三日目 初めての魔物と初めての魔術
夢を見ることもなく目が覚めた。すでに身支度を整えているルソルさん。俺も慌てて身だしなみを整える。
ドアがノックされた。ルソルさんがこっちを見てくる。頷いてみせると、ルソルさんはどうぞと言った。
上機嫌なセラエナさん、じゃなくてセラ姉が部屋に入ってくる。
「レイ君、朝御飯食べよう」
ルソルさんを見ると、ゆっくりと頷いた。「わかったよセラ姉」
セラ姉は笑顔で俺の手を引いて、宿の食堂まで連れて行く。握った手が暖かい。
出てきた料理は焼きたてのパンとソーセージ。そして根菜のスープ。食欲をそそる香りに寝起きの頭が飛び起きる。スープをひと口飲んで感動する。美味い! ソーセージの肉汁が口の中ではじける! パリパリのパンに夢中でかぶりついて、思わずガツガツと食べてしまった。やっぱり寺院飯が不味かったんだ!!
ふと視線を上げるとセラ姉がにこにこしながら見ていた。がっついていたのをずっと見てたらしい。恥ずかしい……。
「育ち盛りの男の子だもんね、いっぱい食べて。おかわりも頼めるよ」
「ごめんセラ姉、堅いパンと水ばかりだったから、つい」
セラ姉はフフッと笑った。美人が笑うと映えるなあ。
「今日からはお姉ちゃんがレイ君のご飯を用意するからね」
俺、もうこの人の弟でいい……。
少し遅れてやってきたルソルさんはスープとパンだけを注文した。もしかして、神官は肉食に制限があるのかな?
「そんな戒律はありませんが質素倹約を旨としております。時折は栄養補給のためにいただきますよ」
そして、すまなそうに言う。
「もしかしてレイジ様、食事にご不満でしたか? 昨日まで何もおっしゃらずに召し上がっておられたので満足していただけているものと思っておりました」
今日の教訓、自分の希望ははっきりと相手に伝えよう。
「昨日までは何を食べてらしたのですか?」
「一食につき堅パンひとつです」
「ルソルさん……。食べ盛りのレイ君にそれは少し……。いえ、大丈夫です、これからは私がレイ君にお腹いっぱい食べさせてあげますので」
面目ありませんと言って、気まずそうに食事を続けるルソルさん。
この後、セラ姉とルソルさんは食料を買っていた。二日分でいいそうだ。明後日にはそこそこの町に着くらしい。
「レイジ様、ここから先は隊商の数も減るので魔物に襲われる可能性があります、心してください」
ついにきたか……。ここで華麗に戦って……。いや、俺、攻撃魔法も武器も無いんだけど。
セラ姉が、「レイ君どうしたの?」と顔を覗き込んでくる。
「俺、戦う手段が無いんだけどどうしたらいいかな?」
「どうしてそんな心配するの? お姉ちゃんが守ってあげるから大丈夫だよ」
ルソルさんも、女神の使者を危険な目には遭わせませんよと言う。守られるだけというのは何とも歯がゆい。せめて足を引っ張らないようにしないと……。そうだ、足の筋肉痛が酷くなってる、いざという時のために正直に言っておこう。
「おお、無理をさせてしまい申し訳ありません、治癒術を施しますね」
えっ、筋肉痛治るの!? 足にかざされたルソルさんの手がかすかに輝く。足がじんわりと温かくなり、痛みがスッと引いた。治癒術すごい。
「レイ君……。もしかして貴族だった?」
「いや、貴族とかそういうのじゃないから、俺が生まれ育ったところがこことは全然違うだけで、一般庶民だよ」
セラ姉は俺の手を取りしげしげと見つめる。庶民の手には見えないけど……そう言って撫でさするセラ姉の手には、多分武器を振り続けてできたタコがある。
さあ、出発しましょうというルソルさんの一声で宿を出た。
歩いている間、セラ姉は俺の右側から離れることがなかった。護衛って言ってたもんな。ルソルさんが言っていたように街道に他の人は見当たらない。不意にルソルさんが口を開く。
「そういえば、セラエナさんの修めている系統は何でしょうか?」
強化術専門ですと答えるセラ姉。強化術だけでも戦えるのか、ふむふむ。
「わかりました、前衛をお願いします」
「もちろんです」
魔物が現れた時のための打ち合わせだったのだと思う。強化術というのは身体能力を高めると昨日教わった。セラ姉が鈍器を持っているのはパワータイプだからなのかな。不謹慎かもしれないけど、魔物との戦闘が見てみたい。早く現れてくれないかな。
期待とは裏腹に、何事もなく昼御飯の時間になる。セラ姉が小さな手鍋を荷物から取り出した。おお、野外調理キットみたいなものか。そして、近くに生えていた草と今朝買った干し肉を入れて水を注いだ。今、その辺の葉っぱ入れませんでしたか……? ルソルさんが小石を拾って念じると、火で焼いたように真っ赤になる。魔術だよね。
じっと見ているのに気付いたルソルさんが説明してくれる。
「元素術でこの石を〈火石〉にしました」
そう言って石を鍋に入れると、水が一瞬で沸騰する。しばらくすると、少しカレーっぽい、いい香りが漂ってきた。葉っぱと干し肉しか入っていないはずなのに、なぜ?
