第74話 時計の針 深夜の地下迷宮


 「……知らない天井だ」


 何気なく言ってみたいヱヴァンゲリヲンの名セリフ。


 ノアは体を起こした。 周囲は暗く、夜の時間に変わっている。


 激戦、激闘。


 思い出すのは、あのルナ・カーディナルレッドとの戦い。


「なんだけど……どうしてルナは私の隣で寝てるのかな?」


 横を見ればルナが幸せそうな笑顔で寝ていた。 


 ここは医務室で2人同時にベットに運ばれた可能性も……いや、ないだろう。


 ルナは、ばっちりとパジャマに着替えている。


 自分の看病に疲れて、そのまま寝てしまった不可抗力ではなく、確信犯(誤用)だ。


 目を凝らして、暗い周囲を確認する。


 どうやら、ここは学生寮。新しくノアに割り当てられた部屋だ。


「じゃ、ますます……どうしてルナは寝てるのよ?」


「ふにゃ~」とルナは寝言にならない声を出すだけだった。


「まぁ、起こすわけにはいかないわね」とノアはベットから出る。


その時、自身の両手を確認した。


「回復魔法は十分……けど、完治には1週間くらいかしら?」


 動かすだけでは痛みは感じない。けれども違和感は付きまとう。


 軽く拳を走らせると――――


「痛みはなし……と」


けれども疲労は隠せない。


考えてみれば、昼にもラウル教員との戦闘を行って、放課後に武装したルナと戦ったわけで……    


「どちらにどちらに行かれますか?」  


不意に話しかけられてノアはビクッ! と体が跳ねた。


「お、脅かさないでよメイドちゃん」


確かめる必要もなく、ノアの背後を気配なく取れるのはメイドリーだけだ。


「怪我をした体で夜中に出歩こうとする主人を見たら、誰だって制止します」


「もしかして、その口調……怒ってる?」


「当り前です! 入学して僅かで大けがして……回復魔法だって万能ではありません。もしも不備があったら、後遺症だってありえるのですよ!」 


「心配させて、ごめんね。でも、これは早く決着をつけなきゃいけない事だから……」


「なにを?」


「メイドちゃんは憶えてる? 昔、私が言った事――――私、転生者なんだよね」


「はい、もちろんです。もしや……」


「うん、私は時計の針を進めようとしているんだ。 本来の私の中に宿した矜持が狂気へ支配される原因。それを今夜中に破壊する!」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


 悪役としてのノア・バッドリッチ。


 本来ならば1年後――――


 この世界の主人公であるギア・ララド・トップスティンガーたちとの対立。


 彼女の天井知らずの矜持は、やがて狂気に飲み込まれる。


 そのタイミング、作中では詳細に説明される事はない。


 けれども、ヒントはある。 この学園の地下―――ダンジョンに等しい魔術的迷宮。 そこでノアは狂気の飲まれ、常軌を逸した魔人と化した。


 主人公に倒された彼女が性奴隷として堕とされる理由付けとして、取りついた邪気を浄化するというものがある。 ……まぁ、そこらへんはエロげーの世界独特のお約束的な意味合いが強いのだろうが……


とにかく、学園地下にはノア・バットリッチを狂わせた原因がある。


「うん、それは設定資料集にも書かれていた内容だから確実だ!」


「……はぁ」とノアの言葉に困惑しながら、地下迷宮の入り口まで付いてきた。


「その説明では、本来のお嬢様と現在のお嬢様の性格が違い過ぎて……その……」


「まぁ、困っちゃうよね?」


「いえ、私は今のお嬢様が好きです!」


 突然の告白。……と言うには幾度となく聞いた言葉だ。少なくともノアにとっては。


だが、「そ、そう? まぁ……ありがとう?」と何度言われても顔を赤く染めるノアだった。


「だから、今日! その原因となったナニカを破壊する!」


「わ、わかりました。ならば、私も微力ながら協力させていただきましょう!」


「よし! いくよ」とノアは地下迷宮の入り口――――本来は魔術的な要因で隠匿されている入り口を開く。


 「こ、こんな所に入り口が隠されていたなんて……」とメイドリーは絶句する。


 「えっと、1階女子トイレの2番目と3番目のドアを開けた状態で、男子トイレに移動して、決められたリズムで明かりのスイッチを……ほいほい――――はい!」


 ゴゴゴゴ……男子トイレの個室から重い何かが移動する音。


「ここからは魔物も出てくるから気を付けて! いくよ!」


ノアは勢いよく、迷宮へ飛び込んだ。

  

 

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