1-79 戻り

ゾルトラは飢えていた──


凶暴かつ強力な魔族と魔獣犇めく暗黒世界に生を受けていながら、その男とまともに闘える者など数える程しかいなかった。毎回無傷の勝利、そこに男の求めている戦いの緊張感など生まれぬ筈もなく。


強きオーガの噂は次々と強敵を引き寄せた。


異常筋肉のミノタウロス、禁忌の魔術師と云われたハイエルフ、百の武器で戦うドワーフ、オリハルコンの肉体をもつゴーレム───


だが、男の飢えを満たす者は誰一人いなかった。善戦出来たとしても切り傷をつけられる程度で、到底闘いとは言えず控えめにみてもその様は蹂躙でしかなかった。


やがてそんなオーガ最強の男の噂を聞き付けた魔王フレイアが訪ねてくる。最初は組織ごと潰すつもりではあったが、フレイアの『野望』を本人の口から聞いたことで賛同し結局、再建されたばかりの魔王軍に他のオーガ達と参画するのであったが、この選択が人生最大の後悔を招く。


ゾルトラが参画直後にフレイアが直接スカウトしてきた人物、『アレウス』───


一目この男の姿をみたゾルトラはまるで雷を受けたかのような衝撃を受けるッッ!!


その男の戦闘力まさに測定不能ッ!!! その男の危険性まさに規格外ッ!


ゾルトラは何の根拠もない本能ではあったが、確信する。


『見違える筈がないッ! この男ならば飢えを満たし得る!』と──


だが、アレウスはそんなゾルトラの願いを一度足りとも叶えてくれなかった。何度懇願しても返ってくる返答は同じ、


『同志である我ら二人、闘う理由なし』


アレウスには闘う意志が毛頭もなく、二人の対決は実現しなかった。


やがて、暗黒世界において魔王軍拡大のために他の部族や諸侯の実力者と闘えどゾルトラは満足することはなく、期待していたエベリア半島侵略戦でも『バリエンテ』の精鋭部隊と手合わせする前にカスタロ王国が降伏を選択することで拍子抜けで終わった──


だが、そんなゾルトラにも遂に転機が訪れる。フレイアからの抹殺命令の標的、東方世界の大天才『武神』ラウによって──


でははく、ラウの弟子を自称する『ダリル』という男だったッ!


初めてであった、手を抜いたとはいえ壊れない敵と対面したのは──


初めてであった自分が膝を着くほどの衝撃力を体感したのは──


その気になればこの場で殺すことも可能····· だが、ゾルトラは賭けたのだ! ダリルという男が自分の飢えを満たし得る存在になることをッッ!!!


そしてゾルトラの予感と賭けは的中し今に至る───



ゾルトラは遂に出逢えたのだ、全力の自分をぶつけられる相手に──


宿願成就に男の心境は、緊迫感溢れる戦いに滾り散らす──


訳でもなく、この死闘を味わう様に楽しむ──


訳でもなかったッッッ!!!!


ダリルという自分の飢えを満たす存在を前にしながら、ゾルトラは今───


「ッッッックソがァァァッッッッ!?!?!??」


過去最高に鬱憤を募らせていたッッッッ!!!!


無理もない、ゾルトラは闘いの中で未だかつてないほど不自由を強いられていたッ! 未だ経験

したことのない闘いの不条理さを痛感させらていたッッ!!


ゾルトラにとって闘争とは過去のダリル同様、命を掛けて持てうる全てをぶつけ合うフェアな闘いだと定義していたッッ!


しかし王都で二人の女に殺されかけたダリルの見解は違うッ! 闘争の大前提は生き残ることッ! そして勝利を掴むための極致は、相手に実力を出させずに征することッッ!!!


相反する闘争哲学ッ! だがこの思考の差が、身体能力も魔法も上回っているゾルトラ相手にダリルが対等以上に闘えることを可能としていたッ!!!


先程までダリルを捉えていた拳は空を切り始め、自分には次々と急所へダリルの拳が直撃するッ!!


その度にゾルトラの口から漏れるは吐息から吐血へと変わっていたッッ!!


(やはりある程度の隙間がなければ『戻り』は使えないようだな···· 今回は勝たせてもらうぜゾルトラッッ!)


鉤突きかと思えば猿臂


上段蹴りかと思えば下段蹴り


回転蹴りかと思えば裏拳


虚実入り乱れた止まらぬ連撃でゾルトラを翻弄させる。全ては一分の隙も与えぬため、『戻り』を使わせぬため、攻撃の手を緩めないッ!!!





そして遂にダリルに絶好の機会が訪れる──


ゾルトラに襲いかかる正中線四連撃ッッ!!


苦痛に歪む表情とぐらつく体───


激しい攻防繰り広げた中で初めて生じた『隙間』──


ダリルは追撃することなく大きく息を吸い込むッッ!


全ては必殺技の『一撃目』を撃ち込むためにッッッ!!


ダリルは一歩目を大きく踏み込むッッッッ!!!

















しかし、その時ダリルは重大な過ちに気づく。


考えもしなかった。かつて自分が闘いを経て闘争哲学を変えたように、この男も変える可能性に──


どこか決めつけていた。ゾルトラという男は真っ向勝負のみを望む相手であると──


コンマ数秒の出来事ではあるが、ゾルトラの崩れ掛けたかのような体は瞬時に建て直し、苦悶に歪んでいた表情は報復の怒りに燃え始めていた。


ゾルトラは生涯初めて闘いの中で駆け引きを用いた、全てはダリルを引き込み、致命的な一撃を加えるために。


そして、過信と浅慮でブラフに引っ掛かったダリルは報いを受けることになる───


強烈無比なゾルトラの左ストレートによってッッッッ!!!!


「ッッぶばッッ!?!!」


いなす暇も打点をずらすことも出来なかった。みぞおちに入った意識外の一撃はダリルが不安定な積木を組むが如く形成していた優勢な状況を全てひっくり返し、一転して窮地へと追いやった。


早くも生じた本日二度目の『隙間』──


ゾルトラもまた追撃をすることはなく、ダリルへと死の宣告を囁く。


「死ぬほど効いたぜダリル···· だがもう終わりだ、死ね」


ゾルトラの褐色の肌は紅色へと変色し、爪や牙はさらに長く鋭くなり、表情はさらに険しくなっていく。


それはココネオ村でみた『戻り』の兆候。


闘いは絶望の第2幕に突入する──

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