「できたよレイ君」
金属製のお碗に透明なスープを取り分けてくれる。いただきますと言って同じく金属製のスプーンで恐る恐る一口。干し肉から溶け出した塩味、そしてエキゾチックな香り。これはなかなか美味い。
素直に美味しいと言うと、セラ姉はにこっと笑った。そして、ルソルさんが葉っぱの疑問を解消してくれる。
「この辺りに自生するマチテス草には胃腸を活発にする働きがあります、名産品として遠くバラダソールまで運ばれる香辛料ですよ」
なるほど、野草にもそういうものがあるのか。パンにスープを染み込ませて食べると更に美味い。ふやけた干し肉も悪くない。今後は不味い食事に泣かなくて済みそうだ。〈火石〉さえ用意できれば真似して作れるかな。
「〈火石〉って俺でも使えますか?」
ルソルさんは少し考え込んだ。あらら、ダメなのかな。
「できなくはないと思いますが、調理に使えるほどの温度にはならないかもしれません、レイジ様に元素術は向いていないので……」
ですよね……。枯れ草に着火する程度だもんね。
「レイ君の適性は何?」
答えようとすると、すかさずルソルさんが口を挟む。この人、本当に解説が好きだな。
「幻術に素晴らしい適性がありますが、他は強化術と呪術以外向いていません、迷うことなく修練の方向性を決められます」
セラ姉が首を傾げる。
「もしかしてレイ君、最近まで魔覚障害があったとか?」
「うん、俺が育ったところでは魔術が無かったから」
「魔術が無い……??」
セラ姉は困惑している……。話しておこうか。
「実は俺、別の世界から来たんだ。女神が助けてくれなかったら言葉も通じなかったと思う」
「別の世界……から来たシャナラーラ女神の使い……? すごい! 神話の時代みたいな話じゃない!」
神官が同行しているとはいえ、すんなり信じてくれた。やっぱり神々が身近な存在だと考え方が違うんだなぁ。
なんだか嬉しそうなセラ姉。でも、ルソルさんは難しい顔をしている。
「ルソルさん、もしかして、話しちゃまずかったですか?」
「ああ失礼しました、少し心配事がありまして、顔に出てしまっていましたね。レイジ様が異世界から来たことはセラエナさんになら話して問題ないと思います。ただ、誰にでも明かしていいことではありません。特にシャナラーラ女神以外に仕える神官と、王公貴族には絶対に黙っていてください」
どうしてと聞いても、いずれお話ししますと言われてしまった。セラ姉も不思議そうな顔をしているから、特殊な事情なのだろうと思う。
「セラエナさんも、レイジ様の身を案じるのなら、他言無用でお願いします」
「レイ君に危険が及ぶ可能性があるのなら、もちろん口外いたしません」
俺のためを思ってのことみたいだ。昨日、寺院同士の小競り合いがどうと言っていたし、神々に関連して何かあるのかな。
食事を済ませてまた歩きだす。歩いていると、不意に右手の森の奥から大きな魔力が近付いてくるのを感じた。何か来ると言うと、セラ姉が素早くメイスをベルトから外して構えた。そうして、すぐに木をなぎ倒すような音が聞こえてくる。実際に木をへし折って現れたそいつは、俺には機械のドラゴンに見えた。顔だけで俺の身長ぐらいでかい。体中、隙間なく金属のプレートが重なりあって表面を覆っている。翼も金属製で刃のように鋭い。でも、飛べるようには見えない。腕は無くて太い二本足で立っている。金属が擦れあうような奇声。威嚇するように頭を上げて牙をガチガチと鳴らす。多分これが魔物だ。正直、ゴブリンとかスライムみたいな弱そうなのが出てくると思ってた。こいつはラストダンジョンにいてもおかしくない見た目だ。怖い。
