第73話 決着 ノア・バッドリッチ対ルナ・カーディナルレッド

 異音。それは――――


「グニァ」と何かが潰れるような音に聞こえた者もいた。


「パッチン」と何か弾けるような音に聞こえた者もいた。


 何か大量の液体を地面にぶちまけたような…… 人間の肉と木の棒が叩き合った音とは信じられぬ異音が学校中に鳴り響いた。


 それは拳が割れ、砕ける音――――だけではない。


 木刀といっても乱雑に削られた木の棒。 


 人の骨など容易に砕けれるそれは、人の骨によって砕かれた。  


 武器破壊。


 散らばり、浮き上がる木片。 その中を――――ノアが動く。


 しかし、片腕は骨折。 反対の腕も拳が砕けている。


「突きはできない。 だから蹴り!」


 舞い上がり、回転するノアの肉体。 


 遠心力を得て放たれたのは飛び後ろ蹴り。


 ――――防がれる。かろうじてルナのガードが間に合う。


 武器を破壊されてもルナ本人は無傷。 両手が使えぬダメージを持つノアが圧倒的な不利。


 だが、ノアは止まらない。


 次は飛び回し蹴り。それも二連撃――――すなわち、八極拳の連環腿


 これもルナはガードする。


 旗を持ち戦場を駆ける事を想定した武術、聖女式旗手攻防術。おそらく、蹴り技もあるのだろう。


 見事に蹴りの連続技を対処する。


 けど、それは当然だ。そうなるようにノアが誘導したから……


「消え……た!」とルナ。


 上段を狙った蹴りの連続。 自然と、ルナの上半身も前のめりではなく、真っすぐに背筋が伸びている。


 視線も、精神も、上半身に集中させて――――ノアは下へ。


 しゃがみ込んだノアをルナが消えたと認識する。


 だから決まる。 双手狩りタックル敢行。


 両手が使えぬはずのノアは、それでもルナの足を狙い飛び掛かる。


 けど――――


 「消えた――――なんてね! そう来るのはわかっていましたよ」


 それすら読んでいたルナ。 狙い定めた膝蹴りがノアの正面に叩きこまれた。


 完璧に等しいタイミングに勝利を確信するルナ。


 けれども―――― それでも――――ノアは止まる事がなかった。


 膝蹴りを放った足を掴み、ルナの体を持ちあげた。


 「この! いい加減に倒れなさい!」とノアの頭部へ肘を叩き落すルナ。


 彼女にも焦りがある。 


 (もしかして、万が一、ひょっとしたら――――この高さから地面に叩き落すつもりでは……?)


 そして、その予感は的中した。 ノアは自身の体ごと飛ぶように浮き上がり、そこから地面に向けてルナを叩き落す。


 衝撃。


 受け身? かろうじて間に合う。 けれども、全身がバラバラになるような衝撃に襲われる。


 完全に衝撃を殺せずに後頭部を痛打。ルナの意識がぼやける。


 そんな彼女に誰かが優しく囁く。


「ルナ……これが最後の技。すぐにギブアップしてね」


 そしてルナには、そのノアの姿が美しい蛇のように見えた。


 その直後――――


「くっ? ぎぃくぅああああああああああああああああ!」


 ルナの口から苦痛が漏れた。 その足に絡みつくノアの肉体。


 足緘ヒールホールド


 ルナに取って未知の技。 関節技という事はわかる。


(しかし、逃げ方? そんなの知らない。わから――――)


 思考や考察と言った脳の働きは継続できなくなっていく。


 なぜ、ならシンプルに――――関節技は痛いからだ。


 単純に痛い。 絶対に痛い。 だから、人間は痛いという事しか考えられなくなる。


 その思考と考察が、全て痛みに塗りつぶされ、ついにルナの口からは――――


「ぐっぎぎぎ……ま、参りました。私の負けです!」


 それを聞いたノアは技を解く。 しかし、空を眺めた状態でノアは動けない。


 体を動かすための燃料。  その全てを消費尽くしたように指先ですら動かす事ができない。 


 (それでも! 動け、私の体! まだ、まだやるべきことが最後に1つあるでしょ!)


 ぐっぐっぐっ……と音が聞こえるように強引にノアは上半身を起こす。


 今まで戦っていた相手を見る。 彼女は腕で顔を隠すように倒れていた。


 もしかしたら、泣いているのかもしれない。 そんな彼女のノアは優しく言う。


 「ルナ」


 「……なんですの」


 「ありがとう」


 「え?」と顔を上げるルナ。


 「ありがとうございました」と差し出した手。 


 拳が砕かれ、鮮血に染まっている。 それが握手のために差し出された腕だと、ルナは暫くわからなかったようだが……やがて……


 「あ、ありがとうございました?」と不思議そうな表情で握り返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る