2-2 迫る暗雲

───王宮内のとある一室にて


一台のベッドの上には枯れ木のように痩せ細った青年····· それをどこか寂しそうに見つめる、椅子に座った金髪ポニーテールの女性は聞こえているはずのない言葉を囁く。


「·····ダリルさん、もうあの日から三年も経っちゃいましたよ····· いい加減起きて下さい、お寝坊さんにも度が過ぎますよ」 



───時は遡ること、三年前


「ん~ だいたい原因は分かりましたよ~」


ダリルの全身を凝視する五星侠のコルチカム、その緑色の両眼には魔法文字の様なものが浮かび上がっていた。


「·····やはり、呪術魔法か?」


神妙な面持ちで問い掛けるガナード、対してコルチカムは首を横にふる。


「ん~、いや~、呪術魔法の挙動よりは、制約魔法のペナルティの方が『近い』かもですね~」


制約魔法とは、その名の通り魔法の発動条件を制約する or 多大なリスクを負うことで威力と精度を格段に上昇させる技術である。


「制約魔法だと? そいつはお前の『魔眼』で解除出来そうなのか?」


コルチカムは『特別』な出生由来の特殊能力、『魔眼』を持っている。『魔眼』はあらゆる魔法の機能、種別、生成コードを判別し、特定の場合を除き魔法を無効化、解除させることも可能なのである。


「むりっすね~ 制約魔法は下手に解除すると、さらに重大なペナルティーが科される場合もあるのでやめといた方がいいっすよ」


「そ、そもそもどういう理由でダリルさんは目を覚まさないんですか?」


「おっ! ベロっち良いこと聞くね~ コルチカムお姉さんが教えてあげましょう!」


コルチカムは待っていたと云わんばかりに胸を張ってどや顔を困惑する三人に披露する。


「ダリルっちの科している制約はイマイチわかんないけど、その能力は例えるなら『マナの無限借用』的なやつなのよ~」


「? 『マナの無限借用』? そ、それってどういうこと何ですか?」


「平たくいえば金貸しからお金を借りる様なものよ~ そして借りる以上は元金と利息の返済を迫られる訳だけど、ダリルっちはあまりにも大量のマナを借りすぎて利息すら返せずパンクしている状態なの」


つまりは今のダリルは借りたマナの利息すら払えない破産寸前の多重債務者の様な状態であり、魔法のみならず生命の源でもあるマナが常に底をつきガス欠状態である故に目が覚めないというのがコルチカムの見解であった。


「ちょっとまて、コルチカム。『マナの無限借用』とはいうが、じゃあそのマナの貸し手は一体なんなんだ?」


「それに、制約魔法の発動条件もわかんないって言っていたけどそれはどういう意味なのかしら?」


ガナードとストレリチアから飛んでくる当然の疑問。制約魔法は確かに発動条件とリスクが厳しければ厳しいほど強力な能力が発揮できるが、それはあくまでも本人の潜在能力の範疇でのはなし。


ゾルトラ戦の最中に見せたダリルのマナのピーク値はフランシアが誇る二強の二人からしてもまさに規格外。短時間とはいえ戻り状態のゾルトラすら上回っており、到底一個人の命と未来を差し出したとしても、得られる力ではなかった。


「いや~、だから言ってるじゃないですか~。制約魔法に『近い』ものだって。ぶっちゃけ、読めないコードが沢山ありすぎて、詳しいことはわかんないんすよ~」


「読めない? この前は古代魔法も解読してたじゃない」


「だ~か~ら~、読めない物は読めないんですよ~!」


『魔眼』をもってしても解読出来ない魔法、コルチカムも初めての経験で少し苛立ちが見られた。


最後の希望であるコルチカムですら匙を投げるほど難解な魔法だという事実に三人の表情は曇り始めるが、


「·····な~んか、みんな勘違いしてるけど、別に施しようが無いとは一言も言ってませんよ~?」


「ほ、本当ですかコルチカムさん!!!」


その言葉にベロニカは大きな声をあげると、コルチカムの両肩を掴み揺らす。


「ちょ、がっつきすぎよ~、ベロっち~。でも本当よ~ 『解除』が危険なら『停止』させればいいんですよ~」


コルチカムの説明によると、訳のわからんこの闇鍋魔法を無理に解除するよりは、停止させた方が前者よりも遥かにリスクが少ないとのことであり、もはや選択の余地はなかった。 


「·····わかった、その方法で処置してくれ」


「りょ~か~い☆、ストレリチアさ~ん。それじゃあ、私の部屋に──」


「ダメよ、ここで処置しなさい、私たちの目の前でね。それと、ダリルに妙な小細工はしないでね?」


ストレリチアは腰の剣を静かに抜くと、剣先をコルチカムの喉元に突きつける。その目つきは明らかに敵意と警戒が込められており、到底仲間だと思う人物には決して送ることはないであろう敵愾心が透けて見えた。


そしてその敵意を十二分に察したコルチカムは唇を三日月のように吊り上げ肩をすくめた。


「もう~、信用ないんだから~。分かりましたよ~ もう二度とその剣は味わいたくないですし~。あ、でもベロっちは『当てられる』かもですよ?」


結局、ベロニカはストレリチアとガナードに説得され渋々部屋を退出。そして30分後、処置を終えるとストレリチアとガナード、そしてコルチカムの三人は何事も無かったかのように部屋を出てくるのだった──




───時は現在に戻る


コルチカムの魔法を停止させる処置は成功し、ダリルのマナは徐々に戻り始めた。他の宮廷治療術師も同じ診断で、半年もしない内に目を覚ますだろうと言われていたが、結局三年たった今も両瞼が開くことは一度たりともなかったのである。


その間、ダリルは点滴と定期的な治癒魔法によってなんとか一命を取り止めていたが、ダリルの巨大な筋肉群がまともな食事がない状況下で維持できるはずもなく、その体は枯れ木のように細くなっていた。


傷は癒され、体内のマナも十分、あとは何かのきっかけさえあればこの植物状態から目が覚めると診断されているが、未だそのきっかけが訪れることはなかった。


そんな中、ベロニカは足蹴なくダリルが眠る部屋へ通っていた。


プルムもマリーもこの王都にいない以上、自分がなんとかするしかない! その気持ちを胸に成人を迎えてもベロニカはルーチンワークのように通い続けては昔話や、思い出話をして目が覚めるきっかけを作ろうとしていたのである。


変わらない毎日、目の覚めることのないダリル───















だが今日は違う。いつもならこの部屋の外には屈強な護衛が二人、直立不動で職務にあたっているが、既に両方口から血と泡を吹き出しながら事切れていた。


二人を殺害した招かざる客がドアの小さな隙間から、生気のない瞳で男女の健気なやり取りを確認すると、端から見れば独り言を小声で呟く。



「·····7階、大階段の西から3番目の部屋に『聖骸』らしき人物を発見、至急来られたし。尚、部屋内にはもう一体障害ありのためこれより排除行動に移る」───



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