第110話 普通であり強いという事

 『鉄心たる娯楽』 


 その頭目リーダーであるアーサー・ド・クラーク。


 ハッキリ言ってしまうと、初見のノアの感想は――――


(全く、強そうに見えない!)


 その柔らかな物腰。 体も細身で膂力がありそうに見えない。


 (けれども、それが凄い。 普通でありながら強い)


 強くなるという事は、普通であるという事を捨てる事だ。


 自然とノアには、そういう考えが根付いていた。 もしかしたら師匠連中が原因なのかもしれない……


 鍛錬を行う。数時間、毎日、休む日もなく……


 毎日、鍛えるという当たり前の事でも、普通の者には難しい。 


 だが、それを当たり前に行う者はさらに上の領域を望む。


 徐々に、徐々に鍛錬には狂気が宿る。 ――――いや、鍛錬だけではない。


 強者と言われる者は、何らかの逸脱した経験を――――戦いを行っている。


 それは、李書文等の師匠たちももちろん、ノア本人も、ルナも、メイドリーだって……


 だから、ノアは自然に、純粋に尋ねる。


「私は強くなるという事は、どこか普通であるという事を捨てると思っていました」


「捨てる?」とクラークは驚いた顔をした後、神妙な顔付に変わた。


「はい、でもクラークさんが凄いと思うのは普通である事を残して、普通であり強いという事が両立させている……それがわかるのです」


「なるほど。普通と強者は両立しないのか……面白い考えだな」


 クラークは少し考えてから、


「俺は考えた事なかったなぁ。でも……」


「でも?」


「俺は強者じゃなくて弱者だから……だから、今も生き残るために必死なのさ」


「あぁ……」と呟いた。 なんとなく、理解したからだ。


 クラークの強さ。


 それは、強さを競い合いための物ではない。死地から生存するための強さ。


 (この人は、きっと……何度も死線を潜り抜けて……たぶん、自分が強いなんて思ってもいないのだろう。けど、それは――――)


 けれども、それは、ノアが狂おしいほど渇望する強さとは方向性ベクトルが違う。


 違う。


 違い過ぎると言ってもいい。


 (だから、きっと――――)


 自分の持ちえない強さに心が惹かれている……そうノアは自覚するのだった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 『鉄心たる娯楽』の面々は、李書文の準備が終わるとバッドリッチ家を後にした。


 この地に書文が単独で現れたのも、怪我を負ったメンバーの治療のため、PTパーティ本体が足止めを余儀なくされたためだ。


 本来なら全員で挑む予定だったドラゴン退治を李書文が1人で行ったため、予定の遅れを取り戻したのだが、それでも彼等は忙しい身であった。


 バッドリッチ家の歓迎を辞退しても新たなる冒険に向かう。 それは、そんな最中の会話。


「まさか、単独でドラゴン退治に向かうとは思ってみませんでしたよ。どうでした? ドラゴンスレイヤーの称号を手に入れて」


「どうだったか? そりゃ震えたさ。ワシが冒険者になったのは、人の手に余る存在を倒すためじゃからのう。だが――――」


「? なんです?」


「ドラゴン以上に、ワシが怖いと思ったのは、弟子であるノアの成長速度だった」


「彼女は……いえ、どうでした? 愛弟子との再会は、ずいぶんと別れの時にゴネられた様子ですが?」


「うむ。どうせ、すぐに再会する事になるじゃろ。お主もノアに思うところがあって、先ほど何か言い淀んだのではないか?」


「はっは……そうですね。あれは感受性ですかね? それが鋭いのは強くなると思いますよ。 それに――――」


「それに?」


「なにやら、あのギア・ララド・トップスティンガーが関わってるようですからね」


「あぁ、奴か。果たしてそれが良い事か、悪い事か……」


「心配なら、休養を取って魔法学園に行っても良いですよ? 潜り込むツテはいくらでも――――」


「たわけ。そこまで過保護のつもりはないわ」


「――――本当かな?」


 こうして、『鉄心たる娯楽』は去って行った。 


 そして、ノアたちの大型連休『炎の1週間』も終わり、学園へ戻る。


 しかし、休日明けの魔法学園にはノアたちに困難な問題が数多く降り注ぐ事になるのだが、それはもう少しだけ先の話。




 

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