2-1 再始動
幾星霜の時を経て、人知れず人目のつかぬ一部屋で、伝説が再始動しようとしていたッッッッ!!!!
(身体が重い····· 流石に無理は出来ないか·····)
枯れ木の様に痩せ細った青年は不安定な体をぐらつかせながら、目の前の漆黒のローブを纏い片手に短剣を持つ男達を虚ろな瞳で見つめる。
青年が着ている真っ白な患者衣は鮮やかな血の紅色に染めあがり、袖は所々破けている。
傍目から見れば青年は正に絶対絶命。もはやその命も風前の灯火かのように見えるが、
「····退きな、アンタらじゃあ寝起きの運動にもならねえよ」
否ッッ!!!
真実は真逆ッッ!!
短剣で武装した男達は圧倒されていたのだッッッ!!! この丸腰の青年に一人にッッッ!!!
隊長格であろう男は返り討ちにされ、青年の足元に転がる二人の部下を見ながら、下唇を強く噛みその名を怨恨の念を込め叫ぶッ!
「ッッッ『鬼拳』····ッ! この化け物がぁぁ!!!」
隊長格が動くと、それとほぼ同時にまるでテレパシーで通じているが如く、他の三人も一斉に青年へと駆け出すッッッッ!!!
前方左右真上、4方向から寸分もずれずに目にも止まらぬ速さで向かってくる凶刃ッッ!!
「チッ、やっぱりこうなるかい····」
対して青年は久しぶりで慣れない浅く早い呼吸を繰り返し、体内のマナを最大限加速させ放つッッ!!!
「破ッッッッ!!!」
最強へ至る信念をその拳に込めてッッッッ!!!
───時は遡ること半日前、王都パレス王宮前、『勝利の広場』前にて
「前へ進めッッッッ!!!!」
最前列の指揮官が叫ぶと、後ろに並ぶ有象無象の兵士達が一糸乱れぬガチョウ足行進を始める。
数千に及ぶであろう兵士達は皆同じ黒のダブルジャケットと赤のズボンを身に纏い、その手には剣や槍ではなくマスケット銃が握られている。
『三年前』の今日、フランシア史上最も危機的かつ、栄光ある一日を記念しての観兵式が、王宮前のシャンズ大通りを大拡張して作られた『勝利の広場』にて盛大に開催されていた。
そして、この催しの主役たる二人はこの光景を王宮の一番高いバルコニーから観覧していた。
「どうですかなゲーラ卿。フランシアの新しい国軍、『ナシオン·アルメ』は?」
カルミアは得意気な表情を浮かべながら、横に並ぶ黒髪オールバックのスーツを着た男性に話し掛ける。
この男の名はゲーラ。
隣国の老帝国『オストライン』の外務卿であり、皇帝代理として『同盟国』フランシアの十万の魔王軍とゾルトラを退けた三周年戦勝記念祝賀会に参加していた。
「まさに壮観! 我々オストラインの精鋭達と轡を並べれば魔王軍といえど鎧袖一触でしょうな、カルミア『女王』陛下?」
当たり前のように返って来る世辞。しかし、カルミア喜ぶどころかは顔を少しだけ引きつらせる。この時のカルミアはあくまでも病に伏せた国王である父の代行であり、『まだ』王位は継承していなかったのである。
「お戯れを、ゲーラ卿····· 私は国王フィリップスの代理であるだけですよ」
ケラケラと表面上は笑い謙遜するカルミア、だがゲーラは獣のように鋭い青色の瞳を彼女に向けると不適な笑みを浮かべる。
「ご謙遜をなされるな。国内外の誰もがフランシアの実質的は指導者はカルミア様であると認知しております。それに、僅か三年で封建的であった統治体制を強力な官僚機構により中央集権体制に移行させたのと、愛国心を煽ることで巨大な常備軍を揃えた手腕····· 我がジーク皇太子殿下も仙才鬼才の女傑と評しておりますぞ?」
フランシアはパレス決戦後の三年で大きく変わった。魔王軍敗退後、カルミアが最初に取り掛かったのは裏切り疑惑のある地方貴族の粛清···· ではなく懐柔であった。
