2-38 アルビオンの憂鬱

西方世界に位置する国でありながら、ドール海峡を挟んで物理的にも、精神的にも西方世界大陸諸国とは離れている海洋王国アルビオン。


海という鉄壁の要塞を持ちながらも、その豊かな土地故に大昔には数多の人間、魔族入り乱れる様々な蛮族達の侵入を許し国土は大きく荒らされ、オストラインの内戦時代よりも遥かに長く、凄惨な戦国時代を耐えなければならなかった。


だが、そんな敵味方が激しく入れ替わる日常が権謀術数が身近な常識であったからこそ、彼らアルビオン人には生来の危機管理能力とリアリズムな思想が根付き、その独特な世界観センスが今日の世界中に散らばる広大な植民地と有史以来最大規模の海軍を保有する海洋覇権国アルビオンを誕生させることになったのであった。




───アルビオン首都『ロンディニウム』、首相政務室にて


「建国以来最大の危機だなこれは」


そう呟くと丸眼鏡のでっぷりとした男性は今朝の朝刊片手に、朝食の紙袋に入っている魚とジャガイモのフライを頬張る。


このどこか緊張感にかける声と表情を浮かべる男の名は、『オルポール』。あまりに威厳のない容姿であるが、歴としたアルビオンの現首相であるり国内外からは『五枚の舌を持つ男』と称されている。


そして今日、このオルポールによって世界の海を支配する大海軍の女統帥、『ネイザン』大提督と、それに比して余りにも貧弱な陸軍を率いる『ウェルトン』将軍の二人が召集されていた。


「こっちは昼飯抜きで来てやったと言うのに、なに貴方は訳のわからん飯をむしゃむしゃ食ってるんですか····」


ウェルトンは無神経にクチャクチャと咀嚼音を出す首相にチクリと嫌みを放つが当の本人は何のその。


「ちょっと両大将の意見を聞きたいのと、それを踏まえて個人的なお願いをしたくてな。ちなみにこれは最近市井で話題の世紀の大発明、その名もフィッシュアンドチップスだ! やっと我が国にもまともに食える飯が生まれて喜ばしい限りだな本当!」


オルポールの人を食った態度に、ウェルトンは軽くため息する。


「それが人にものを頼む態度ですか·····。もう良いですよ、飯を食べながらでもいいんでさっさと本題に入りましょうよ」


「おっ、そうだな。ほいよ、これオストラインで今朝発売された出来立て·アチアチ·朝刊ね」


机に置かれた朝刊を覗き込むと、二人はにわかに表情が険しくなる。

 

「なるほど、確かに危機的状況ではあるな·····」


「右に同じ。フィリップス王も大それたことをするわね」


二人の反応を眺め、オルポールは満足そうに口角を吊り上げる。


「さすが女王陛下より賜りし栄光ある海軍と陸軍を統括するトップ達だ。話が早くて実に助かる!」


オルポールは自分の椅子から立ち上がると後ろに腕を組み、座る二人の周りをぐるぐると歩き始める。


「朝刊の見出しに書かれているようにトラブルなければ三ヶ月後、オストラインはフランシアに対する事実上の併合··宣言を行う手筈となっている。そうなれば魔王軍、フランシア、オストラインと三つ巴で均衡していた大陸情勢は一変するのは確実。魔王軍とてそう時間を置かずに駆逐されるだろうよ」


「あら、それは残念な話ですこと。せっかく首相が汗水垂らして開拓したお得意様フランシアビジネスパートナー魔王軍を一挙に失うなんて。首相もこのままでは、次の選挙で落選するんじゃなくて?」


「ヤメロ、ヤメロ選挙の話は! 考えただけで腹が痛くなる····ッ」


ネイザンの毒を含んだ発言に、オルポールは腹を抑えて胃が痛いアピールをする。


フランシアと魔王軍、ここ数年紛争状態の両勢力ではあるがアルビオン経済にとって重要な存在であった。


カルミアが創設したフランシアの本格的常備軍『ナシオン·アルメ』、その急速な軍備大拡張で調達された小銃や大砲の中にはアルビオン産の物は決して少なくはなく、アルビオンの軍需産業の外需のほとんどがフランシアに依存しつつあり、その需要もこの先十数年は拡大するだろうと見込んでいた。


また人類の敵たる魔王軍にしても直接的な軍事対立をしていないアルビオンは通商を通じて協力関係であり、魔王軍が大洋に開拓した新世界航路中継五島を間借りするために莫大な使用料を支払い、その資金が魔王軍の台所を支え、アルビオンが保有する広大な新世界植民地からもたらされる富と資源を安全かつ、効率的に海運することが出来ていた。


つまるところ、片やフランシアには武器を供給することで間接的な軍事支援を行い、片や魔王軍には新世界航路の使用料を支払うことを通じて戦争継続に必要な資金を工面していたのである。


そして君主がおりながらも憲法と議会制民主主義を主とするアルビオンにおいて、オルポール率いる自由党は上記のような背景から産業界から支持されており、議会における最大与党として権威をふるっていたのである。


「ぶっちゃけたところ、フランシアと魔王軍にはアルビオン経済と自由党と私個人の栄華のために未来永劫なかよろしくドンパチ繰り広げて欲しいんだよ! だがこのボーナスステージみたいな特需をオストラインがぶち壊そうとしてるんだよ!」


「呆れた·····、その言葉十字聖教関係者が聞いたら自由党の落選キャンペーン待ったなしですな」


「そこは多額の寄付賄賂を教会に施してるから大丈夫さ、ワハハ!」


愉快に嗤うオルポールであるが、二人の周りを一周するとピタッとそれは止まり、別人のように顔の笑いじわもはりつめ険しい表情へと変貌する。


「無論、我々は超大国新生オストラインの誕生を指を咥えて見過ごす訳には行かない。私個人としては外交方針に反する対抗同盟や軍事介入ですらやむ無しと考えている。その点に関して貴君らの意見を聞ききたいのだが、よろしいかな?」───


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