1-11 姫様の英雄

マリーには夢があった──


いつか古代神の英雄のように、自身が弱き人々を守りきれるような存在になると云う夢が


彼女は神話の昔ばなしが大好きだったが、特にあらゆる邪悪な敵を打ち倒す闘神『マルウス』が一番のお気に入りだった──


幼い頃、子供心で父に聞いてみた


「ねえねえ、おとうさま 『マルウス』って『けんせい』より強いのかな? 」


「ああ、もちろんさ」


「それじゃあ、『ぶれいど』よりも?」


「そりゃあそうさ! 」


「え~、じゃあさじゃあさ!そんなにつよいのならこの絵本にでてくる──」








「おい、こっちに来い!!」


「ひぃ! 勘弁してください、私には妻子がいるんです! 」


町の中央広場では悲鳴が飛び交っていた、目の前で大切な人々が今まさに惨殺されそうなのだから無理もない。


5名ほど選ばれた不運な町民の手を後ろで縛り、跪かせるとゴブリンの指揮官は雄弁に演説し始めた


「聞こえるか!! マリー·ロイ!!貴様の無責任な行動によって、何の罪のない一般市民が我々によって処刑されようとしている!!もし、貴様に多少の良心が残されているなら出てくるんだ!! 」


しかし、待てど暮らせど返答は無かった。最も実際は1分程度しかたっていなかったが。


「チッ、こいつらを殺せ! 次は10人選んでこい」


命令を受けた5体のゴブリンはその手にもつ片手剣を振り下ろそうとした瞬間──


「待ちなさい! これ以上の横暴はこのマリー·ロイが許さないわ!」


その高く透き通るような声の持ち主はこの場にいる誰もの視線を釘付けにさせた。


「貴方の要求通り出てきたわ。その人達を解放しなさい! 」


その威厳溢れる立ち振舞いに人々のみならずゴブリン達も気圧されたが、その光景に一人苛立っていた指揮官は部下達に命じた


「貴様ら何をしている! あいつを捕まえろ! いいか、殺すなよ!!」


その怒号で正気を取り戻したゴブリン達は各々が手に持っている武器を強く握りしめマリーに襲い掛かるッ!!


「やっぱりこうなるのね...いいわ、全員相手してあげる! ウィングブラスト!!」


彼女が無詠唱の風魔法を発動させると複数な鎌鼬のような波動がゴブリン達を切り裂き、またたくまに10個もの肉塊を作り出した。


「ッチ! 腐ってもロイの血筋か...おい、誰か森で寝ているエルヒガンテ様を起こしてこい!」


(数は多いけど、一体一体はそんなに強くない...これならなんとか)




「手助けが必要かと思ったら中々やるじゃないか、我らの姫様は」


ダリルはそんな戦うマリーを観戦していた。男は決して不用意には手を出そうとはしなかった、それが彼女の栄誉を傷つけることを理解していたからである。


そもそもダリル自身は人助けのために自分の拳を振るうこと自体否定的である。その行為が、

ラウの『言いつけ』に抵触すると考えていたからだ。


しかし、ダリルはどうしてもマリーのことを気にせずにはいられなかった。


それは、過去の自分と同じように人々から軽蔑され名誉を汚されたのを同情したのか──


それとも、過去の自分と違い目の前の強大の困難にも無謀にも挑む姿に尊敬を覚えたのか──


どちらにしてもこの男は彼女に対してある種のシンパシーを感じており、手を貸さずにはいられなかったのだ。


(俺も自分が思っている以上にお人好しなのかもな...ま、栄誉を求めない純粋な人助けならラウ師匠も認めてくれるだろうな、きっと....)


そんなことを考えている間にもマリーは予想外の奮闘でゴブリンの数を半数近く減らすのに成功していた。


(だがそれもここまで...そろそろボロが出る頃だな...)



元魔法使いのダリルの見解ではマリーの魔法の腕はぎりぎり超一流、自分と比べても明らかに才能は溢れていた。


しかし、どれ程優れた魔法使いでもその技術体型はあくまでも剣士や拳闘士など前衛が存在する前提での『後方支援』に特化している。それ故に前衛無き魔法使いは、随伴兵がいない騎兵の如く無力な存在である。


ダリルの懸念はすぐに現実になった


「 さすがに数が多すぎるわね...」


あまりにも早すぎる戦闘のテンポは呼吸でのマナ吸収では間に合わず、一時的に体内のマナを枯渇させてしまった。


さらに悪いことに新手が彼女を襲う、それは町外れの北の森から大地を震わせながらやってきた──


「そ、そんな...こんなのって....」


その光景に彼女は絶句した、目の前に見えるのは自身の30倍もの巨体──そう、ゴリアテ族であるッッ!!


「おお、エルヒガンテ様! やっとお目覚めですか!!」


指揮官のゴブリンが大声で話し掛けると、エルヒガンテは野太い声で返答した。


「何かと思えばお主ら、このような小娘に手こずっているとはなぁ、この魔族の面汚しどもめっ!!」


「ひ、ひいいっっ、申し訳ございません」


「まあよい、闘いの手本とやらを見せてやるからよくみとくがよい」


そう言うと、エルヒガンテは右手の持っている棍棒を大きく振りかぶったと思ったら、全力で──




「──えっ?」




──マリーにッ! 大地に叩きつけたッッ!!









轟音と爆風が砂塵を舞い上がらせその致命的な瞬間は見ることは出来なかったが、この場にいる誰もがマリーの死を疑う者はいなかった──


「エ、エルヒガンテ様!! 魔王様の勅命は生け捕りですぞ!」


「なんだと!?お主ら先にそれを──!?」


最初に『異常事態』に気が付いたのはエルヒガンテ、次に自分自身も死んでしまったと考えていたマリーだった。


彼女は遠い昔の父との問答を思い出した、両瞼を開いて最初に見た光景で──





───「え~、じゃあさじゃあさ!そんなにつよいのならこの絵本にでてくるティターン族の強神達よりもマルウスは強いなのかなぁ?」


「ああ、そうだよ。なんたって彼は神々の英雄だからね」───





彼女はそこで自分の理想とする英雄を目撃した──


巨人の渾身の一撃の棍棒を天に突き出した片方の拳で悠然と防ぎ直立不動の闘神マルウスを──


否ッ!!



「孤軍奮闘中で悪いが...お前の獲物、横取りさせて貰うぞ...!」


ダリルをッッ!!───

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