カルミア自身もスパイだったとはいえ魔王軍と内通していたこともあり、多くの裏切りの証拠を握っていた。故に糾弾し征伐するのは簡単、しかし彼女はそれをせず逆に救済の道を与えたのである。
名目上は中立を謳っていても、魔王軍の行軍を許した地域は一つの例外もなく略奪と暴行の限りを尽くされており、既に地方貴族は自らの領民から充分に恨みを買っていたのである。
そんな状況で裏切りの証拠まで出てきたら、討伐軍が到着する前に、自分達が売られていた事実に怒り狂う民衆にリンチにされるのは必然。
そんな彼らにカルミアは『王土返上令』を布告、『領地を国王に返還すれば家族を養えるだけの一生涯の給付金と身の安全は保証』とする救いの手を差し伸べたのである。
ある者は、緊迫した情勢下で二転三転する状況に嫌気が差し、ある者は煩わしい領地経営に疲れと、理由は様々であるがカルミアの目論みは的中し続々と応じていく。そうなると給付金を宛がわれない貴族の次男や三男、それに仕えていた文官や領民兵は路頭に迷うかに思えたが、教養のある者は官僚か軍の下級指揮官へと養成し、それ以外の者は兵卒としてナシオン·アルメに編入させることでこれを防いだ。
斯くして、フランシアは一滴の血を流すこともなく完全な意味での統一国家へと変貌し、この富国強兵政策の旗手であるカルミア首尾よくフランシアの頂点に立ったのである。
そしてカルミアが採った手法を参考にして、今まさに国内引き締めと改革を断行しているのが没落した超大国、オストライン帝国なのである。
「世辞とはいえ嬉しい限りですわ。ところで我が愚妹マリーの方は元気で?」
「ええ、マリー様でしたら───」
「·····申し訳ございません、ゲーラ外務卿。少々宜しいでしょうか·····」
ゲーラの後ろから付き人がシャシャリ出てくると耳打ちで何かを話し始める。
「·····成る程、わかった····· 申し訳ございません、本国から緊急の通信がありまして」
「ええ、お気になさらずに! 多忙な身で来て貰っているのですから」
「ご理解、感謝致します。それでは、また···」
ゲーラが付き人と共にバルコニーから退出するのを確認すると、カルミアは軽くため息をはく。
「······全く、『黒髪の野獣』を相手にするのも疲れるわね」
───王宮内、ゲーラ外務卿宿泊部屋にて
「全く、女狐の相手をするのは疲れるものだな······ ラーベ、居るのだろ? 状況を説明しろ」
ゲーラは愚痴を吐きながらソファーに深々と座ると、天井裏に居る誰かに問い掛ける。
「はっ···· 目下5名の部下と共に『聖骸』の捜索をしておりますが、目ぼしい場所には見当たらず、残る場所は──」
「この王宮というわけか····· それで、何の用でこの私を呼び出したんだ?」
「『聖骸』の探索、奪取するに当たって交戦許可を頂きたく···· なにぶん王宮内は流石に護衛と監視の目が厳しく、隠密行動だけでは任務達成は難しいかと····」
「構わん、邪魔者は全て排除しろ。ただし、わかっているな?」
「無論一切痕跡を残さず、我ら一同捕縛されるようなら自害する所存でございます」
「······分かっていればよい。ハイル·ライヒ」
「····ハイル·ライヒ」
天井裏にいた人物の気配がなくなると、ゲーラは手元のワインボトルをグラスに注ぎ、ワインの水面に写る自分に向かって語り掛ける。
「·····まったく、皇太子殿下も人使いが荒いな、外務卿の私にこんな荒仕事をさせるなんて」
一気に飲み干すワイン、存分にフランシア産ワインの薫りと風味を楽しむとゲーラは恍惚は表情を浮かべる。
「やはりフランシア産は····· いや、将来の『国産』ワインの味は格別だな」───
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