2-27 虐殺勇者

三年前、フランシア王都パレスにおいて勃発した史上最大のクーデター、通称『勇者達の反乱』。魔獣掃討と魔王軍撲滅を使命とする、53ものパーティーと計214名もの剣士、弓士、魔法使い等の一斉蜂起はフランシア首脳部を悉く屠殺し、王都を混乱させ、地方貴族の離反を促し、そして魔王軍の快進撃を実現させた。 


しかし、何故人類最大の敵である魔王側へと勇者達は寝返ったのか? 当初は魔王が西方世界領土を餌に誘惑したと言われていたが後になんら根拠の無い噂だと判明し、具体的な取引内容についての物証は見つかっていない。しかも反乱に加わった者には、上級貴族の子息や十字聖教の聖職者等の筋金入りの反魔獣、反魔族主義者もおり並大抵の理由でなければ主義思想を越えた行動を起こせるはずがないが、当の反乱者達は王都を襲撃したロベリアを除き、事件以降まったく姿を確認されておらず謎は深まるばかりであった。


しかし、三年たった現在。一つの噂が囁かれ始める。


勇者達の反乱には、実のところ首謀者がいたと──


その人物は昔から他の勇者達からは忌み嫌われ、蔑まれ、侮蔑されておりその報復として魔王と手を組んだと──


魔族の秘術を手にした男は、長い年月をかけて復讐相手達を洗脳し、傀儡し、そして一斉蜂起を促したと──


男には親兄弟、恋人どころか親しい友人すらおらず、常に一人で行動していたため名前は誰も知らなかった。故にその男の身の回りで起こる不可解な現象を揶揄してこう呼ばれていた、


『虐殺勇者』と───



───『虐殺勇者』との邂逅に戻る


髪は昔より遥かに長く、あの屈託の無い陽気な笑顔は鳴りを潜めているが見間違えるはずがない。


遠い昔、非力な自分に手を差しのべ、魔法での闘い方と生き残る術を教えてくれ、そして彼との友情を裏切り決別したことを····。


ダリルにとって恩人であり、自身が見棄ててしまった『虐殺勇者』の顔を忘れ、見間違えるはずがなかったのである。 


「どうした、『バーゼ』とやら? 私の顔に何かついているのか?」


ジロジロ眺められ怪訝な表情を浮かべる『虐殺勇者』と同じ顔をもつレバンナの言葉にダリルはハッとする。


勇者パーティー時代の自分と、今の自分の姿は月とすっぽん、この男は自分がダリルであることを分かっていない。そもそも、目の前の『レバンナ』という神器使いが勇者達の『虐殺勇者』と同一人物であるという根拠もない。


そこでダリルはすっとぼけて『バーゼ』の役に徹する。


「いや、天下の神器使い様が二人もいるなんて思わなくてね」


「詮なきこと。殿下の大命あれば、辺境の地でも駆け付ける。それがオストラインの牙である我々神器使いの使命·····。しかしバーゼ、君は少々やり過ぎたな·····」


レバンナを前にしてダリルは一歩も動けない。隙がなかったのだ、何度イメージ内で初撃を仕掛けようとするも結果は全て返り討ちのみ。


(·····参ったね。打つ手がないなこりゃあ·····)


しかし、だかと言ってダリルの実力が劣っている訳ではない。深層心理の無意識下で、ダリルはレバンナという男を前にして動揺し、それは躊躇、引いては闘いの選択肢を狭め、曇らせていたのである。


「····しかし、度が過ぎた行動ではあるが、聞くところによると君の友人を拉致するなど我等にも非があるのは明白。ここは一つ提案なのだが、今夜の騒ぎは無かったことにしてくれないか? 互いにとってそれが一番幸せだ」


普段のバトルジャンキーモードのダリルなら、こんな穏便なレバンナの提案をはね除け四の五の言わずに新たな神器使いに襲い懸かるところであるが、


「····返すもん返して貰えば、こちらも文句はない」


これをあっさり受諾する。もしかしたら『虐殺勇者』本人かも知れない、そんなダリルの淡い願望が神器使いを前にしての耐え難い戦闘欲を上回ったのである。


かくして、総督府での一騒動は呆気なく幕引きかと思われたが、


「な、何を言っているのですかレバンナ殿ッ!?」


だが、屋敷の主であるデニッツは唯一食い下がる。


「このもの達は総督府で乱暴狼藉を働いたばかりか、あろうことか神器使いのトロータ殿にまで危害を加えたのですぞ!! それを無罪放免などとッッ!!」


焦るデニッツは、レバンナ相手に捲し立てる。


「だからこそだデニッツ殿。たった一人、たった一人の『バーゼ』という男に易々と総督府を突破され、神器を使っていないとはいえトロータが敗れた事実が公になってみろ。それこそ、公権力の信頼が揺らぎ、『反体制派』の跳梁を許すことに繋がる。貴殿の立場もわかるがここは───」


「黙れ黙れ若造がッ!! ワシはハイデンベルグの行政長だ! この地の最高権力者だぞ!! ワシが法でワシが絶対な秩序なのだ!!」


せっかくのクレイを秘密裏に処分するチャンスを失ってしまう。デニッツの焦燥はピークに達し、レバンナ相手に怒声を飛ばすが逆効果であった。


「今のは『失言』だな····。訂正しろ」


「ふ、ふん! 青二才が、ワシが処刑すると言ったら処刑するのだ!」


レバンナに威圧されつつもデニッツは引こうとはせず、クレイの喉元に突き立てた短剣に力を込めるッ!!


(いかに奴等とて総督であるワシに手出しは出来まいッ! クレイさえ殺せば、他───)


だが、デニッツは甘い見立てのために報いを受けることとなる。逡巡する彼が最後に視たのは

一筋の閃光。


「正義は我にあり。貴様は『オストライン』の代理人である私の意思を二度も無視した····ッ!」


床へと堕ちていくデニッツの頭部が最後に聞いたのはそんなレバンナの囁き声だった──


頭を無くしたデニッツの体がぐらつくと同時に、クレイの体もゆっくり床へと崩れ落ち始めると同時に──


「なにいッッ!?!?」


『迷い』と『淡い願望』を払拭し駆け出したダリルは、レバンナの鉄壁の間合いを易々と突破しッッッッ!! 


「破ッッ!!」


その凶器と化した右貫手でレバンナの喉元を狙うッッ!!!!

 

(速いッッ!!)


レバンナは刀身でこの貫手を迎撃するが、ダリルの馬鹿力によってバランスを崩しながら後ろへと吹き飛ばされる。


「貴様、どういうつもりだ·····!?」


体勢を整えたレバンナは、狼のような鋭い眼光を放ちながら問い掛ける。


「交渉決裂てやつだよ、そっくりさん」


一方のダリルは、ひどく神妙な顔付きで答えるのであった───

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