2-37 ジーク·オストライン
───フロリア共和国内のとある病室にて
「不可能だな、誰も出来やしない」
顔半分が包帯で覆われ、手足を所々欠損している傷痍軍人がベッドに横たわりながらインタビュワーに断言する。
「なぜかって? 私にそれを言わせるなんて君達も酷い奴等だな·····」
唯一残った片目を項垂れせながら、傷痍軍人はその出来事を話し始めた。
「·····知っての通り、我ら小国フロリアとオストラインとの戦争は最初から絶望的だった。国力は30分1、展開兵力もオストラインの方が4倍以上多く、その上単身で国軍一つ殲滅出来うるほどの戦力と称される神器使いが二人も派遣されるという徹底ぶり。真正面からぶつかり合っても惨敗するのは火を見るよりも明らか、だからうちのお偉いさん達はあんな馬鹿げた作戦を思いついたんだろうな·····」
ポケットから葉巻を取り出して一服すると、男は話を続ける。
「絶望的な戦況を回天させるべく、上の人間が思い付いた作戦が戦場視察に訪れていた陸軍卿ジーク·オストラインの暗殺だったッ!」
───成功すると思ったのてすか?
「成功するかだって? もちろん、あの時は成功すると思っていたさ! 当時からジークは最前線近くまで戦場視察に訪れることで有名で、しかも従える護衛は常に最小限。さらには捕虜の連絡将校から入手した詳細な視察スケジュールッ! 如何に軍人時代に名を馳せたとしても所詮は皇族のボンボン、どうせ箔をつけるために誇大に吹聴された戦場伝説だと誰もが高を括っていたよ」
二本目の葉巻をふかしながら自嘲するが、男の手は恐怖で怯えていた。
「·····そして決行の日が来た。場所は前線近くの峡谷地帯にある一本の街道、挟み撃ちにすれば逃げることが出来ない格好の地形で襲撃にはもってこいの場所だった。あまりにも此方の都合が良い地形すぎて、逆に罠かと思ったりしたが標的は事前に入手したスケジュール通り、しかも5人の護衛しか引き連れずにノコノコとやって来た。一方こちらが用意した実行部隊はフロリア軍における精鋭中の精鋭である20名ッ! いずれも単身でオーガ族をも討伐出来る、ツワモノ揃いだったッ!! こと戦闘に於いてはフロリアのオールスター達だったッッ!! ······だが、結果はこの通り·····」
男性は肘から先が無くなっている左腕をインタビュワーに向ける。
「私を残して部隊は全滅····。あとから聞いた話だとあの護衛だと思っていた5人は全員戦場を知らないオストライン名家の子息で、ジーク本人の粋な計らいで戦場視察に同行させてただけらしい····。つまり、護衛など最初からいなかった、いや必要無かったんだッ! 5人の無邪気な若者を守りつつ、たった一人で戦闘のプロ20人を瞬殺する超暴力を誇るジークという異次元の怪物にはな·····ッ」
男性は頭にフラッシュバックする惨劇で、まるで悪夢を見ているときのように息を荒げる。
「·····私はね、三年前のフランシアでのパレス決戦に義勇兵として参加し、あの激闘を生で見ていたから断言出来るんだよ····。魔王軍最強の怪物『悪鬼』ゾルトラ、それと対等に闘った化物『鬼拳』ダリル·····、二人の実力を持ってしてもジーク·オストラインには敵わないとッ、つまり誰もあの怪物を倒すことなど不可能であるとッッ!!」
そして半恐慌状態の男性はインタビューの最後に一言呟く───
──やつの身には悪魔が宿っている
───レッドグリズリーとの決闘に戻る
予想外の深手を負いながらもレッドグリズリーは反撃すべく、本来の構えである四足歩行へと戻る。
「腹が減って野生の勘でも鈍ったのか? そいつは悪手だぞ」
体格の勝る獣が採った戦法は至って明白、1トンを超える肉体を最高速度でぶちかますッッ!! ただそれだけであるッッ!!
されどあの巨漢が時速80キロを超えたスピードで衝突した時の破壊力など筆舌に尽くし難くッ!! 仮にジークの後ろにそびえ立つ、屋敷に激突したならばフィリップスやらダルランやら食器家具を巻き込んでも楽に反対側へと突き抜けているであろう。
そんな破壊的な一撃を加えるべく、レッドグリズリーは大地をその四足で力強く踏み込み突喊
するッッ!! 迫り来る重戦車のごとき肉塊ッ、そんな必死の突進に対してジークは防御の構えを取るわけでもなく、回避の構えを取るわけではなく、ただ両手を前に差し出し我が子を向かい容れるかのように待ち構えるッッ!!
