2-5 開戦の狼煙
──着地少し前、床崩壊直後
落下時、ダリルは崩れ落ちていく床の木材と石材を足場にして、突然の出来事で連携が取れなくなったグレンツェンの刺客達を天狗の如く飛び回り仕留めていた。だが、最後の一人を前にして····
「なッ! 剣だとッッ!!!」
痛恨のミスッッ!
過酷な任務を生き残っていきたラーベに満足な生身の五体などほとんど残っている筈もなく。負傷し、欠損する度に義体に取り替え隠し武器を仕込んでいたのであるッッ!
そしてその隠し武器の一つッッ、右腕の仕込み刀が決着を焦ったダリルの左脇腹に深く刺さるッッ!!
「勝機ッッ!!」
男は叫び、仕込み刀を強く押し込もうとするがダリルがそれを許さないッッ!!
「グハッ!!?!」
ダリルの貫手が喉に直撃ッッ!! この一撃に流石のラーベもよろめき、負傷した両者は距離をとり着地するのだった。
──そして現在に至る
二対の剣を構えながら男は状況を整理する。
部下は5名とも無力化され、床が崩壊した時の轟音によって間も無く王宮の衛兵達がここに殺到するのは明白···· そして眼前には永き眠りから覚め立ち塞がる『聖骸』もとい『鬼拳』のダリルッッ!!!
それが意味することすなわち、
(····申し訳ございませんゲーラ外務卿···· もはや任務は失敗。我一人でこの男を確保することは不可能でしょう····)
ラーベは手足として動く部下を事実上失い、敵の増援が駆け付けつつあるという危機的状況の中で初めて元来の冷静さを取り戻しつつあった。
状況は控えめにみても絶望的、時間は『鬼拳』の方に味方している····· にも関わらず彼の顔には諦めの表情が染み付いておらず、むしろ腹を括ったかのように剣幕に凄みが増していたッッ!!
(されどこの男を生かして置くには危険ッッ!! 同士討ちになろうともここで始末するッッ!!)
両目に宿る闘争の炎。察したダリルはその意気に応えるかのように構えをとる。
緊迫したオーラを出しながらか睨み合う両者、この死闘唯一の観戦者であるベロニカはワンフレーズも見逃さまいと固唾を呑んで見守るが次の瞬間、
「あっ、消えた····」
二人の体は音を置き去りにしたッッッッ!!!!!
豪速で互いの距離を詰める両者ッ! 先手を盗ったのは──
(!? なんという拳速ッッ!?!?)
ダリルの右正拳突きッッ!! だがラーベはこれを間一髪を跳ねて避けると大道芸人のようにダリルの右腕を足場にして跳躍し背後をとる──
(貴様の首もらったぞ!? ッッッッッッ!?!?)
ダリルの予想通りにッッ!! 二手目、これを盗ったのはまたしてもダリルッッ!! 後蹴りの足刀がラーベの喉を捉えるッッ!!
(なんという重さッッ!? 本当の3年間も寝ていた人物の一撃なのかッッ!?)
吹き飛ばされたながらラーベは喉に刻まれた衝撃力に戦慄し、着地すると更なる追撃に備え構えを採ろうとする。だがッッ!!!
「!?!ッッな──」
三手目、ダリルの膝がッッ!!! 神速の飛び膝蹴り『瞬撃』がラーベの顔面を貫くッッ!!!
三度にも及ぶ脛椎への衝撃、神経根が激しく圧迫されて意識を保てる筈もなく。
(·····そ·····ん·····な───)
ラーベの視界は漆黒に染まり始め──
「····アンタが何者かは分からんが感謝するよ──」
支えを無くした家のように力なく床に倒れ込む強敵に対し賛辞の言葉を送る──
「お陰で絶好調まで持っていけたぜ······ッ!」
──静寂、先ほどまで死闘が起きていたとは思えないほどの静けさが部屋に広がり始めるが、
「·····ダリルさん、本当に起きてくれたんですね····」
それを破るかのようにベロニカはダリルに問い掛ける、その目に大粒の涙を流しながら──
驚愕の連続で麻痺しかる思考と感情が戻り始めた彼女が最初に込み上げて来たのは『安堵』。
もしかしたらこのまま一生ダリルが目を覚まさないかも知れない──
彼女はそんな不安を常に胸に抱き続け、3年間も通い語り続けていたのである。
故に目を覚ましたダリルを前にすると、胸を突き上げてくる気持ちで闇雲に涙が溢れ止まらないのである。
そんな気持ちを察してか、ダリルはベロニカに近寄るとその涙で濡れ幼さが残る顔を優しく撫でる。
「ありがとうな、ベロニカ····· いつも俺の傍に居てくれて」
「えっ·····」
ダリルは朧気ではあるが、分かっていたのだ。毎日決まった時間に、優しく思い出話を話す女性の存在を、それが恐らくはベロニカだと言うことを。
男の口から出る予想外の言葉。それが引き金となって女の内に秘め隠していた、慕情の念が溢れ出す──
「ダリルさん····· もしかして私のこと口説こうとしています?」
ことがある筈もなくッッ!!!
「····つまらないジョークも相変わらずだなお前は····」
「いやいや誤魔化さないで下さいよ! ていうかなんか性格微妙に変わってません? 3年前のダリルさんはそんな口説き文句みたいなこと絶対言いませんでしたよ!?」
「誰がお前を口説くなん── !?」
ダリルは突如ベロニカを抱き抱えると──
「なっ!? ダリルさんいきなり大胆過ぎま!?──」
そのまま豪快に部屋の窓を突き破り外に飛び出す。それと同時に──
「耳を塞げベロニカッ!」
「へっ──」
轟音と爆炎を奏でながら部屋が弾けとぶッッッッッッ!!!!
王宮の中庭に着地したダリルの腕に掴みながら、ベロニカは唖然とした表情でこの光景を見つめる。
爆発の威力は凄まじく、ダリル達が先ほどまでいた部屋を中心に半径20メートル圏内の建造物は悉く破壊されていた。
「な、な、な、何が起きたんですか·····!?」
「·····気絶していた黒衣の男たちから妙なマナの潮流を感じたから、恐らくは自爆でもしたんだろうな·····」
爆心地を中心に止めどなく天へと登る黒色の爆煙と埃───
それをダリルとベロニカ、そしてこの後に起きる壮大な舞台の役者達は各々の思惑を胸にこの象徴的な光景を見つめる──
しかし、誰も予想はしていなかった。この事件を皮切りに魔王軍、フランシア、そしてオストラインを中心に西方世界諸国全てを巻き込んだ『大西方戦争』が勃発するなど──
「ずいぶんと派手な目覚めになったものだな·····」
3年の眠りから覚醒し、ただ『最強』だけを目指すこの男を『グラウンドゼロ』として、混迷の時代へと突き進むなど、誰も予想することなど出来る筈もなく───
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