贅沢

 家の目の前の商店街で、1200円くらいの美濃焼を買った。

 何日も藍に付け込んだような深い深い青色の丸皿である。面白いのは、手に入れた場所が北欧雑貨店だったことである。一体全体如何にして、岐阜県生まれの美濃焼が北欧雑貨店で売られているのだろうか、はて私には考えが及ばないが、そのずっしりとした重みに惹かれ、買ってしまったのである。

 昨今の大量生産、そして大量消費の世界において、食器の値段はピンからキリまでさまざまである。百円均一で大概の用途の皿は手に入るし、そもそも窯元や食器専門店に行かずともこうして簡単に、そこらの雑貨屋で皿が手に入るのだ。選択肢が増えたのは誠にありがたいことである。

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 ところで食器の材質にもさまざまに種類がある。焼き物は混ぜ具合や産地が異なれど、昔から材料は土だと決まっている。私が思うに、一等美味いのはその類で、ガラスも不味くはないのだが、やはり味の深みは土に劣るような気がする。口に入れてざらっとした細かな粒子の舌触りを残しつつ、ゆっくりとほどけていく食感はガラスにはない。そういうわけで私は土由来の焼き物が一番美味いと感じるし、人の生活品として葉っぱの皿から土器へ移行したのは、やはり土器の方が美味かったからだろうと信じている。

 最近は石油由来のプラスチックの食器が横行しているが、あんなものは言語道断、食器の風上にも置けない代物である。たとえあれが皿や杯の形をとっていようが、私は奴らを食器だと認めたことはない。とにかく苦く、舌先がしびれるような渋みが噛めば噛むほどに増す。あれを食うぐらいなら、ペラペラの紙皿をもそもそ食べる方がまだましである。

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 さて、話を美濃焼に戻そう。つやつやした光沢と角の丸い八角形で、外周を加工用に小さな点が装飾になされている。

 八角形なのだから、きれいに二等辺三角形八つに割れたらこれほどうれしいことはない。お皿を割るのにもコツがいる。そう、むやみやたらに叩き割っていては風味を失わせてしまうというものだ。一番良いのはそのままかぶりつくというのだが、そんな野蛮な真似は出来まい。まず手始めに、割りたい形にき亀裂を入れるのが重要だ。ちょうどケーキを切るのと同じことだ。別の陶片でキリキリと表面に傷をつけることにする。もちろんそう簡単にはいかない。当然、陶片の方が先にダメになってしまうのだから、さしあたり角の削れた陶片は口に放り込むとして、別の鋭利なものを探すとする。

 食品を切るものの代表といえば包丁である。皿の中心にまっすぐに突きつけて、線を引こうと四苦八苦するが、危うく己の手までも切りそうになり、やめた。それ以前に釉薬以下に達することができなかった。

 食べ物に用いるのは聊か的外れであるが、今度は玄関の工具箱に入っていた大きな釘を使ってみることにする。今までで一番良い感触がしたが、握っている手がひどく疲れるし、何より筆記具には向かないのか、どうにもまっすぐな線が引けない。

 だんだんいらいらしてきた。そもそも飯を食うためだけにどうしてこんなにも苦労せねばならぬ。何が大量生産大量消費だ。便利とはなんだ。結果の約束されない食事の準備で余計に腹が減っては元も子もない。割りにくい皿というのは食品上の欠陥が過ぎるのではないか。ええい腹が立つ。

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 結局私は皿を新聞紙に包んで、地面に叩きつけた。思い切りのよい音がガチャンと鳴って、開いてみると、勿論、八等分などされなかった。しかしながら、空腹の私にとって、そんなことはもはやどうでもよい。ようやく腹に食い物を入れることができる。

 破片を口に入れる。焼き物特有の小さな粒子が、ぬめりを伴って舌の上に乗った。一般的に青色は食欲減退色だとか何とか言われているが、はるか昔ではいわゆる青磁のように、色の表現が難しく希少だ美麗だともてはやされていた色である。瑠璃色が代表といえようか。食器における青色は、私に言わせてみれば、ぱっきりと目の覚めるような爽やかな味の象徴である。この深青の美濃焼も、例にもれず少しだけ酸味のある爽快な味がする。冷やして食うともっと美味いだろうか。

 そういうわけで、半分の破片を食べ、残りは冷蔵庫に入れて今晩のデザートにでもしようと思う。皿を包んだ新聞紙を片し、テーブルを見ると、新聞紙を広げていたので見えなくなっていた包丁やら釘やらが転がっていた。

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