1-71 猛攻

ガナードは誰よりもグランオルドルの将来を案じていた。


尊敬すべき上司であり剣の師承でもあるベルモントが殺害されたと聞いたとき、彼は真っ先にストレリチアの手によるものだと確信した。


理由は簡単である。『ブレイド』が今この王都に不在である以上、ベルモントを殺せるほどの実力者はストレリチアと『自分』しかいないと考えていたからである。


かといって恩師を殺していたストレリチアを一方的に恨んでいた訳でもない。ガナードはストレリチアという女が私怨や、他人に言われるがままに凶刃を振るうような人物では絶対なく、何か庇いきれない程の理由があったからこそベルモントを『粛清』したと確信していた。


ストレリチアはそうでもなかったが、ガナードは彼女のことを深く信頼していたのである。


しかし、彼女が臨時の団長へと就任してから信頼は疑念へと変わり始める。


お世辞にもストレリチアの事務能力とリーダーシップは団長職を全う出来るほど高くないと評しており、故に彼女を団長へと強く推薦した新防衛軍司令官、カルミアの傀儡だと看破していた。


彼の分析は概ね的を得ており、カルミアの『政権掌握の第一歩は武力の掌握』との考えを元にこの国における最大武力集団であるグランオルドルを飼い慣らしたいという思惑が透けて見えていた。


だがグランオルドルとは国王と国民を守る剣と盾であり、政争の走狗では非ず。栄光と伝統を第一とするガナードがこれを良しとするはずがなく、彼はこれを阻止すべく行動を開始する。


一番手っ取り早いのは団長殺しの件でストレリチアを糾弾するという方法であったが、その事実は国民世論を分断しかねない程の副作用が懸念されたので直ぐに取り下げた。


そして代案として上がったのが今回の茶番劇だった。ドレファストと新聞メディアを利用することで、ダリルが国民的英雄ベルモントを殺せるだけの実力を保有していることと真の犯人である可能性を匂わることで世論を焚き付け、御前試合の面前で『仇討ち』することで国民の支持を得る。


そうすれば以下にカルミアといえど、素質と名声を兼ね揃えた自分を無視することは出来ず正式な団長に選任するはずであるとガナードは本気で考えたのである。


無論この策謀の完全な被害者であり、恐らく絶命させてしまうであろうダリルに対しては、清廉潔白、謹厳実直を体現したようなガナードはこれを必要な犠牲とは看過しておらず、魔王軍の脅威を退け、フランシアが安泰になった暁には全てを打ち明け、個人的栄誉を棒に降ってでも報いを受ける所存であった。


まさに滅私奉公ッッ!! 己の名誉と命を掛けてまでグランオルドルの崇高な理念を守る!


ガナードはそれほどの覚悟を持ってこの試合に臨んでいたのだ─── だがッッ!!



───闘技場の二人


『逆襲の後ろ蹴りがガナード選手の腹部に直撃だあぁぁぉぁ!!!』


圧倒的なダリルの暴力の前にガナードの覚悟は屈指ようとしていたッッ!!!


身体強化魔法によってダリルの足刀による銀色に輝くミスリル製鎧の完全破壊は免れたものの、吸収されきれなかった衝撃力は容赦なく臓器に襲いかかる。


まるで体の中で内臓が激しくシェイクされる感覚に最初は気持ち悪さを次に激痛を最後に大量の吐血を持ってガナードの体勢建て直しを著しく阻害する。


だがダリルの攻撃はまだ終わらないッッ!!


大地を力強く繰り上げよろめくガナードに対して死神の大鎌のように振るう左足、そう三日月蹴りがガナードの肝臓を直撃ッッ!!!


「~ッッ!?!??」


声にならない声が出る程の激痛ッ! 弛緩する筋肉ッ! そしてガナードの手からこぼれ落ちる騎士の誇り足る剣───


それでもダリルは攻撃を止めないッッ!! これでもかと云わんばかりに左手のみの連続正拳突きを繰り出すッッッッ!!!!


『撃つ! 撃つ! 撃つ! ガナード選手滅多打ちだぁぁぁぁッッ!!』


沸き立つ会場、もはやダリルに対してヤジを飛ばす者など一人もおらず、この男のまさに神懸り的な強さに興奮と感動を覚える者すら出始めたッ!!!!


そして観客の誰もが確信する。剣を失い、為す術もなく打撃を受け続けるガナードに勝機はないと───


ストレリチアとヴィクトワールの二人を除いて、


(·····あの目、まだだ···· まだガナードは諦めてない····!)


無論、ダリルも勝利を目前にしても油断などする筈もなく全力でガナードを潰しに掛かり続ける。



そして、その時が訪れる───


ダリルは渾身の力を左腕に込め、自身の肩の報復と云わんばかりに手刀鎖骨打ちを放つと、ガナードの右肩は完全に破壊され力なく右腕は垂れ下がる。


完全に無防備となったガナードの右半身、ダリルは決着をつけるべく放つッッ!!!


「破ッッッッッッ!!!!!」


コメカミを狙った左足による上段回し蹴りをッッッッ!!!!


右腕は破壊され防御不可能! かといって神速で迫る左足を今から回避することも不可能ッ!!! 次の瞬間、崩れ落ちるガナードの姿を誰もが想像する──












だがしかしッッ!!


『ど、どういうことだぁぁぁ!! ダリル選手の体を───』


「ッッッッくそ·····ッ!」


血を吐くダリル、同時に己の過ちに気づく──


ガナードは天才的な剣術使い『だけ』では非ず──


『剣で貫いているぅぅぅぅぅぅ!?!!?』


天才的な魔法使いでもある魔剣士だという事実にッッッッ!!───

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