2-26 もう一人のラウ

───数年前、裏格闘団体『ヴァルハラ』でのとある試合


怪しげな地下施設に集った高級なスーツや綺羅日やかなドレスを着込む観客達は、見た目とは不釣り合いなほど野蛮な歓声を送り続けていた。


鉄格子に囲まれたリングに佇むは、本日のトーナメント戦を勝ち抜いてきた闘獣が二人ッッ!!!


西コーナー、300戦無敗の絶対王者『ファントム』トロータッッ!!


東コーナー、東方世界から来た謎の『理合』という魔法を操る正体不明のドラゴンファイター『ラウ』ッッ!!


彼らは〆の大一番、本日のメインイベントを前にして最高潮に盛り上がっていた。


「どうだいカンフーボーイ? 前座どもを相手にして緊張はとれたかい?」


トロータは不遜な態度で対戦相手であるおかっぱ頭の三白眼を持つ少年を挑発するが、その返答は深いため息だった。


「·····幼い」


「あ? なんて言った?」


「君たちの『魔法』を基軸とする戦闘体系。それが僕たち『理合』を根源とする武術体系と比較して、あまりにも進歩が幼く、浅いと言っているんだ·····。西方世界でも随一の武術大会と聞いたから参加したものの、聞いて呆れる」


少年は『魔法』という存在を、失望、諦観、そして軽蔑すらしていた。


「オイオイオイ、俺を前にしてそれを言うか? 安心しな、他のド三品と違って俺は本物だからよ」

 

そう言いながらトロータはいつものファイティングポーズを採る。だが、尊大な態度をしている少年は構えようとしない。


「どうした? 今さら怖じけづいたか?」


再び挑発するトロータに、今度は鼻で笑うように少年は返答する。


「粋がるじゃない羽虫が。これから始まるのは闘いではない、ただの見せ物だ。西方世界のボンクラどもに『理合』が『魔法』よりも優れた武術だと見せ付けるためのな·····ッ!!」





───現在に戻る


「んでもって、そのクソガキに左膝壊されちまったわけよ。情けない話だよな、まったく」


「·····なあ、そのガキてのは本当に『ラウ』て名乗っていたのか?」


ダリルは目を合わせずにトロータに質問する。目を合わせてしまったら、自分が『ラウ』という言葉に動揺しているのがばれると思っていた。


「ああそうだが? 目付きと態度の悪りいいけすかねえガキだったよ。しかも驚くなよ、お前『神が宿りし者』て知っているか?」


「まぁ、人並み以上にはな·····。!? まさか!?」


ダリルは思いもよらないキーワードに驚く。


「·····あれは試合の最終盤、デカイ口を叩いた割には俺の方が優勢だったんだが、突然ワンパンで逆転されちまったんだよ」


「蒼白い魔方陣のようなタトゥーだらけになってか·····」


動揺を隠しきるのはもはや不可能であった。なんら確証はない、二つの出来事は無関係なのかも知れない。


かつてダリルに理合を、そして新しい人生を授けてくれた大恩ある生涯の師『ジャック·ラウ』。その師が『用事』と言っていた西方世界へと来た目的·····。


かつて未完だったダリルを指導し、魔王軍四天王『悪鬼』ゾルトラと比肩するまでの実力を与えてくれた無二の友『プルム』。その友が言っていた、東方世界に現れたもう一人の『神が宿りし者』·····。


今考えても所詮は栓なきこと。考えたところで、フランシアの命運を握る『手紙』を無事に届けるという重大な使命とはなんら関係無い。


しかし、関係ないとわかっていてもダリルの胸中では運命染みたざわめきを感じていたッッ!!


そして後にこの第六感は正確であったことを知るのはまた別の話───


「お、興味ありますって顔だな。じゃあ話しついでだが、実はジーク殿下もよ───」


「そこまでにせんかトロータッッ!!!」


トロータはさらに会話を続けようとするが、それを引き留めるように男性の怒声が部屋に木霊する。


「チッ、風紀番長様のお出ましか。紹介するよ、あいつがもう一人の神器使い様の『レバンナ』だ」


二人の視線の先には鋭い眼光を向ける美男子と、その後ろに目を閉じたクレイの喉元に、汗まみれになりながらナイフを突き付けるデニッツの姿があった。


───少し前に戻る、総督執務室にて


「ひ、ひぃぃぃぃッッ!!」


クレイの殺害予告を受けたデニッツは、必死に弁解しようとするも緊張と恐怖で過呼吸と成り声を出すことが出来なかった。


そんな惨めな復讐相手の姿を、クレイは美しい顔を歪め楽しむ。


「そんなに怯えなくても良いじゃない·····。さぁ、楽しいや····か····い·····を?」


だが、彼女は何の脈絡もなくその体を地に伏せてしまう。


(!? 一体何が起きたの!? 体が動かないッッ!!)


意識は明瞭、されど体は指一本動かせず。


「れ、レバンナ殿ぉぉぉッッ!!」


歓喜を上げるデニッツの声にクレイは最悪な事態を理解する。

 

(レバンナですって!? くそ、神器使いが二人もいるとはッ!!)


このままでは『事情』を知っているデニッツに処分されるのは明白。クレイはこの状況を打開すべく、頭をフル回転で策を練るが何も出てこなかった。  


「危ういところだったなデニッツ殿、この賊は何者で?」


「あぁ、こやつはライン──」


思わずクレイの一族である『ラインバッハ』の名が口から滑り出しそうになるが寸前のところでデニッツは思いとどまる。


何故ならデニッツの今の地位は『ラインバッハ』根絶の功績によるもの。仮に生き残りがいたとジークに露見すれば自分の過去最大の功績が霧散するのではとこの男は恐れたのである。


故にこの醜男が取った選択肢は、


「·····わかりませぬ、わかりませぬが····ッ!!」


デニッツはシュナイダーの亡骸から剣を引き抜くとクレイ目掛けて大きく振りかぶる。


「総督府を乱しッ、私の優秀な部下を殺した大罪ッッ!! ここで処刑いたしますッッ!!!」


デニッツは声が出ないことを良いことにクレイの存在を闇に葬ろうとする。だが、


「待てッッ!!」


レバンナはデニッツの暴挙を止める。


「な、なぜ止めるのですか!!」


「·····何か二人には事情があると思っていたが、無関係であるのならば好都合。この少女は、トロータと交戦している賊との交渉道具に使う」───



───現在に戻る


「気をつけろよ、あいつは俺と違って冗談が通じんからな」


トロータがダリルに注意を促すが本人の耳には入っておらず、今日一番の驚きの表情を浮かべる。何故なら、


「何かの冗談だろ·····。なんで『虐殺勇者』がここに·····」


ダリルは知っていた。レバンナのことを遠い昔から、それこそ勇者パーティーの時代から知っていたのである───

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