1-Last 変革

『フランシアの王都パレスにてゾルトラ敗北ス』


この衝撃的なニュースは魔王軍の敗退の知らせと共に西方世界のみならず、東方世界、新世界の諸国に伝わった。


アレウスとゾルトラ──


魔王軍の最高戦力であり魔王フレイアの権力を支えていた圧倒的武力──


その二枚看板を立て続けに失い、手駒の10万の大兵力すら霧散したフレイアは魔王軍内部の権力抗争に陥る。



筈であった─



───パレス決戦、三ヶ月後。バルセラ、魔王軍前線基地にて──


エベリア半島の中心地にある大都市バルセラ。ここはつい五年前まではカスタロ王国の首都であったが、降伏以降は魔王軍の西方世界侵略拠点として駐屯と兵站、両方において最重要な都市として機能していた。


そして魔王軍に接収され前線指令部として利用されている旧王宮の一部屋、通称『水晶の間』で事件が起きようとしていた──


旧カスタロ王国の富と権威を体現せんと云わんばかりの豪華絢爛な水晶の鏡とシャンデリアが散りばめられているこの長く、広く、高い回廊は祝宴や盛大な儀式、謁見の間など大規模な催し物で利用されているが、今日はたった三人の利用者のために場違いな程小さいな円卓の机と三つの椅子しか用意されていなかった。


そして、先着した二人は険悪なオーラを出しながら、主催しておいて未だ約束した時間に来ないもう一人の人物を椅子に座りながら待っていた。


「·····最近、妙な流れになってきたと思わない?」


紫の髪を靡かせ右涙ぼくろがセクシーである妖艶な美女は、向かいに座る片眼鏡を付け白髪オールバックの老紳士に語りかける。


「あぁ、そうだな···· パレスでの敗退以降、こちらに内通していたフランシアの地方貴族どもがドミノ倒しのように王家に絶対的な恭順の意を表明し、中には領地を返還している者までいると聞いている。いくら我々が敗北したからと言って、余りにも動きが早い。恐らく裏切り者全員の弱味を握ったカルミアが恫喝と懐柔でも繰り返して、切り崩しに成功したのだろうな····」


窓の外の快晴を見ながら話す老紳士、その穏やかな態度が美女の神経を逆撫でにさせ、握り拳でおもいっきり机を叩かせる。


「フランシアのクズ共何てどうでもいいのよ!! 問題はフレイアの方よ!! あのクソ魔王はよりにもよって『カスタロの亡霊』達を自分の親衛隊に組み込んでいるって話じゃない!」


だが、そんな苛立ちを前にしても老紳士はのらりくらりとする。


「何をそんなに青筋たててるんだ? 戦線は小康状態だが、いつフランシアが攻勢を仕掛けてきてもおかしくはない。魔族だろうと人間だろうと戦力になる者は全て使うのが道理であろう?」


あくまでも意に介しない老紳士、美女は少し冷静さを取り戻すと男の顔を覗き込み、誘惑するかのように呟く。


「······いい加減芝居は辞めましょう。チャンスが消えようとしているのよ、フレイアを引き摺り落とすチャンスがね·····」


そして美女は老紳士の背中に周ると両手で男を抱きしめ、愛を囁くように耳元で語りかける。


「ゾルトラもいない、アレウスもいない····· 今、私達が手を組めば間違いなくクーデターが成功する····· そうすれば貴方の果たせなかった『約束』も達成出来るし、私達また昔みたいに仲良くなれると思わないかしら?」


艶かしい声と表情、並みの男であれば直ぐに堕ちる色仕掛けであるが──


「·····『猛姫』の名が聞いて呆れるな──」


この男、尋常では非ず。


「──まるで泣き言のように聞こえるぞ? そんなにフレイアと『バリエンテ』のあの男が怖いのか?」


老紳士はまるで美女の心中を嘲笑うなのように意地の悪そうな笑みを浮かべる。


一方の美女も琴線に触れたかのように、表情を歪め始め罵詈雑言を投げつけようとするが、



「いや~~~~~! ごめんごめん、待たせちゃった!!? ドラク? ゼラ?」



回廊の端から歩きながら場違いな程陽気な大声を出すフレイアによって掻き消される。



「あれ、てか何この雰囲気? もしかしてお取り込み中だった?」


「いえ、さっさと始めましょう魔王殿。予定時間からもう1時間17分38秒も遅れてます」


「そうよ! こっちは忙しい中、来てやったんだからね!!!」


「ちぇ、二人は辛辣だなぁ」


子供のように頬を膨らませながら椅子に座る魔王フレイア、そして敵愾心を隠すことすらしない老紳士のドラクと美女のゼラ。


魔王軍四天王にして、共に反フレイアの最大派閥のトップである二人を前にしても、権力の裏付けを失った魔王フレイアは飄々な態度を崩すことはなかった。


「さて、本題に入りますか! 今日集まったのは、四天王の二つの空席について二人にお願いがあってね!」


「·····ゾルトラは降格処分ということですかな?」


「そりゃあそうさ! 十万の大将でありながら、指揮するのを放棄して、挙げ句の果てには人間一人とタイマンして敗北する。本来なら打ち首獄門のところだよ!!」


机を両手でバンバンと叩き怒っているフリをするフレイア。目の前の二人は、そんな下手な演技を白けた目で見ていた。  


(その人を食ったような態度が気にくわないのよ、この男は····! わかってんのよ、アンタが重症を負ったゾルトラを隠して匿っているのわ!!!)


