2-28 龍仄柳
デニッツの首が吹き飛ばされる直前、ダリルは二つの事実を見逃さなかった。
レバンナの得手は、剣が鞘に入った状態での神速の一太刀、東方世界の島国から伝わったと云われる『抜刀術』であることを。
そしてこの男はデニッツを殺すのに僅かの躊躇が無いどころか、ほんの一瞬ではあるがその口元を愉悦に歪めていたことを。
(違う····ッ!)
故にダリルは確信する。この男は弱者を労り、言われなき罵詈雑言に決して屈しようとしなかった、太陽のような精神をもつ『虐殺勇者』とは別人ッ!!
むしろ、その逆。このレバンナという男の分厚い能面の下に隠された本性は、正義と正論を盾に暴力を楽しむ卑劣な男。
ある種の偏見ではあるが、この偏見が迷いと淡い願望を消し去り、生来の勝負勘を取り戻したダリルは先程まで難攻不落だと錯覚していレバンナの絶対防御圏を易々と突破出来たのである。
「何のつもりだ貴様·····ッ。返答次第では命はないと思え」
何のつもりか、実のところダリルも良くわかってはいない。いつもの闘争本能に依るところではない、強いて言うならば───
「気に食わねえんだ、お前の顔がよ」
───否定
過去の想いでの中にある『虐殺勇者』との記憶。それと同じ顔を持ちながら真反対の性分をもつレバンナという男の存在を否定し、許すことが出来ず、まるで呪縛のようにダリルを激昂させた。
「ふざけたことを····ッ! 本心を語る気が無いのなら、それでも良い。だが、私の体は全てが大祖国オストラインに捧げた物、その私に敵するということは万死に値するッッ!!」
レバンナは刀身を鞘に納めると、まるで四足魔獣のように低く膝を折り構える。
「楽に死ねるとは思うなよ売国奴ッ! 大祖国に代わりに貴様に正義の鉄槌を加えてやるッ!!」
「何でもかんでも他に理由を求めやがって、そういう所が気に食わねえんだよ」
一方のダリルはそれを迎撃すべく、右腕を盾のように構えどっしりと腰を据えた最破の構えを取るッッ!!
そして訪れる見切り合いッッ!! 両者共に想像上の相手に先手を仕掛けるも、結果は全て『後の先』による返り討ち。
激烈な開戦とは対照的な、静寂が部屋を包み込むがそれも数瞬、光明を見出だし先手を打ったのはレバンナッ!!
──天深流·参の太刀、『暴れ蛇』──
レバンナが一太刀抜刀すると刀身から無数の衝撃波が飛び出すッ!! 現れた蛇のような細長いマナの衝撃波達は不規則にかつ猛然と獲物であるダリルへと殺到するッッ!!
「大した遠距離魔法だが、昔痛め付けられた『炎竜』に比べりゃぁ可愛いもんよッ!!」
しかし、ほぼ同時にダリルへと襲い懸かったのにも関わらず、無数の蛇の衝撃波はその頭部をダリルの手刀によって叩き落とされ敢えなく霧散するッ!!
だが、これはフェイクッ!! 蛇の群れに紛れてレバンナは接近し、今度はダリルの制空圏を突破することに成功するッッ!!!
──天深流·伍の太刀、『龍仄柳』──
そしてダリルは『それ』を間近で目撃する。デニッツの首を吹き飛ばしたさいに見えた一筋の『閃光』───
神速の抜刀術によって瞬間的に熱で赤焦げた湾刀片刃の必死の一撃をッッ!!!
「散れッ!! 塵芥がッ!!」
その一撃強烈無比、その一刃回避不可能ッ!! 未だこの業を前にして生き残った者は皆無と云われる一太刀は真っ直ぐとダリルの脇腹へと向かう───
「なっ!?」
だがッ! 今宵の相手は尋常では非ずッ!!
「甘くみられたもんだねぇ····、一度俺にみせてしまった業が通用すると思うなんてよ」
ダリルは見切りそして読みきっていたッ!!
ダリルはただ、向かってくる神速の抜刀を撫でるように叩いただけ。されど拳に刀に銃弾····、すべからく猛スピードで直進してくる物体というのは側面が弱いッッ!!
例え恐るべき速度と質量をもつ砲弾ですら、遥かに柔らかな木を掠めたことで弾道を大きくずらされることがあるように、最大速度域に達していた刃先も一撫でであらぬ方向へとそれ、皮肉にもその遠心力のせいでレバンナは自身の体勢を崩してしまう。
そしてダリルはこの絶好の機会を逃すほど甘くはないッッッッ!!!!
(!? 私は幻覚でも見ているのか····ッ!?)
刹那、レバンナは驚愕の光景を目撃する。まるでダリルから阿修羅のように6本の腕が生え、同時に自分の方へと真っ直ぐ拳が向かってくるのである。
だが、無論現実にそんなことがあるはずはなく、実際は───
「覇ッッッッ!!!!」
金的、水月、壇中、喉、勁中、霞ッッッッ!!!
急所6ヶ所同時打撃ッッ!!! 神業、正中線六連撃がレバンナを容赦なく襲い懸かるッッッッ!!!!
「ガバァァァッッッ?!?!!」
一撃でも即死級の六連撃ッ! レバンナの体は成すすべく宙を舞い、壁を突き破って隣部屋まで吹き飛ばされる。
───決着はついた───
この一方的な勝利を目撃したトロータや、いつのまにか目が覚めたクレイは唖然としながらそう思った。
しかし、当の本人であるダリルの表情は勝利を前にしても表情は険しく。何故なら、
「·····やっぱりね、まるで手応えがないと思ったよ」
未だ砂ぼこり収まらぬ中、突き抜けた隣部屋で幽鬼のように立ち上がるレバンナらしき影を見てダリルは諦観しているように呟く。
一撃でも入っていれば卒倒確実の六連撃。すなわち、レバンナの動揺と意識の隙をついた六撃にも拘らず一発足りとも急所に直撃していなかったことを意味するッッ!!
(視てから反応出来る筈がねえ。認めたくはねえが、アイツも俺の手を先読みしていたと言うことか····)
思わずレバンナのことを評価してしまった自分自身に口の中で舌打ちする中、砂ぼこりは収まり始める。
そこには立ち上がったものの肩で息を繰り返しながら、口からは内臓を損傷したのか血を垂れ流し、
「······素晴らしい······ッ!」
能面のような表情から一転、悦びと快楽に狂ったかのような猟奇的な笑みを浮かべながら、両手を上げ歓喜を叫ぶ男が立っていた。
「実に素晴らしい、『バーゼ』くんッ!! 君には資格があるッ! 私たちと共に手を組み、オストラインの輝かしき未来を切り開こうではないかッッ!!」───
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