ。つまり、これから向かう北には、たくさんの魔物が待ち構えているということになる。

楽しみだな、と言うカダーシャさんは無視するとして、セラ姉が魔物の大量発生なんて大災害じゃないですかと言う。

「魔物の大量発生は歴史上何度も起こっていることですが、場所や時期に規則性はありません。自然災害ではなく、悪魔の干渉ではないかと言われています」

魔物は悪魔が生み出したと教わった。地獄から地上に干渉してくるとも。リラを救い出すだけでも大変なのに、そんな厄介なことになってるなんて……。

「魔物が多いことについては、カダーシャさんがいるのであまり障害にならないでしょう」

「まさかこんな形で役に立つとは思いませんでした。不幸中の幸いでしたね」

「あまり褒めるな、照れるだろう」

ところで、とセラ姉。

「四人部屋を借りませんか? カダーシャさんと二人部屋は絶対に嫌です」

ルソルさんは少し悩んだけど、むやみに宿泊費をかけるのは得策ではありませんねと折れた。

「私は大部屋でいいぞ?」

不思議そうに言うカダーシャさんに宿の人が慌てだす。

「部屋代は割り引きするので四人部屋にお泊まりください!」

戦闘司祭が他の客に迷惑をかけることを心配しているらしい。納得。


 マチテス草が今日のお昼で尽きたから、夕飯はスープだけ宿に用意してもらった。ちなみに、シャナラーラ寺院でもらった袋にはやっぱり堅パンが入っていた。昼御飯の時もこれだった。三人とも堅パンを嫌がる素振りを見せない。俺だけが贅沢に慣れているのだと思うと申し訳ない気持ちになる。


 食後は女性二人が体を拭く時間をとるためにルソルさんと二人で中庭に出た。

「レイジ様、託宣は夢の形で下されるのですか?」

嘘をついて女神の機嫌を損ねないか不安だったけど、はい、と答えた。

「昨日の夢ではリラの顔がはっきりわかりました、小さな女の子だと思い込んでたんですが、俺とあまり変わらない歳かもしれません、カルゲノ城で邪悪な何かが起こっているみたいです」

そう言うと、ルソルさんは何かピンと来たみたいだ。

「カルゲノはここから北に行った所にあります。魔物の大発生の中心地はカルゲノかもしれません」

「どういうことですか?」

「悪魔が魔物の大発生に関与している可能性を考えています。悪魔は人の欲望に付け入ります。評判の悪いミリシギス伯爵が悪魔と繋がっているとは考えられませんか? シャナラーラ女神の御心がわかりました。リラという少女を救うことが、悪魔の野望を阻止することに繋がるのでしょう。今回の聖務は悪魔との戦いだったようです」

ええっ!? 女神、そんなのひとことも言ってなかったけど!? でも、ルソルさんの推測通り伯爵が悪魔と結託してるなら、召喚術の使い手のリラに悪魔を呼び出させようとしてるのかもしれない。リラを救うには必然的にこの話に首を突っ込まないといけないことになる。日本に帰るには避けては通れない試練というわけか……。

「カダーシャさんが我々の前に現れたのもフロルカロル神の思惑かもしれません、これは聖戦です」

なんだかスケールが大きくなってきた。

不安でしょうがないけど、歩き疲れた体はすんなり眠くなる。今日も魔力を操作してるうちに寝てしまった。

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