ヴィルムですね、と冷静なセラ姉。準備できています、とやっぱり冷静なルソルさん。頼もしいけど、俺は足がすくんで動けない。
ヴィルムと呼ばれた魔物は威嚇行動を終えて頭を下げた。その瞬間、セラ姉の両足に魔力が集まって小さく輝くのが見えた。と思ったのも一瞬、超人的な速さでセラ姉が走って魔物との距離を詰める。今度は右腕に魔力が集まって輝く。セラ姉はメイスを斜めに振り上げた。魔物は顎を打たれ大きくのけぞる。すぐさま両足に魔力を込めたセラ姉が、とんでもない高さをジャンプして、今度はメイスを頭に振り下ろす。金属のひしゃげるような大きな音。魔物の頭が地面に叩き付けられる。もう何に驚いていいのかわからない。目の前で起こっている事への理解が追い付かない。
ルソルさんが、行きますと言うと、セラ姉は素早く跳びすさって魔物から離れた。ゆっくり頭を上げた魔物に向かって、ルソルさんの手から電撃が放たれる。まばゆい高圧電流が魔物の体を灼いていく。
たぶん三秒も経ってない。魔物はスクラップみたいにガシャンと崩れ落ちた。
勝ったらしい、中ボスと言ってもおかしくなさそうなドラゴンをあっという間に倒してしまった。思わず強いと口走る。
「ヴィルムは絶縁体がありませんからね、〈稲妻〉を放つ隙さえあればこんなものです」
「すごすぎる……。二人とも超強い!」
恐怖が抜けて興奮してくる。どんなゲームや映画よりも、今、目の前で実際に繰り広げられた戦闘は刺激的だった。
「レイ君、ヴィルムはあんまり強い魔物じゃないよ。お姉ちゃんだけだったら少し時間が掛かってたけどね」
今のが強い魔物じゃない!? 嘘でしょ!?
「動きが遅く、頭と尻尾にだけ注意すれば他の攻撃手段の無い相手です。戦闘向きの魔術が使えるのなら倒すのは難しくありません。もちろん侮ってはいけませんが」
わかった、この世界の魔物も魔術も思ってたよりずっと強い。むしろ魔術無しじゃ魔物に対抗しようがないんじゃないかな。元の世界の武器だと、大砲でも撃ち込まないとこんな化け物倒せそうにない。
「しかしレイジ様、気付くのが早かったですね」
「気を張ってたんだね、魔物見るのも初めてだよね? 怖かった? もう大丈夫だよ」
そう言って抱きしめてくる。突然のハグは心臓に悪いよ。
それにしても、今の戦いで確信した。俺、無力。ひょっとしたら秘められた才能が開花して無双できたり、現代科学の知識でチートできたりとか、そういう淡い期待が消し飛んだ。ゲームで得た知識も役に立ちそうにない。それでも、聞いてみる。
「自分で戦うのに必要な魔術ってどの系統ですか?」
「元素術か強化術は必須です。呪術で仕留めることもできますが時間が掛かります」
幻術と呪術はサポート用か……。やっぱり派手に活躍するのは無理らしい。ひとつ希望があるとすれば強化術の適性だけど、武器なんて持ったこともない。自分の身ぐらい守れるようになりたいけど……。
改めて魔物、ヴィルムの死体を見る。まるで板金の塊だ。太い木を軽々と折っていた。重量も力もとんでもなさそうだ。
「ルソルさんどうしますか? 首の後ろぐらい持っていきますか?」
「そうですね、路銀の足しになるでしょう」
