四日目 武器を買ってもらう

 またあの夢を見た。

「助けてください……!」

昨日みたいに誰でもいいからではなく、俺に向けて言っている。

(君の名前は? どこにいる?)

昨日と同じく尋ねてみた。

「私の名前はリラ。カルゲノ城に捕らえられています。あなたの名前を教えてください」

返事があった! 会話ができている!

(俺はレイジ、君を助けるために来たんだ)

「レイジさん……。お願い、私を助けてください!」

夢はそこで途切れた。


 目が覚めるとルソルさんが身支度中だった。相変わらず起きるのが早い。

「カルゲノ城はここから遠いですか?」

突然の俺の問いかけに、不思議そうな顔をしながらも答えてくれる。

「キエルケに行く途中にあります。距離としては順調に歩けば10日ほどです、どうされました?」

「助け出さないといけない女の子はもうキエルケにいないみたいです」

それを聞くと、ルソルさんが真剣な表情になる。

「もしや新たな託宣があったのですか?」

召喚術のことを言うのはまずいよね……。託宣かどうかには触れないことにしよう。

「女の子の名前はリラ。今はカルゲノ城に捕らえられているそうです」

深刻な顔をするルソルさん。「捕らえられている……?」理由まではわかりませんと答えた。

「カルゲノ城はミリシギス伯爵の居城です。貴族の城に捕らえられている者を救いだすとなると……。随分と難しい聖務になってしまいましたね」

扉がノックされて、セラエナですと声がかかる。どうぞと言って入ってもらって、セラ姉にも旅の目的を伝えた。もちろん、召喚とかそういう部分は伏せて。

「ミリシギス伯爵……。かなり評判の悪い貴族だよ、横暴で金払いが悪くて、カルゲノの街の治安が悪くても何も対策を取らないの。賞金首を匿って部下にしてるって噂も聞いたわ」

悪徳領主というやつか、随分と分かりやすい悪役が出てきたもんだ。リラはそこで酷い目にあってるに違いない。

「そのリラっていう子を助けるのは簡単じゃないよ。城に潜入するだけでも並大抵のことじゃないから……」

だよね、何も考えてなかった。

「いずれにせよ、カルゲノ付近に行ってみないことには作戦を詰められませんね。しかし、最初はキエルケにいると分かっていたのですよね? カルゲノとキエルケはかなり離れていますがなぜでしょう?」

女神は最初に召喚術が発動されたのがキエルケだと言ってた。俺があの夢を見るようになったのは一ヶ月以上前。

「一ヶ月と少し前の時点でキエルケにいたと女神は言っていました」

嘘はついてない。

「なるほど、一ヶ月。馬を使えばキエルケからカルゲノに移動していてもおかしくありません。それにしても、ずっとカルゲノにいるのでしょうか? 我々がカルゲノに着くまでにまた移動しないとも限りませんよね」

ルソルさんは行き違いを心配しているようだ。それに対してセラ姉は前向きだ。

「むしろ移動中の方が襲撃しやすいですよ」

「確かに……。しかし、移動する相手を追うとなると女神の託宣が頼りですね」

そうか、俺がリラからしっかり情報を貰わないといけないのか。プレッシャーを感じる。


 今日も朝御飯は宿の食堂でとった。マチテス草を使った根菜類のスープの中に、鶏肉に似た肉が少し入ってる。マチテス草のカレーに似た風味は好きだけど、同じ味付けばかりは少し飽きてくるな。だけど、文句を言うとまた貴族のようだと言われるだろうから黙って食べる。寺院飯に比べれば全然いいよ。



 宿を出て街道を歩く。今日の道は人通りがある。ルソルさんが言うには次の町グラフアはそこそこ大きいらしい。今日は魔物に遭遇したら幻術を試してみるつもりだ。

……残念ながら魔物は出なかった。別に二人とも妙だとは思ってないようだし、そんなに頻繁に襲われるものじゃなさそうだ。そして、昼御飯は昨日と同じマチテス草と干し肉のスープ。違う味が食べたいな……。


 ところで、気になることがある。道ですれ違った人たちや、宿で見掛けた人たち。ほとんどが褐色の肌に黒い髪、茶色い目だった。少し色白な人や茶色い髪の人もいたけど、セラ姉のような金髪や緑の目はいなかった。この世界のことを知りたいので、ルソルさんに疑問をぶつけてみる。

「セラエナさんは西方のパルム人という民族ですからね。この辺りでは珍しいです」

そして、肌と髪と目の色について教えてもらう。人族の肌の色は白から焦げ茶色まで、髪の色は金から茶色を経て黒、瞳の色は緑から茶色を経て黒までバリエーションがあるという。真っ黒な肌はいないらしい。魔族の場合は髪と瞳は赤から茶色を経て黒、肌の色は人族と変わりないそうだ。なんかもっと、青っぽい肌とか赤い肌とかがいるかと思ってた。ツノが無ければ人族と見分けのつかない魔族も少なくないらしい。これは一説によると、大昔に人族と魔族が混血した名残なのだとか。なので、金髪に緑の瞳の人族や、赤髪に赤い瞳の魔族の中には己の純血を誇る者もいるとのこと。

「私はそんなの迷信だと思ってるわ」

セラ姉的にはどうでもいいらしい。肌の色での差別は無さそうなのかな?

