1-73 完敗

『誰がこの結果を予想出来ましたでしょうか!? 五星侠の雄、『炎獄』墜ちるッッ!!』


試合後も鳴り止むぬコロシアムを震わす程の大歓声、誰もが一様に興奮し、男の圧倒的強さに心が奪われたッッ!




───VIP席にて


カルミアはこの結果に満足そうに微笑む。


「決定ですはね父上、ダリルは文句なしに実力を証明しました。もはや、王政内からはもちろん民衆からも不服の声が出るはずはありません」


「····うむ、そうだな。カルミアよ、予定通り布告を開始せよ。この王都に住む全ての人々に向けてな」


「承知しました、父上」


国王に向かって一礼し会場をあとにカルミアを見送ると、国王は一人険しい顔をする。


「·····しかし、ガナードには悪いことをしたな、体面を重んずる奴ゆえに早まったことをせねば良いが·····」


「·····お言葉ですが陛下、それは杞憂であらせられるかと」


「杞憂とはどういうことだ、ストレリチア?」  


国王の後ろで護衛の任務を務めていとストレリチアは話を続ける。


「あの男はこれ程度の屈辱で折れるような腑抜けではないということです」


端的ではあるが力強いストレリチアの言葉に、国王も「そうか」と呟きながら頷くのだった。



───コロシアム、医務室にて


「·····完敗だな、私は」


タオルで両目を覆い、医務室のベットに横たわるガナードは掠れた声で一言呟いた。


「·····実力は伯仲、意気も同等、勝敗の分け目は引き出しの多さ、最後の最後まで『奥の手』を隠していたダリルさんの方が一枚だけ上手でしたね」


ベットの横の椅子に座るヴィクトワールは、神妙な面持ちで弁護するが、それに対してガナードは自嘲染みた笑みを口元に浮かべる。


「余計な気づかいはいらんぞヴィクトワール。何の罪のない相手を間違った噂を流すことで誹謗中傷し、騎士として恥ずべき騙し討ちまでしての敗北。これを完敗と言わずしてなんというのだ·····ッ!」


「·····ガナードさん」


悔しさと情けなさに下唇を血を垂れ流すほど強く噛み締めるガナード、ヴィクトワールはこれ以上掛ける言葉を見つけることが出来なかったが──



──ガチャ


「目は覚めているようだなガナード」


それは突然やって来た。ドアを開けた音と同時に聞こえてくる一生忘れはしないだろう男の声にガナードは上半身を跳び跳ねるように起き上がらせ男の名を静かに叫ぶ。


「!? ダリルかッッ!」 


予想外の来客に目を見開くガナード、だがそれも僅かな時間、もはや敗北し闘争心が消えかけているこの男はすぐに自嘲ぎみな表情に戻りダリルにここに来た理由を問い掛ける。


「なんのようだダリル? まさか敗者の私を笑いにきたのか?」


半笑いしながら皮肉を放つガナード、そこには先程までグランオルドルの名誉を一身に背負って戦っていた人物だと思えないほど覇気を失った男の姿があった。だが、


「······卓越した剣技に加え炎竜に創武術、アンタとの闘いで何度も明確なほどに『死』と『恐怖』を感じた、ゾルトラやストレリチアと闘った時以上にな····」


「何が言いたい·····」


ダリルは無言でガナードのいるベッドの横に近寄ると、火傷で爛れた右手を差し出し握手を求める。


「だが、それでも五星侠最強のアンタ相手に一歩も引かずに前進することで勝利を掴み取れた。感謝するぞガナード、俺はアンタのお陰で更に強くなることが出来た····ッ!」


「·····なッ!!!」


その言葉に嫌味になしッ! ダリルは掛け値無しにガナードの強さを称賛し、そして自分を成長させてくれたことを本当に感謝していた。


しかし、一歩間違えればまるで相手を自分の踏み台かのようにも聞こえるこの発言は萎み掛かっていたガナードの闘争心に──


「·····『今回』は私の敗北を認めよう····· だが、あまり図に乗るんじゃないぞダリル·····ッ!!」


再び炎を灯したッッ!


「『今回』はだと·····?」


怪訝な表情するダリルに対して、ガナードはベッドから降りるとまるで初めて会ったときのように前へと立ち、睨みつける。


「次は私が勝つと言っているのだ····! これで終わるとは思うのよ!」


激しい気迫と不敵な笑みッ! 闘争心を取り戻したガナードの姿にダリルも悦びの笑みを浮かべる。


「そうか、そいつは素敵な話だ。俺は何時でも何処でも構わん、待っているぞガナード·····!」


結局二人は握手はしなかったが、確かに通ずるものを互いに感じるのであった。


「あとダリル、貴殿は一つ勘違いしているぞ」


「? 何がだ?」


「貴殿は私のことを五星侠最強と評してくれているようだが、それは違うと言っているのだ」


「ほぅ面白い、誰なんだ?」


ダリルの問いに対してガナードは優男を指さす。


「ヴィクトワール特級騎士、この男だ」


意外な人物に驚きの表情を見せるダリルだが、それ以上にヴィクトワール本人が驚く。


「何を言ってるですかガナードさん! もう冗談きついなぁ~」


「それは、それは····· 是非とも手合わせ願いたいな·····」


「もぅ、ダリルさんも真に受けないで下さいよ~」


へらへらと笑うヴィクトワールだが、まるで獲物を狙うような野獣の眼光を放つダリルをみて徐々に引きつった笑いに変わる。


「····あ、そ、そうだ! そういえばコルチカムさんと約束があるので僕はここで! それじゃあまた!」


そそくさと逃げるように退出するヴィクトワール、その慌てぶりようを見てかガナードは快活に笑い始める。


「フ、アンタも人をおちょくる何てことをするんだな」


そのガナードの愉快な笑い姿を見てダリルも微笑む。


「フフフ、ヴィクトワールは悪い奴ではないが空気の読めん男でな、完全な八つ当たりだが少々懲らしめたくなったのだよ。だが、五星侠最強というのは嘘ではない。ムラこそあるが、絶好調の時の奴は私は勿論、ストレリチアやダリル、貴殿にも引けを取らない戦士だと私は評価している」


「なるほど、本格的に手合わせしたくなってきたな」


「チャンスはあるさ、貴殿が防衛戦を生き残れたな·····」


その発言にダリルは神妙な面持ちに切り替わり、ガナードも真剣な眼差しを向けさらに話を続ける。


「ダリル、貴殿は強い。私は勿論、先の闘いを観戦した多くの者達がその事実を認めているだろう。だが、世界は広く貴殿より強い猛者はまだごまんといる、恐らくゾルトラもその一人だ」


「····だからと言って俺は負ける訳にはいかん、最強であることを証明するために·····」


拳を強く握り、歯を食い縛るダリル。拳を交えたダリル本人が一番良く理解していた、ゾルトラの強さを、そして未だ自分と大きな実力差はあることをッ!


ガナードは肩を叩きそんなダリルを諭す。


「そんなに気を張り詰めるな。貴殿はまだ若くもっと強くなれるだろう、それこそ本当に最強へと至る迄にな。だから生き急ぐなよダリル、真の強者を目指すならばな·····」





「·····ああ、死んだらアンタのリベンジを受けることも出来ないからな」


その言葉に微笑み頷くガナード、偉大なる騎士の励ましはダリルの中から僅かながらではあるが焦燥を消し去ってくれたのだった───

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