おっ、素材入手タイムか。二人は刃渡りの長いナイフを取り出すと、魔物の後頭部辺りの装甲の隙間に突き刺した。テキパキと作業を進めていくと、盾に使えそうな大きさの金属板が取り外された。覗き込むと板は互い違いに何枚も重なっていて、その下には肉がある。機械というわけじゃなく、金属の鱗を持つ竜らしい。ルソルさんとセラ姉はそれぞれ一枚ずつ鱗を外すと、縄を使って背負った。俺も持たないと。
「かなり重いのでレイジ様には負担になります」
「牙も取りましょう、レイ君に持ってもらえるので」
役立たずな自分にしょげているのを感じ取られちゃったのか、セラ姉が仕事をくれる。セラ姉がメイスで何度か叩くと、魔物の牙は折れた。それを六本、先端が上向きになるよう麻袋に詰めて渡してくれた。結構ずっしりしてる。「先が鋭いから逆さまにしないでね」と言って背負わせてくれた。そうして、次の宿場へ歩き出す。
「こんな金属の鱗のあるドラゴンがごろごろいるんですか?」
「レイジ様、竜は魔物ではありません。神話の時代の生き物です。さっきの魔物、ヴィルムは、そうですね、どこにでもいます」
「あと、魔物はみんな装甲をまとってるの。ヴィルムだけじゃないよ」
みんな、あんなガシャガシャしてるのか。
「その装甲? はずして持ってきたわけだけど、高く売れるの?」
「部位によります。この首の後ろはそれなりの値段が付きます。牙も重量に対して比較的高値です。そのままでも槍の穂先にできるので」
「魔物の装甲は高温炉で一度溶かすと魔鋼っていう武器の材料になるの。魔力の伝導が鉄より悪いから使い道は限られるけどね」
なるほど、素材を狩って武器を作るっていうあのシステムか。
「そんなにいい物なら、あんなに残してきちゃうのもったいなかったね」
「持ち運べる量じゃないから仕方ないよ。そのうち死体漁りが持っていくから完全に無駄になるわけじゃないしね」
死体漁り? 不穏な単語。
「馬車を引いて街道を巡回している者たちです。討伐者が持ちきれずに置いていった魔物の死骸を解体して運ぶことで生計を立てています」
「そんな職業があるんですね。そういえば、魔物の肉って食べられるんですか?」
アニメでは魔物料理がよく出てくる。美味いならせっかくだから一度食べてみたい。と、思ったら二人とも顔をしかめた。
「真偽は定かではありませんが、魔物の肉を食べた動物は魔物に変貌すると言われています。魔物がどのようにして生まれるのか判明していないので、ある程度の信憑性を持って語られています」
げっ、食べたら魔物になるとか、一番やばいやつじゃん。
「食べたことがあるっていう人の話は聞いたことがないよ」
「文献でも魔物の肉を食べたという記録は読んだことがありません。魔物は神々ではなく悪魔が生み出した存在です。食べようなどと思わない方が賢明です」
なんか怒られてる? はいと返事をして話題を逸らすことにする。
「魔鋼で鎧は作れないんですか? 魔力の伝導? が悪いなら魔術に対して強そうですけど」
「魔鋼で体を覆うと魔力の流れが阻害されるので魔術を使うのが難しくなります。身に付ける物には向きませんね」
「私のメイスはツィタデルの背甲から作ったのよ」
うん、わからない事だらけだ。この世界で生き抜くにはもっと色々なことを勉強しないといけないぞ。
「魔物の装甲が魔力を通しにくいなら、魔術は効きが悪いのかな」
「生命術や呪術のような直接魔力を注ぎ込む魔術は効きが悪いですね。〈稲妻〉のような元素に変換するか、強化した腕力で殴り付けるのが一番です」