「人族も魔族も共に神々に創られた知恵ある生き物。本質的な違いは無いのです」

「崇める神様も同じだしね、だから神官はごく一部を除いて魔族との戦争には参加しないことになってるんだよ」

「セラ姉は戦争に行ったことがあるの?」

傭兵だし、ありそうな気がして聞いてみる。

「あるよ。馬鹿馬鹿しくなってそのまま軍を離れて魔物とか賞金首専門になったの」

「馬鹿馬鹿しくなって?」

「こう言うと怒る人もいるけど、結局魔族ってツノがあるだけで人族と何も違わないの。王公貴族が奴隷欲しさに戦ってるってだけなのに、何か色々大義名分を掲げちゃってさ。馬鹿みたい」

そんなこと公言しても大丈夫なのかな。

「セラエナさんは賢明な方ですね。多くの人々は魔族は敵だと盲目的に信じています。何も疑わずに」

「二人みたいな考え方は珍しいんですか?」

「まあ、多くはないでしょうね。神官は皆、真実を知っていますが」

セラ姉が不思議そうな顔をする。

「真実?」

「言葉のあやです」

あ、はぐらかした。きっと、人族と魔族が戦い続けないと世界が維持できないというようなことを言っていたあれのことだ。もしかしたら神官だけの秘密なのかな?

「話し込んでしまいましたね、グラフアに向かいましょう」


 街道を歩いてると、後ろから、かなりの速さで魔力が近付いてくるのを感じて振り向く。「どうしたの?」とセラ姉。荷馬車が走ってきた。追い越される時に荷台に魔物の装甲が積まれているのが見えた。

「死体漁りですね、おそらく私たちが昨日仕留めたヴィルムです」

なるほど、こうして経済が回ってるのか。魔物が思ったほど多くない事を考えると貴重な資源ってことになるよね。



 結局、この日は魔物と出会うこともなく、早めに町に着いた。外壁の門には検問所がある。都市レベルの街ってことか。ルソルさんが聖印を見せると素通りさせてくれた。

「神官ならどこでも出入り自由なんですね」

「そうでもありません、戦が近かったり、何か事件があった直後は神官でも足止めを受けます。そういえば、レイジ様が着ているのは本来寺院で雑務を行う者の服なので、私の従者だと思われているはずです」

あ、そうだったんだ。それもそうか、寺院にあった服だもんね。

「お気を悪くされたのなら、この町で新しい服を買って差し上げますが……」

「いや、いいですよ、神官の従者と思われてた方が都合がいいんですよね?」

ルソルさんは、そうですと答えた。

セラ姉が突然、提案があると言いだした。護身用の武器を買わないかって。俺の武器?

「武器を買うほどのお金はありませんが……」

「私が出しますよ。両替商の集まる広場に行きましょう」

セラ姉がお金を出してくれるということで、ルソルさんに異論はないみたいだった。


 広場に着くと、天秤を乗せたテーブルを置いて座っている人たちが適当な間隔をあけて五人いた。あれが両替商か。セラ姉は迷うことなく、そのうちのひとりに近付いていく。知り合いらしい。

「人狩人の姉さんじゃないですか、換金ですかい?」

「はい、この手形を現金化してください。手数料はいつも通りですか?」

なるほど、小切手みたいのがあるんだ。

「へい、毎度ありがとうございます」

かなりの量の銀貨がセラ姉の革袋に入れられた。

「もしかしてセラ姉ってお金持ち?」

「まあ、そこそこは。贅沢してたらすぐなくなっちゃうけどね」

「武器って高いの? あんまり負担させたくないんだけど……」

実際、訓練も無しに使えるとは思えないし。

「気にしないで。レイ君はお姉ちゃんが必ず守るけど、丸腰だと怖いでしょ?」

俺の不安を解消するためだけに買ってくれるのか……。なにかお礼をしないと。


 日が傾いてきたところで、セラ姉に連れられて武器屋に入る。武器がずらっと並んでる。これに興奮しない男子はいないんじゃないかな。でも、武器屋のおじさんは明らかに店を閉めようとしていた。

