1-72 表舞台

ダリルの体を貫いたのは、勿論折れた剣では非ず。正解は身体強化魔法の応用魔術、『創武術』であるッッ!!


魔法文明黎明期、まだ冶金技術が未発達な人間文明において実物の剣や槍よりも強力な武器を魔法で創造出来るとして時の魔剣士達が多用していた魔法である。


しかし、体を覆うマナの出力を一点に高めることで擬似的な武器を作り出す魔法であるが故に創造、維持するには相当なマナが必要であり、また技術の進歩はオリハルコンやミスリル製の高性能な武器を誕生させ、習得するのに高い練度が必要な割には実物の武器よりも劣る『創武術』は時代を経る毎に廃れていくのだった──


しかしガナードの見解は違った! 戦いの最中に於いてどれ程高性能な武器てあっても破損するなど当然のことであり、剣を失ったからと言って尻尾を巻いて逃げ出すなどもっての他、その点『創武術』を極めれば武器の破損と喪失というアクシデントにも対応可能であり、そればかりか奇襲を仕掛ける際の『搦め手』にも最適である。


斯くして実直なこの男は『グランオルドルに後退の二文字はなし』の理念を体現すべく時代と共に失われかけた魔法、『創武術』を会得したのであった。



───最終局面、闘技場の二人



ガナードはダリルの猛攻を受ける中チャンスをひたすら待っていた、止めをさすべく大技を、隙の大きい蹴り技を繰り出す時をッッ!!


そしてガナードの賭けも成功し今に至る──


(くそッッ! 心臓を貰うつもりだったがズレたか····ッ!)


全てが思惑通りとはいかなかった。ダリルによる連続正拳突きはガナードの意識と体力を想定以上に損耗させ、そして手刀鎖骨打ちにより利き腕を使用不能にされたことによって、ダリルを絶命させるには叶わなかった。


だが、魔法剣は心臓をズレてはいたが、代わりに肺を貫通させていることからダリルはまともに呼吸しマナを練るは困難であり、故にもはや反撃は不可能で結局のところ絶命するのも時間の問題であるかのように見えた。


しかしッ! 勝利を確信しかけたガナードの喉元に突如手刀が襲い掛かるッッ!!


「ッッヴぉぁッッ!?!?」


予想外の反撃ッッ!!! ガナードは喉元を抑え後ろへとよろめく。


(何故だッ! 何故お前は肺を貫かれてまだ動けるッッ!!)


ガナードは知らない! 理合という存在をッ! 魔法と逆に理合とは内部を作用、強化する術であるという事実をッッ!!!


ダリルが使った技は『覆器』。損傷した臓器の回りをマナの膜で覆うことで内出血を防ぎ、低下した機能を幾分か補助するラウとの三ヶ月の修行で学んだ数少ない技の一つである。

 

『覆器』はあくまでも気休め。本格的な治癒魔法を受けるまでの繋ぎであり重症であることには変わりわないが、この技のお陰で寸前のところで戦闘不能になるのを回避していた。







最後の攻防戦が始まる──


今の状態でガナードに距離を取られれば『炎竜』でなぶり殺しにされるのは確実、故にダリルは超接近戦を挑むべく間合いを決して離させないッッ!!


対するガナードも引き離すことは不可能、かつ終局が近いことを悟り、左腕の魔法剣を今一度強く握りしめ同じく超接近戦で臨むッッッッ!!!


「「ウォォォォォォォッッ!!!」」


互いに精神的にも肉体的にも限界に近いのにも関わらず、その僅かな命の灯火を燃やすが如く咆哮しながら激しい乱撃戦を繰り広げるッッ!!!


コロシアムには肉を殴打し、切り裂く鈍い音と火花のように鮮血が飛び交い、眼前で繰り広げるられる男達の闘いに観客達はこの日一番に沸き立つッッ!!


『両者互角ッッ! 一歩も譲らすッッ! こいつらどこにそんな力が残ってるんだぁぁぁ!!!!』


二人が動かしていたもの···· それは『信念』ッッ!!


一方は偉大なるグランオルドルを守るため、もう一方は己こそ最強だと証明するため──


滅私奉公の精神と自己中心な願望の相反する2つの信念の激突なのであるッッ!


ガナードは乱激戦の中、秘かに確信していた。グランオルドルに入隊し二十と数年、数多の死線と試練を乗り越えてきたが全てはこの瞬間の為にあったとッッ!


(勝つッッ!!! 私の全てを懸けてお前に勝利するぞ、ダリルッッ!)


精神が肉体を凌駕し、ガナードはチャンスを再び待つ、ダリルに致命的な一撃を与えるチャンスを──




そしてそれは遂にやって来た──


ガナードは見逃さなかった、ダリルが重心を低くし右足を僅かに下げる、右上段蹴りの前兆を。


待っていたと云わんばかりにガナードはダリルの右半身側へと距離を詰めて回り込むッッ!!


(右腕は壊れ反撃不可能、そしてこの近距離で上段蹴りは撃てまいッ!)


だがッ、これは罠ッ! ガナードは引き込まれたのである、『本命』の間合いにッッ!!


「貰うぞ、お前の片足をッッ!」


ダリルの本命は右足によるガナードの脚を狙った下段蹴りッッ! 


ダリルは右足を放つッ、ガナードの機動力を刈り取るべくッ!!


しかしッ!!


「なにッッ!!」


空を切る右足ッ!! 当のガナードはここまで先読みし、ローキックを避けるように跳躍していたッッ!!!


「今度こそ終わりだ! ダリルッッッッ!!」


勝利の咆哮を叫び、逆手にもった魔法剣をもはや何も遮る物がないダリルの首めがけて左薙ぎに斬りつけるッッッッ!!!














完璧なタイミング、有効な間合い····· そして、ダリルの首を『すり抜ける』ガナードの剣先ッッ!!!!


「ッッな!?!?」


まるで序盤の意趣返し、次善の策を考えようにもガナードの思考は予想外の出来事にフリーズする。


そして、決着の時が遂に来る──


ダリルは左拳を強く握り締めると、大地を両足で力強く踏み込みながら渾身の下突きをかち上げるッ!!


無論、目標は空中で身動きが取れないガナードの──


「──そんなッッ──」


心臓部をッッッッッッッッ!!!!


身体強化魔法とミスリルの鎧で吸収出来なかった衝撃力は肋骨をも粉砕し、心房はほんの一瞬止まる───


ガナードはぷつりと意識が途切れると着地出来る筈もなくそのまま大地へと崩れ落ちた───















思えば後も数多の伝説を創るこの男が時代の表舞台へ出たのはこの一戦からかも知れない──


『───!? しょ、勝者は───』


今、このコロシアムにいる三万人の証人達は後に飽きるほど男の伝説を聞くことになり、話すことになる。その男の名は──


『『鬼拳』のダリルぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!?!?』───

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