幻術を使えるようになったら役に立てるかな、と言うと、魔覚や触覚を撹乱するのは簡単ではありませんが、目や耳は普通にあるので有効ですと言われた。
「早く使えるようになりたいな」
「焦らずとも大丈夫です。ゆっくり覚えていきましょう」
そんなこんなで、夕日に照らされながら次の宿場町、ノルグラフアに到着した。
セラ姉は昨日に引き続き部屋割りに不満を言う。
「やはり今日も別部屋ですか?」
「もちろんです。レイジ様に幻術をお教えする用もあります」
「……わかりました。私は食事が済んだらヴィルムの装甲を買い取ってくれる商人がいないか探してきます」
お、素直に引き下がった。
「荷物を減らしたいので相場より安くても構いませんよ」
夕食は昼に摘んでおいたマチテス草の干し肉スープだった、つまり昼と同じメニュー。もしかして、毎食違うものを食べるって贅沢だったりするのかな? 思いきって聞いてみた。すると二人とも怪訝な顔をした。
「レイ君、やっぱり貴族的だよ……」
贅沢なことだった。
晩御飯を三人で囲んだ後、セラ姉は商人を探しに行った。ルソルさんが初歩の幻術をお教えしますと言う。待ちに待った魔術習得だ。
「わかりやすい〈聴覚の撹乱〉を使います」
そう言って、手のひらを向けてきた。なんか魔力が近付いてくる。そして、扉の方からレイ君、と呼ぶ声がした。思わずちらりと扉を見てしまう。
「セラエナさんの声がしましたか?」
「呼んでますね」
「それは私が作った幻聴です」
おお、すごい。やっぱりそうだったのか。
「次は大きな音を出します」
大きい音と聞いて身構えていると、宿に隕石でも落ちたのかという轟音が鳴り響いた。思わず耳をふさいでしゃがみこんでしまう。
「今のも幻聴ですか?」
「はい、レイジ様にしか聞こえていません」
うわぁ、まじかぁ。とんでもないな、魔術。
「音の聞こえる方向と距離、音の種類と音量、そうした要素を細かく調整するには才能と修練が必要です。さて、次は手のひらを打ち鳴らす音を出します。魔力の流れに集中してみてください。耳に作用するはずです」
よし。目をつむって魔覚に集中する。ルソルさんの手から魔力が耳へと流れてきた。そして、パンッと手を打つ音が聞こえて、流れてきた魔力は消えた。
「感じ取れるまで何回か繰り返しますね」
「あ、いえ、大丈夫です、わかりました」
そう言うと、ルソルさんは驚いた顔をした。
「一度でですか!?」
どうやら適性が高い、つまり才能があるっていうのは本当らしい。
「見よう見まねで試すことはできますか?」
やってみよう。ルソルさんがしていたように手を前に突き出して、魔力が手のひらから出ていくようイメージする。うまくいった、魔力が流れていく。これをルソルさんの耳へと誘導して。……音はどう出せばいいんだろう? とりあえず、手を打ち鳴らす音をイメージ。このイメージを魔力に流してやれば……!
うっ、とルソルさんが呻いたので驚いて集中が途切れてしまう。ルソルさんは耳を抑えていた。どうしました? と聞くと、思いのほか音が大きくて、と言う。
「それってもしかして成功したってことですか?」
「はい、一度受けただけで再現するとは素晴らしい才能です。普通、魔力は小さな頃から少しずつ操れるようになるものですが、レイジ様は魔覚が開いたばかりだというのにすでに高精度で操れるようですね」
秘められた才能キタ!