「もう店仕舞いだぞ、って人狩人か。どうした? ツィタデルのメイスがそう簡単に傷むと思えんが」

この人も知り合いらしい。店を閉めるのを待ってくれるみたいだ。

「弟の護身用に何か欲しいなと思いまして」

武器屋のおじさんは弟と聞いて、俺を見て訝しむ。うん、似てないどころか人種が違うもんね。居心地が悪いから視線を泳がせて店内を見回す。斧、斧、斧、鈍器、鈍器、鈍器……。あれ? 剣がほとんど無い。イメージだと武器屋って剣がメインだったけど……。ああ、昨日の魔物を思い出す。あの装甲が相手じゃ切り裂くのは無理か。数少ない剣も、鉈みたいなものか、突き刺す用だろうなって形をしてる。きっと装甲の隙間に刺し込むんだ。鋭い剣先を見てると、セラ姉が剣がいいの? と聞いてくる。

「何がお勧め?」

「幻術の補助なら剣も悪くないね、動きを止めれば弱点に突き刺すのも難しくないだろうし」

そう言われてみると、幻術使いの剣士ってちょっと格好いいかも。だから深く考えないで剣がいいと言った。武器屋のおじさんが肘から指先までぐらいの刀身のものを選んでくれる。剣と言っても、幅の狭い二等辺三角形の刃は切れるのは先端の方だけ。そして三角の底辺が鍔代わりになっている。柄は拳二つ分と少し。一応両手でも握れるみたいだ。これが自分の武器。なんだか誇らしさのようなものが湧いてくる。

セラ姉がベルトに鞘を付けてくれた。さっそく剣を納めてみる。……これはバランスが悪くて歩きにくい。慣れるまで時間が掛かりそうだ。

武器屋のおじさんにはそんなことお見通しらしい。

「悪いな、剣は軽くて硬いのが一番だが、なんせ高いくせに人気が無いんであんまり品揃えが無いんだ。だが、そいつはケトゥ魔鋼で頑丈さなら一級品だぜ。軽量化すると脆くなるからそのぐらいが丁度いいのさ」

「え、高いの?」

「斧の方が汎用性が高い上に必要な金属量と技術力が少ないからな。ただ、魔物相手だと斧は中途半端でな」

結局鈍器が一番いいということなのかな? 選び直してもらった方がいいかも。セラ姉の顔を見る。

「護身用だからそれが一番使いやすいよ。いなしたり、受け止めたり」

剣なんて持つのは初めてだ、そんな高等技術の話をされても……。まあ、気分の問題ってことでいいのかな。それはそうと気になる事がふたつある。

「槍を置いてないのはどうしてですか?」

槍は戦争用に大量生産するもので、魔物には有効じゃないから置いてないそうだ。へぇ。

「じゃあ、弓も軍隊用ですか?」

「弓? あの弦で棒を飛ばす曲芸道具のことか?」

曲芸道具……? ああ、そうか、魔術があれば弓は重要じゃないのか。魔物の装甲に刺さるとは思えないし。納得。

そうして結局、腰の剣の価値がよくわからないまま武器屋を出て宿に向かった。剣のせいでバランスが悪い。早く慣れないとなぁ。



 晩御飯は宿の食堂で何かの鳥の丸焼きを食べた。内臓を抜いた部分に香辛料や野菜が詰めてあってとても美味かった。こっちに来てから一番だ。

「せっかく両替したからね、レイ君に美味しいもの食べさせてあげようと思って。喜んでくれて良かった」

しまった、またがっついてしまった。

「ご相伴に預かってしまい申し訳ありません。テヨ鳥の香草焼きなんて、何年ぶりでしょうか」

「ルソルさんはいくつの時に神官になったんですか?」

ルソルさんは即答せずにやや間を置いた。そして、十四ですと答える。そういえば、ルソルさんには世話になりっぱなしだけど、彼のことを何も知らない。今いくつです? と聞くと、四十四ですとの答え。聞いておいてなんだけど、知ってもどうしようもない情報だった。でも、セラ姉は興味を持ったみたいだ。

「ルソルさん、神官だからというのを差し引いても気品がありますよね、元々低い身分では無さそうです」

「それを言うならセラエナさん、あなたです。本当は傭兵などしている出自ではないのでは? その若さで従軍経験もあるようですし」

「薮蛇でしたね。レイ君の使命には関係の無いこと、この話は終わりにしましょう」

「そうですね」

ええっ、その情報は気になるのに。


 年齢話のあとは今後の旅路の確認をした。イルグラフア、マーヘス、ジグニッツァ、ノルセヤロカ、セヤロカ、イルセヤロカ、ブクゼ、ノルカルゲノ、そしてカルゲノ。正直、地名を列挙されてもさっぱりだ。とりあえず、マデルを出てから、街道沿いにひたすら北上してるらしい。セヤロカというのが大陸のちょうど中央に位置する大都市だと言われた。でも、そもそも地図を見たことがないから、そうなんだとしか言いようがないけど。

「イルグラフアは近いので、明朝、この町のシャナラーラ寺院に寄っても構いませんか?」

何の問題も無いと思う。セラ姉も構いませんと答える。


 この日の晩は特に魔術のレクチャーが無かった。魔力の操作に慣れておいてくださいと言われたので、昨日と同じく魔力を放出していじってるうちに寝落ちした。

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