「さぁ、力比べといこうか」
そして、最重量がトップスピードが維持したまま野生が不遜な人間へと衝突するッ!! しかしッ
「ギャオッ!?」
ジーク一歩も動かずッッ!! 比喩ではなく、大型車と同等の衝撃力を持ってしてもジークの踵は寸分も後退することはなかった。
「フフフ、力任せの押し合いなら私に勝てると思ったのかい?」
この時レッドグリズリーは初めて自分より小型のこの生物に勝ち目がないと悟ったが、既に手遅れであった。ジークはその丸太のような腰に手を回すとガッチリとホールドし、人語を理解できるはずもない魔獣へと死の言葉を囁く。
「····お前は運が良い、今私は最高に昂っているんだ。本来なら軽く一蹴するところだが、これも何かの縁だ──」
言葉途中で、ジークは過剰なほど全身に力を入れレッドグリズリーの巨体を持ち上げると、
──派手に殺してやるよ
ジークはベアハッグの要領でレッドグリズリーを万力のように締め上げるッ!! 勇ましく、神秘的な光景に沸き立つ周りの侍従達と驚愕する室内から観戦しているフィリップスとダルラン。
彼ら二人もその『姿』を知っていた。三年前のパレス決戦で若き英雄が魅せた全身を覆う青色に輝く魔法陣をッッ!! ダルランは思わずその言葉を呟く───
「『神が宿りし者』だと·····ッ!」
ジークを中心として発生するマナの奔流ッ! 自分より遥かに脆弱なレッドグリズリーに対してではなく、義父フィリップスに、フランシアに己の力を見せつけんと云わんばかりにどんどんと出力を上げていく。
「·····ギャ、·····ぎ」
軋む骨と、挽きつぶされる肉体。レッドグリズリーは自身がゆっくりかつ、確実に破壊されて行く不快な音をその耳で聞きながら最後はパンパンに膨れ上がった水風船のように、臓物と血を弾けさせ絶命した。
「フフフ、やはり良いものだな。獣と云えど敵の返り血を浴びるというのは」
全身に魔獣の血を浴びながらも、それを避けるどころか恵みの雨を浴びるかのように幸悦な表情で顔を歪ませる。そして、微睡みの時を終えるとジークはおもむろに、森林へと入っていく。
「·····やはり子持ちだったか」
草木を除けるとジークの眼下にはレッドグリズリーのまだ小さな三匹の子供たちが身を寄せ合いながらプルプルと震えていた。例え目の前にご馳走があったとしても勝ち目の闘いを避けるのが野生の本能、だが先程のレッドグリズリーにはその選択肢は無かったのである、母性が後ろに控える我が子達を置いて逃げることを拒否したのであるッッ!!
「可哀想に·····、優勝劣敗、弱肉強食····。君たちは私に殺される訳ではない、この世の理に乗っ取るだけなんだ」
ジークの口から出る死刑宣告、だが言葉とは裏腹にその目には同情の念を帯びさせながら小さな魔獣達を蹴り殺す。そして、フィリップス達が待つ屋敷へと戻ると戴冠式の詳細な工程と、その履行を確約する覚書に三人の連名でサインするのであった。
───この密会の三週間後、対フロリア戦勝記念パーティーの翌日
『フランシア王国フィリップス国王陛下、生前退位へ』
『次期国王はマリー·ロイ皇太子妃殿下に内定、正式な戴冠式は三ヶ月後にランヌ·ラートル大聖堂で執り行われる模様』
『国境危機以降、急速に関係悪化した両国にとって関係改善のカンフル剤となるか!?』
昨晩、戦勝パーティーでジークが披露した大風呂敷のような話は、翌日の朝刊でフランシア、オストライン両大衆の知るところになった。
ある者はその意味に歓喜、落胆し、ある者は荒唐無稽な醜聞だと切り捨てる。市政の反応は様々であるが大勢を占めるのは安堵の反応、過熱し過ぎた軋轢が鎮火するのではないかとの期待の反応であり、両政府が憂慮していたほどの反発は無かったのであった。
むしろこの二大大陸国家急接近の報せは直接的な当事者ではないはずの、海洋覇権国アルビオンを激しく動揺させモンロー主義を標榜していた彼らが大陸情勢に干渉し始める切っ掛けとなるのであった───
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