1-38 手品

──同時刻、黒狼騎士団一行滞在兼軟禁部屋の王宮一室にて



「·····おうぇっ····」


汲み上げる吐き気を必死に抑えるベロニカとそれを尻目に険しい顔をして二つの死体を眺めるベルモントとストレリチア······


「団長、指示を······ 監視の衛兵のみならず黒狼騎士団の勇者と弓使いに手を掛けたとなると、手練れであることはいよいよ間違いありませんね····」


「·····お前の言う通りだったなストレリチア····· あのロベリアという女がここまでだとは·····」


三人が見たのは、部屋の前に転がる5名の衛兵達の亡骸と、この部屋に滞在していた勇者アストロと弓使いカンナの原型を留めないほど滅多刺しにされていた二つの肉塊だった。


「まだこの王宮に奴が潜んでいるかもしれん。ベロニカ、お前はカルミア元王女の護衛部隊と合流しろ、ストレリチアは国王陛下を、私はマリー様の護衛に付く」






───同時刻、黒狼騎士団元本拠地にて



突如、爆破されたが如く崩れ落ちる床を前にバランスを崩し少し宙に浮くロベリア、抜けた片足で彼女の腹部を蹴り押すことでダリルはマウントからの脱出に成功する。


一階に着地したロベリアは木材の粉と埃が舞う視界の効かない粉塵の中、見失ったダリルの奇襲を警戒して槍を前へ構えると全周に神経を集中し備える。


(······何が狙いかわからないけど無駄よ、今の私には)


先程まで取り乱していた人物だとか思えないほどロベリアは冷静さを取り戻し、その目は狩人の如く鋭さを増したいた。


互いにそうであるように、彼女もまた過去を元に想像していたダリルとの戦闘能力の解離に驚嘆し、大胆な攻勢を控えさせていた。



時がたち、粉塵が徐々に落ち着き状況が明らかになっていく──



だが、ダリルの攻撃は一向にくる気配がない──





何故なら、当の男二人は······




「いや~ あの相棒がまさか逃亡するとはね~」




ダリルはプルムを右脇に抱え、住宅の屋根づたいに逃亡していたッッッ!!!!!



「半分お前のせいみたいなものだからなッ! 余計な一言言いやがって···· それより教えろ、呪印装術持ちはどうすれば制圧することができる」


「なんだそんなことか! なんと3つ選択肢があるから安心しな。まず一つ! 相手が呪印装術の力で再生出来ないほどに木っ端微塵にするッ!」


「却下だッ! 次ッ」


「なんだよ欲張りだなぁ。その二! 相手に敗北感、恐怖感を与える。そうすればギレムのように消失するがな!」


「それも却下だ! 次ッ!」


「これで最後だぞ、その三! 相手に達成感を与える」


「? それはどういう意味だ?」


「平たく言えば呪印装術発動の元となっている恨みを成就させることだな。あのサイコパスガールの場合はダリルを殺すこと。ちなみにその場合もギレムのように消失するがな!」


「全部却下だッ!! 全くこんな卑劣な術を作った奴の顔が見てみたいぐらいだッッッ!!!!」


「おうおう、悪うござんしたね!! オレもどうかしてると思うよ!! こんな術を作った昔の自分にな!!」


二人が口喧嘩していの中背後から猛スピードで距離を詰めてくる影、


「おいおいおい!! 噂をすればもう追い付きそうだぞ!! あのサイコパスガール!!」


「·····問題ない、お前ちょっと離れてろ」


ダリルはプルムを三つ先の家の屋根まで投げ飛ばすと、足を止め彼女を迎撃せんと構える。


ロベリアはそれを確認すると再び力強く跳躍し、背中に槍先がくっ付けそうなほど大きく振りかぶる。


(! 三度目のスキのある攻撃ッ! 恐らくロベリアはまた『手品』を仕掛けてくるはずッッ!!)


大きくバネのように反り返った体を全力で戻し、袈裟斬り気味の一撃がダリルの右肩に迫るッ!!





鈍い音と共に槍から伝わる肉を抉る確かな感触···· 


ロベリアは瞬時に自身の勝利を、自分の愛に背いた裏切り者の死を確信したが·····


(ッッ!! バカなッ!)


彼女の視覚が捉えたのは男の右腕に防御された槍先と、両瞼を閉じているダリルッッ!!


そして彼女の鳩尾に直撃するは、ダリルの大樹のような太い左足から繰り出された前足蹴りッッッッ!!!


「っかはぁっ!?」


反撃など予想だにしていなかった、意識外の一撃は肉体的ダメージ以上に彼女に動揺を与えた。


一つ前の家の屋根まで吹き飛ばされたロベリアは受け身などとる余裕もなく、大きな音をたてながら沈む。その息は荒く、体にも上手く力が入らないようだった。


「····ロベリア、その呼吸じゃあマナも練れないしお得意の『手品』も出来ない····· 悪いことは言わない、武器を捨てて投降しろ」



幼なじみに降伏を勧告するダリル、しかし彼女は険しい表情はしているもののその目から闘志は消えておらず、怨恨の暗闇は深まるばかりであった───

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