ゼラの読みは正確であり、フレイアはゾルトラを処分するどころか、保護していのである。二人の敵対者、ゼラとドラクの刺客から守るために。


(だが、三ヶ月もたってゾルトラを表舞台に出さないところをみると相当な重症を負ったのは間違いないようだな····· もっとも、この余裕な態度をみると既に『替わり』は見つけたようだがな)


三者三様の思惑、表立って内部抗争は起きていないが火種はそこら中に散らばっており一歩間違えれば激しく燃え上がる可能性ある中、フレイアの次の一言はこの会談を奇妙な方向へと誘い始める。


「と、いうわけで二人には新しい四天王を一人ずつ推薦して欲しいんだ!」


「えっ?」


「はっ?」


余りにも予想外な提案に目をキョトンとさせるドラクとゼラ。


四天王とは名誉職などでは非ず。それぞれが暗黒世界に広大な領土と領民を抱えており、二人に新四天王の指名権を与えるということはゼラとドラクの権益拡大を意味していた。


(·····やってくれるわねフレイアッ! わかったわよ貴方の狙いがッッ!!)


親フレイア派のアレウスとゾルトラの領土が、反フレイア派のゼラとドラクに事実上接収される。一見、二人にとって旨味のある話であるように見えるがそんなに単純ではない。


(我々の連携は阻止されたな·····)


元々ゼラとドラクの派閥も互いに過去の『いざこざ』で敵対関係であったが、フレイアという巨大かつ、共通な敵と対峙するため、敵の敵は見方理論で停戦状態となっていた。


だが、ゼラとドラクが魔王フレイアと匹敵、もしくは凌駕するほどの領土、権力を手に入れてしまうこの提案は互いに互いを危険視させ、その薄氷の協力関係を瓦解させる可能性すらあった。


(かといって、良いこと尽くしのこの提案を断れば派閥の重鎮達に突き上げを食らうのは確実。ざまぁみやがれ、狸爺に女狐が!)


沈黙する二人を隠すつもりもなくニヤニヤと笑いながら見つめるフレイア。


無論、領土を失うことはそこから得られる税収を失うことにもなる。しかし、今のフレイアにとっては軌道に乗り始めた『ビジネス』で十分に補うことが可能であり、歯牙にもかけなかった。


(金にもならん土地なんていくらでもあげますよってんだ! 戦力だって『バリエンテ』の残党を引き込んで、ゾルトラさんが復帰すればこちらが大きく上回るしな!)


まさに完璧。フレイアは自分の書いた青写真に絶対の自信をもってどや顔を披露する。だが、


「·····ちょうど良かった。実は四天王の話になると思って、一人推薦したいと思っていたのですよ」


老紳士のヴァンパイアロード、ドラクの発言によってフレイアの完璧な計画は絵に書いた餅になろうとしていた──



───王都の王宮の一部屋にて


「·····もうしわけ御座いません。私の力ではとても····」


白いローブを被った治療術師は項垂れるように弱音を吐く。


「·····そうか、ご苦労であった。下がってよいぞ」


ガナードは無念を滲ませながら、労いの言葉を掛ける。部屋には暗い顔をした、ストレリチアとベロニカ、ガナード、そして、


「······もう、充分寝たじゃないですか。いい加減、起きて下さいよダリルさん·····ッ」


涙目のベロニカが見つめる先には、気を失ってから既に三ヶ月近く目を覚ましていないダリルがベッドに横たわっていた。


「·····既に骨も内臓の負傷も完治しているらしい、やはり考えられるのは──」


「呪術魔法ね·····」


ストレリチアの言葉にガナードは無言で頷く。


「そんな····· 治癒魔法じゃ治せないんですか······!」


「無理なのよベロニカ····· 治癒魔法は高度なものであろうともあくまでも負った傷を治すもの、対して呪術魔法を除去するというのは治すではなく解除、そもそも範疇が違うのよ」


「····あのプルムとかいうエルフはどこに行ったんだベロニカ? 奴なら何か知っているのでは····」


ガナードの問に対してベロニカは涙を流しながら首を横にふる。


ゾルトラとの激闘が終わり、この部屋にダリルが搬送された時最初に治療に取り掛かったのはプルムであった。


しかし、三日三晩飲まず食わずで治療するも何かを察したプルムは、ダリル宛に置き手紙をして、ベロニカ達の前から忽然と姿が消えたのである。



「······ストレリチア、やはり奴に頼るしかないのでは?」


「!? ストレリチア先輩!? 誰か心当たりがあるんですか!」


ストレリチアに詰め寄るベロニカ、険しい表情を少しの時間だけ浮かべるとやがて諦めたかのようにため息をする。


「····ガナード、申し訳ないがあの女を読んできちょうだい······ 『グランオルドルで最も危険な女』をね」───




───会談終了後、魔王執務室にて


「はぁ~~~」


先程終わった会談を思いだしフレイアは一人、ため息をつきながら独り言を呟く。

 

「まさかドラクに先を越されるとはね····· どこ、ほっつき歩いるかわかんないがさっさと帰って来てくれよアレウスさん······ 遂に現れたよ、三人目の神が宿りし者、アイザック·『ラウ』がね······」


その孤独な魔王の問い掛けには誰も答えてはくれない、鳴り響くは先程までの快晴が嘘のような大雨によって、雨粒が地面を叩きつける音のみだった······








変革の波を迎えようとするフランシアと魔王軍、そして目の覚めぬダリル····· だが、この物語はまだ終わらない。それどころかやっと役者が出揃い始めたばかりである。



この物語はまだ続く──



ダリルが『最強』へと至るその時までッッッッ!!!   



第一部完ッッッッッッッッ!!!!!!!!

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