2-6 雑談

───ダリル覚醒から3日後


「相変わらず無茶苦茶な男だな貴殿は。3年ぶりに目を醒ましたらと思ったらそのまま賊を仕留めてしまうとはな。まだまだ『鬼拳』の実力は健在だということか····」


銀髪のトレンチコートを来た人物はベッドに横たわる少し肉付きが良くなったダリルを見ながら苦笑する。


「どうだかな、間抜けにも脇腹に一撃を貰っちまったからまだベッドのお世話になってるよ····· そういうアンタはこの3年で腕を上げたのかな、ガナード·····?」


ダリルは意地悪そうに笑いながら、年のわりには目尻にシワが増えたガナードに問い掛ける。


「フッ、生憎とグランオルドルがナシオン·アルメニに編入されてからというものデスクワークが忙しくてな····· かつて貴殿にリベンジを誓ったがいつになることやら」


グランオルドルはダリルが目覚める2年前にカルミアが新設した常備軍『ナシオン·アルメ』に吸収合併する形で永き歴史に幕を降ろした。


3年前のパレス決戦ではダリルの活躍もあって存亡の危機は乗り越えたが、フランシアの数多の問題点が露呈することとなった。


その一つが『常備軍たるグランオルドルが余りにも小規模過ぎる』点とそれを補うために『勇者パーティーと地方貴族の領民兵』に頼り過ぎていた点であり、特に後者は『勇者達の反乱』と『地方貴族の中立宣言』によって国防に風穴を開けられたフランシアは大きな危機を直面したのである。


その反省を生かし、残存した複数の勇者パーティーとグランオルドルを吸収して新設された武力組織たるナシオン·アルメは野戦砲や魔法使い等の長距離攻撃を主軸としている点や魔法を使えない一般兵士はマスケット銃で武装しているなど様々な新機軸の試みがなされているが最大の特徴はその規模。


中央政府に流れ込む莫大な税収に支えられる五個の軍団で構成されたこの組織の総兵力は規格外の30万ッッ!! 常備軍の規模としては隣国オストラインに並び西方世界最大の陸軍であり、その軍団の一つ、通称『中央軍団』四万の軍団長が、今ダリルと会話しているガナード『元帥』なのである。


「····アンタはそれで良かったのかい? あれだけ誇りに思っていたグランオルドルに幕引きさせることによ」


「·····組織が代わり、時代が変わろうとも、国王と国民を守るための剣と盾であることには変わりないさ。もっとも、ストレリチアはそうは思わなかったみたいだがな·····」


かつて歴代最強の剣聖と称され、臨時騎士団長でもあったストレリチアはグランオルドルの吸収合併に表立って反対こそしなかったが、抗議の意を込めて用意されていたナシオン·アルメ内での要職のポストを蹴り、引退した彼女は当の昔に王都を去っていたのである。


「不服だったのか?」


「·····まあな。元々何を考えているかよくわからん奴ではあったが、奴なりに想うところがあったのだろうよ····」


「·····ストレリチアは引退、プルムは蒸発、そしてマリーはオストラインへ輿入れ····· 目が覚めたは良いが、寂しいもんだなまったく····」


瞼に深い哀愁をこめ窓の外を眺めるダリル。ガナードはそんな男の意外な姿を見て目を丸くする。  


「·····なんだよ、そんな泡食ったようなツラなんかして」


「いや····· 闘いにしか興味がなかった貴殿がそんな表情を浮かべるとは意外でな····」


「アンタもベロニカみたいなことを言うのかよ! ·····まあ、憑き物が堕ちたような気はするがな」


「憑き物か····· 『神が宿りし者』、結局あれは何だったんだろうな?」


「さぁな、抜け殻の俺にはもう分かりはせんよ」


何の根拠もないが、ダリルは自分の中にあった『神が宿りし者』が消え失せたことを確信し喪失感に包まれ、それ即ちゾルトラをも魅せた力はもはや自分の手から離れたという事実に火の消えたような気持ちとなっていた。


だが、異常なまでの闘争への渇望と破壊衝動から解放されたダリルは憑き物が堕ちたかのように明るく穏やかな気分にも包まれており、複雑な感情が入り乱れていたのである。


「そいつどうかな、さっきも話したがお前の制約魔法擬きは効力を『停止』させただけで、何かの切っ掛けがあればまた元に戻るのではないか?」


「切っ掛けねぇ~、俺を狙ってきた黒衣の連中なら何か知っていたのかもな······ ま、考えても仕方ねぇし今はリハビリに専念しますか!」


そういうとダリルはおもむろに立ち上がり、患者衣から私服へと着替え始める。


「? 主任の治療術師からもう外出許可が出たのか?」


ガナードの問いに対してダリルは唇を剃り返すようにニッと笑い返す。


「せっかく目が覚めたのに、毎日毎日クソ不味い治療食ばかり食っていたら気が滅入っちまってな。ちょっと行き付けの店で、舌と腹の『リハビリ』してこようと思ってな。予約に行かせた奴が待っていると思うから、そろそろ行ってくるわ!」


そう言いながらダリルは窓から飛び降りようとすると、


「待て、こいつを持っていけ」


ガナードは部屋にあったクローゼットから灰色のローブ取り出しダリルに投げ渡す。


「なにこれ?」

 

意味を理解できず怪訝な表情を浮かべるダリルに対して、


「まぁ、騙されたと思って持っていけ! 貴殿はそれがなければマトモに町も歩けんからな」


ガナードはニヤニヤと煽てるように笑うのだった───


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