1-39 不完全 vs 未完全

ダリルの言っている『手品』、先程の攻防を見ていたプルムも理解する。


「····そうか、あのサイコパスガール幻術魔法を使っていたのか」


幻術魔法、それは対象の五感を最低一つ以上ジャックし現実とは反する認識を与える魔法である。


強力な魔法ではあるが、対象に与える認識が現実と違えば違うほどマナを集中させる必要がありその間無防備になるため、最低でも一人以上の前衛が必要なのである。


(たいした女だよロベリア····· お前が俺に見せた幻術は『攻撃を仕掛ける自身の少し前の映像』···· 現実との解離はほとんどなく、しかもジャックしたのは視界のみ故に幻術魔法としては簡便に発動出来るが、自分が攻防している同時平行でやり遂げるとはな······)



ダリルは最初の通り抜けを経験した時、既にその可能性に勘付いた。男は知っていたのだ、ロベリアが優秀な槍使いであると同時に幻術魔法も使えることを。


そして可能性を検証すべく男は罠を張る。あの二回目の通り抜けの直前、彼女に一撃を加えるために必要以上に大きく踏み込んだがあれこそがフェイクッ!! 反撃される可能性の芽があれば、彼女はそれを確実な攻撃を持って摘み取るはず····· 


あの時ダリルが目で追っていたのは槍先のみであり、そして確かに目撃したッッッ!! 映像のコマが一つ飛んだかのように瞬間移動した槍先を!!


そして確信したダリルこの反撃方法を思い至る、『視界が惑わされるなら、これを制限して他の五感で感じとれば良いと』ッッ!!!


たが、視界に頼らず気を感じるだけで相手の攻撃を読む技術となるとダリルは未だに未熟。


今までと同じように直線的な攻撃なら問題ないが、激しく早い乱戦下で幻術を編み込むように

使用されてしまえば対応は不可能······


故に男は三度直線的に攻撃をさせるように第二の罠を張る、それがあの逃亡劇なのである。


乱戦に持ち込まれないよう狭い部屋から解放的な屋外に戦場を移させ、さらに自分の跡を追わせることで直線的な攻撃を誘発させる····


そしてこれはダリルが予想もしていなかったが、屋内での戦闘で想像以上の戦闘力を認識したロベリアは男のことを強く警戒していたが、逃亡を目の当たりにしたことで僅かに優越感、油断へと感情が傾いてしまい、大胆な行動を取らせていたのであるッッ!!



そして見事ダリルの思惑通り三度目の直線的な攻撃と幻術魔法の混合攻撃を誘発させ、強烈無比なカウンターを加えることに成功したのである。


「かっはぁっ、はあっ」


まるで喘息のようにひゅうひゅうと途切れ途切れの呼吸をするロベリア、鳩尾の一撃は彼女に激しい痛みを与えただけではなく、活動を一時的に止めた横隔膜により呼吸を困難にさせ、これすなわち幻術魔法どころか彼女の快進撃を支えていた身体強化魔法ですら維持するのが不可能な状況に陥ったのである。



(お優しいことだね相棒······ 今のカウンター、鳩尾への一撃ではなく、破勁だったら勝負がついていたのによ·····)


プルムの考え通り、ダリルは破勁を使って再生出来ないよう完全に破壊することができ、この恐るべき強敵がロベリア以外だったらまず間違いなくそうしていただろう。



しかし、過去の自分と決別し武の世界に生きることを決心したとはいえ、ダリルにとってロベリアは欠けがえのない存在······ 例え恋愛感情はなくなったと云えど未だに家族以上の特別な感情は抱いていたのである。



だが、男がかつて女の本心に気が付かなかったかのように───



「·····わかった、投降する····· そう言えばダリルは私のために死んでくれる····?」



もはや、この女も男の本心に気が付くことはない。



その声は呟くように弱々しかったが、その目は未だ怨恨の暗闇が広がっており、報復の炎が燃えたぎっていた。


「·····ああ······ 過去の俺ならそう言えたかも知れないな····· だがお前の知っているダリルはもう死んだんだ。今の俺は死ぬわけにはいかない、俺が『最強』であることを証明するその時迄な」



「······ダリルが何を言っているのか分かんないよ····· 曖昧なことを言ってまたあの時のように私から逃げようとしてるのね······ でもそんなことはさせない、そんなことはもう許さない····!」



女の先程までの荒々しい息遣いは収まり、その表情も険しさがなくなり美しい無表情の顔へと戻っていた。



ダリルは構える、己の決意を押し通すために──



ロベリアも構える、己の愛情を拒絶した男の決意を全否定するために──



互いにこれ以上の言葉は必要なかった····· 



挑戦するは、不完全ながら神が宿りし者に近き贋作、ロベリアッ!!!


迎え撃つは、未完全ながら神が宿りし者に近づきつつある本物、ダリルッ!!!



この死闘、未だ決着つかずッッ!!!───

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る