2-4 共覚
ラーベが『グレンツェン』の任務をこなし始めてから早十数年。常に危機的な状況な身を置いてきたこの男の精神は常在戦場の域に達し、例え死を目前にしてもラーベから冷静さを奪うことは不可能となっていたはずであったが、
(パレス決戦での噂は本当だったのかッッ!!)
溢れる脂汗、更に高まる鼓動ッッ!!! 今日、この時は違ったッッ!!
目の前にいる人物は枯れ木のように痩せ細り、押せば折れてしまいそうなほど貧弱な体格·····
されどその内に秘めたる魔獣の如き闘争本能と戦闘能力はまさに破格ッッ!!!
歴戦の雄ラーベをもってしても計り知れない実力をもつ男を前にして確信するッ!! この男こそが3年前十万の魔王軍相手に無双し、四天王最強格のゾルトラを屠った半ば伝説として語られる──
「ッッッ『鬼拳』····ッ! この化け物がぁぁ!!!」
ラーベがその名を叫びながら喊声すると同時に部屋に遅れて到着した部下の三人も一斉に動き出し、前方左右真上、4方向からダリルに迫るッッ!!
(!? また何の合図も無しに一斉に動き出しただとッ!)
再び魅せる神業のコンビネーションに目を剥くダリル。
オストラインの暗部組織グレンツェンには長年の任務で培った数多の秘術ありッッッッ!!!
彼らの卓越した連携はその内の一つ、『共覚』によって実現されていた。
催眠魔法と通信魔法の複合術式である『共覚』はその名の通り、術者同士の思考を共有させる魔法である。一見すると極めて利便性の高い魔法に見えるが、互いの思考を共有させることは、すなわち一つの脳で二つ以上の思考を処理する負担を与えることになり、未熟な術者だと精神分裂して廃人になる危険性があるのである。
故にこの魔法は実戦では使用されず主に拐ってきた相手と共覚して情報を抜き取るなど、拷問向けかつ、一対一の共有に限定されていた。
だが、ラーベとその部下達はリスク承知で『共覚』の術式を施していたッッ!!
つまり今、ダリルに向かってくるのはただ四人の敵ではあらずッッ!! 一個の意思を持つ、手足合計16本の恐るべき怪物なのであるッッ!!
「チッ、やっぱりこうなるかい····」
そう呟くとダリルは構え、久しぶりで慣れない浅く早い呼吸を繰り返し体内のマナを最大限加させるッッ!!
(·····何となく状況が読めてきたな···· 果たして撃てるかね、今の状態で)
一撃必殺の奥義、破勁を放つべくッッ!!!
だが、ラーベはダリルの対応に自身の勝機を見出だす。
(迂闊だぞ『鬼拳』ッ! 僅かなズレを期待して各個撃破を狙っているのかも知れんがそれは悪手ッッ!!!)
四方向から寸分の狂いもなく迫りくる凶刃。無論この戦法だと一人か二人はダリルの拳の餌食となる。しかし、それで充分ッッ!! 残った二人で確実に伝説の男を葬ることが出来るッッ!!
四人とも誰かが貧乏くじを引くことは『共覚』で理解するも、グレンツェンに編入されたその時から死の覚悟を決めていた彼らが怖じ気付くことなどあるはずもなくッッ!!
ダリルに確実な死を届けるべく全力で両足稼動させ、遂に四者同時ダリルの間合いへと侵入するッッ!!
((((撃ってこい『鬼拳』ッッ!! その時が貴様の最後だッッ!!))))
しかし······
(((何故だッ!? 臆したのかッ!)))
ダリルは撃たないッッ!! 構えをしたまま動かないッッ!!
この予想外の展開に黒衣の男達は困惑するッ! ただ一人ラーベを除いてッッ!!
(!? しまった!───)
ダリルの真の標的に勘づくも時既に遅しッッ!! 充分に黒衣の男達を引き付けたことを確認したダリルは意を決して破勁を放つッッ!!!
それは前方でも左でも右でも真上でもなく、ましてや人体に向けてではない。本当の狙いは──
「さぁ、仕切り直しといこうか····ッ!」
ダリルの足元の床ッッ!!!
そして破勁を撃ち込まれた床には、ダリルのマナが浸透、振動しッッ!!!
「ひゃ、ひゃぁぁぁぁッッ!!?!?! 落ちるぅぅぅぅッッ!!!?!?!」
ベロニカの悲鳴と爆音を飛び散らせながら完全に破壊されるッッッッ!!!
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!?!? ぶつかるぅぅぅッッッッ!?!?!?」
一難去ってまた一難、不運なことに頭から下の階へ落ちるベロニカ。成す術もなく床に激突するかに見られたが、
「と、止まったぁ~~~~」
あとほんの数センチのところで一足先に着地したダリルに右足をキャッチしてもらい、床との激突を回避する。
「相変わらずうるさい女だな、お前は····」
「相変わらず無茶苦茶な男ですね、ダリルさんは····· !? あっ、さっきの男たちは!?!?」
「安心しろ、落下する途中に仕留めておいた····· 一人を除いてな」
「えっ?·····」
気絶しながら落下してきた五人の黒衣の男達を無視し、ダリルは部屋に舞う埃が収まる前にその男がいるであろう方向を見つめる。
(·····驚いたな、俺の一撃を躱すだけじゃなくてまさか一発もらっちまうとはな····)
手で出血が止まらない左脇腹を押さえながら相手の技量を心のなかで称賛するダリル。やがて埃も収まり、左手に握られている短剣と血に濡れる右腕の仕込み刀を十字架のように構えたラーベを見てダリルは好戦的な笑みを浮かべる。
「前言撤回、アンタとなら良い寝起きの運動が出来そうだぜ」──
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