1-13 重なる幻影
再び舞う砂塵も収まらない中、最初にこの勝負の勝敗を確信したのは───
エルヒガンテだった!!
「手応えありッッ!!我の勝利な───」
しかし!!次の瞬間、棍棒の先から叩き潰したはずの男の声が聞こえてくるッッ!!
「...二度目も同じ攻撃とは芸のないやつだな、だが──」
その声を聞いたのと同時に、エルヒガンテは棍棒を伝って雷魔法のような痺れを受けると──
「──お陰さまで今回は撃ち込めたよ、破勁をな」
一気にエルヒガンテの中で何かが爆発したような衝撃を受けたッッッッッ!!
「ぬう゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」
与えたダメージは甚大なりッッ!!
されど必殺の破勁でありながら一撃を倒すことは出来なかった、それほど先のゾルトラ戦での負傷は響いていたのだ。
しかし、これで十分。勝敗は既に決していた───
(このエルヒガンテ一生の不覚ッ!! あやつがこれ程の技を持っていたとはッ!! だが、まだ戦えるッ! 間合いさえこちらが支配して───)
顔を上げた巨人の前には棍棒から、腕へ、肩へ、そして顔前へと距離を詰め宙を優雅に一回転する男の姿があった。
この時、この巨人もダリルに対してある人物の姿を重ねていた──
ゴリアテ族が、エルヒガンテがまだ魔王軍に属しておらず刺客として送られてきた、魔王配下『最強』の男に──
巨人は不意にその男の名を呟いた──
「───ア、アレウス様....?」
そして此度の闘いの決着の時が来た───
決め手は頸部に対する強烈無比なる胴回し回転蹴りッッッッッ!!!
──鈍い音と共に巨人は最後の絶叫を出すこともなくゆっくりと地に伏した....
この世の物とは思えない出来事の連続で呆然としていた住民達だが、一人が歓声を上げるとそれがこの場にいる全員へと伝染したッッ!!
その称賛の声は同じく呆然としつつも、感動に包まれていたマリーにも向けられた。
「マリー様! 御身を危険にさらしながらも、旦那を救って頂きありがとうございます。もし、マリー様が来なければ今ごろは──」
最早マリーに怨恨の念を向けるものなど誰もいなかった。皆が彼女の勇姿を見たのだ、皆が彼女の勇気を称えたのだ。
彼女は喪いかけた人々の信頼を取り戻したたのを理解すると、安堵の涙を流した──
「そう言えばお連れの騎士様がお戻りになりせんね? 何かあったのしょうかね?」
住民のその言葉を聞いたマリーは咄嗟にハッとし、ダリルが巨人と共に落ちていった森へと走り出した──
──そのころダリルは倒れ込んでいるエルヒガンテに話かけていた
「驚いたな、ゴリアテ族ってのは皆そんなに頑丈なのか?」
虚ろな瞳でエルヒガンテは返答する
「...抜かせ、お主がその気になれば頸椎を砕き我の命を奪うことだって可能だったはず....まさか人間に手心を加えられる日が来るとはな....引き際を間違えたせいで無駄な年だけを重ねていたようだな...」
「その言い草だと人間以外には手心を加えられたことがあるようだな...それがお前の言っていた『アレウス』と言う奴なのか? 魔王なのか、そいつが?」
その言葉を聞いてエルヒガンテは少しニヒルな笑みを浮かべた。
「いや、魔王様とは別人だ。あの方は魔王四天王の中で...いや恐らく万物の中で『最強』の存在だ...無論、今のお前を含めてな」
「あのゾルトラよりも強いのか...」
「実際にあのツートップが拳を交わしたことはないが、恐らくアレウス様の方に軍配が上がるだろうな...さて、そろそろ我も行こうかの」
そう言うとエルヒガンテはよろめきながらも立ち上がった。
「...俺の一撃を食らってそんな簡単に立ち上がられると少々ショックだな....」
「全く減らず口が減らんやつだな。まだ体が痺れてるし頭痛も酷い...我ももう潮時だな...」
そう言うとエルヒガンテはダリルに対してなんとか姿勢を整え、真っ直ぐ目を見つめてきた。
「良き闘いであった。我の最後の闘いに花道を飾ってくれて感謝する、お互いに生きていたらまた会おう」
「...引退するのか、残念だよあんたとはまた闘いたかったのに...」
その言葉を聞くと巨人は大きな声で愉快そうに笑った。
「安心しろ、お主が魔王様に敵対する限り我よりも若く、優秀なゴリアテの戦士達がお主の前に立ちはだかるであろう...それでは達者でな強き人間よ」
エルヒガンテはよろめきながらも力強く歩いていった、己の明日と運命を見つめて──
「トドメは刺さないの...?」
後ろで二人の会話を聞いていた、マリーが語りかける。
「勝敗は決した...俺が求めるのはそれだけだ、生死など重要ではない」
「そう.....あのね──」
「『借りはすぐに返す』だろ、約束通りとりあえず王都に来て貰おうか」
彼女は拒否されないどころか、まさかダリル自身から王都への動向を依頼されるとは思わず、驚いた表情を隠せなかった。
「いいの...私もついていって」
「お前には国王との面会の仲介を頼みたいからな、それにお前自身も何かしら事情があって王都に戻りたいんだろ? 」
マリーはこの言い訳じみた事実を喋ろうか迷ったがダリルの真摯な眼差しを見て意を決した。
「お見通しというわけね....そうよ私は自分を嵌めた犯人をつきとめたいの...!」
「嵌められただと? この亡命と関係あるのか」
「ええ、私覚えてないのよ亡命する過程を。恐らく王都で催眠魔法を掛けた人物がいる! この襲撃だって偶然じゃないはずよ」
「まだ内通者がいるというのか...その犯人と目的に心当たりは? 」
「...一人心当たりがある、目的もね」──
───同日夜、王都での王室別荘にて
「どういうことよ !マリーがまだ捕らえなれていないなんて!! 」
一人部屋で通信水晶にヒステリックに叫ぶどことなくマリーに似ており紫色の髪を持つこの女性の名はカルミア·ロイ。現国王の娘であり、マリーの姉であり、そしてある事件によって王室を追放された『元王位継承者』である。
「いいこと! 王都に向かっているというなら、次の町で確実に捕らえるのよ! 最悪殺したって構わないわ!」
女はそう言い放つと通信を切った。
「マリー...あなただけは絶対に許さない!私をこんなとこに追い込んだ悪魔めっ! あんたには私が受けた苦痛を何倍にも返して、惨めで、情けない、惨たらしい最期を迎えさせてやるんだから...!!」
ダリルはこの時まだ知らなかった、自身がどす黒い策謀の渦の中心にいるということにッッ!!
─魔王軍、王都到着まで残り9日!!!
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