「これなら十六歳という年相応の魔術が扱えそうです」
「あ、これで普通レベルなんですね」
「魔覚が閉じていたことを考えると素晴らしいことです」
十六年間魔術と無縁だったことによる不利を受けていないということらしい。
「おそらく、他の感覚に作用する幻術も自力で応用できるのではないでしょうか、あとは幻術の発動の精巧さを高めるだけですね」
応用と言われても……。
「例えば目に対して真っ暗な闇の相を送れば視界を封じられます。どうぞ、私に試してみてください」
え、いいのかな、人にそんなことして。
恐る恐る言われた通りにしてみる。
「〈視覚の封印〉に成功しています! 素晴らしい! なんと飲み込みの早い!」
なんだか絶賛してくれている。今、ルソルさんは目が見えないらしいけど、本当だろうか? 幻術をかけている方としては何も変化が感じられない。ルソルさんが一人芝居をしていたとしてもわからないだろう。とりあえず、ルソルさんの目に展開している魔力を収めて、実感が湧かないと呟く。
「幻術はかけられた者にしか作用しないので確かにわかりにくいでしょうね。自分にかけてみてはいかがでしょうか?」
自分にも使えるとは盲点だった。目に魔力を込めて真っ暗闇をイメージする。そうすると、なんと、目を開いているのに、目の前がイメージ通りに黒一色になってしまった。思わずひえっと言ってしまう。怖くなって魔力を目から離すと視力が戻った。どうやら本当に五感、いや、六感を好きにいじれるらしい。地味な効果なので実感しにくいけど、魔術を使えるようになった。
「強化術も同じ要領で使えるはずですよ、試してみますか?」
もちろん!
ルソルさんは旅の荷物を目の前に持ってくる。
「まずは普通にこれを持ち上げて下ろし、本来の重さを確認してください。次に腕の筋肉に魔力を集中させ、力が漲る様を想起して魔力を変換してみてください。成功すれば〈筋力の強化〉により荷物が軽く感じられるはずです」
言われた通りにルソルさんの荷物を持ち上げる、重い……。こんな荷物を背負って歩いていたのかと驚く。俺には軽い荷物を持たせてくれていたのか……。
続いて言われた通りに腕に魔力を込める。昼間にセラ姉が魔物をぶん殴ったあれだろう。集中すると、腕が微かに輝いた、力が漲る感覚。荷物を持ち上げると、予想外の効果に危うく放り投げそうになる。
「素晴らしい飲み込みの良さですね、感服いたしました」
強化術の方は幻術と違って効果が歴然だった。思わずしげしげと自分の腕を見てしまう。〈筋力の強化〉を解除してもう一度荷物を持ち上げてみた。重い。
「呪術はいずれ、魔術に慣れてから魔物相手に練習してみましょう」
魔力を毒に変換すると言ってたもんな、人相手に試すわけにはいかないよね。
扉がノックされ、セラエナですという声。ルソルさんがどうぞと言う。
「ちょうど馬車で東に向かう商人がいたので装甲と牙を売ってきました。レイ君の魔術の練習はどうですか?」
「素晴らしい才能です、〈聴覚の撹乱〉を一回で再現してみせてくれましたし、〈視覚の封印〉への応用もできました」
「本当ですか!? レイ君、お姉ちゃんに幻術かけてみてよ!」
覚えたばかりで失敗するかもと言うと、ルソルさんもいるし大丈夫と楽観的。それならとセラ姉に向き直る。おそらく手のひらを向ける必要はない。魔力を放出するイメージがしやすいというだけだ。なので試しに目の辺りから魔力を流出させてみる。成功。これをセラ姉の耳へと回り込ませて……。何をしよう。ちょっと悩んだ後に、背後からセラ姉と呼び掛けるイメージを伝えてみる。セラ姉はビクッとして後ろを振り向いた。成功したらしい。
「真後ろからレイ君の声がしたよ、でもちょっと声が大きくてびっくりしちゃった」
さっきルソルさんも音が大きいって言ってたな。
「ふむ、動作を省けるとはやはり筋がいいです。しかし、音量の調節がうまくいかないようですね、練習して精度を高めてください」
「はい、頑張ります」
これでもう一人前の戦力だねというセラ姉の言葉に首を傾げる。こんなことできてもあんまり意味が無いような……。
「例えば今日のヴィルム、〈視覚の封印〉だけで、脅威度は格段に下がると思わない?」
なるほど、ゲーム的に言えば盲目魔法を覚えたわけだ。状態異常魔法……敵が使ってくるとウザイけど、味方が使ってもあんまり役に立たないゲームが多いんだよな。なんか複雑。だけど、確かに使いようによっては本当に色々なことができそうだ。ベッドに入ってから、今日覚えたことを思い返す。魔力を放出して操っているうちに眠りに落ちた。
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