第72話 2つの一撃必殺
ルナが取った構えにノアは薩摩の代表的剣術を連想させた。
(――――ッ! まるで示現流 蜻蛉の構え……プレッシャーが段違いだ)
なんと言っても、その特徴は剛剣にある。
上段から振るわれた一撃は、例え相手が刀で受けたとしても耐えきれずに絶命は免れなかったと言われる。
その剛剣で走りながら斬りかかってくる。 しかも猿叫という奇声を上げながらだ。
猿の叫びと書いて猿叫だ。
「キエイイイィィェェェェイ」と襲い掛かられたら?
そりゃシンプルに怖い。かなりの恐怖体験だ。
そもそも、剣は走りながら振るうものではない。 普通は剣先がブレる。
剣が揺れている状態で振るえば、斬る力も阻害、また力も剣に伝わらない。
しかし、示現流は構えた時、手首から前腕に刀の柄を密着させ剣の揺れを抑えて振るう。
まぁ、最も……
それら、幕末時代に活躍して世に知られる示現流は、示現流を源流とした薬丸自顕流という枝分かれした流派であるが、それをノアが知らなくても仕方ない。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「キェイイイエィィィイ! チェイスト!」
「――――って、本当に示現流まんまじゃないか!」
ツッコミを叫びながら、ノアは攻撃を避ける。
ノアが立っていた場所。
そこはルナの一撃により地面は抉られ、土煙と石礫を周囲へ爆散させる。
「何をわけのわからない事を、神聖なる攻防術を愚弄するつもりですか!」
「えぇい、神聖なるはずの旗で地面を叩いておいて! このゴリラ聖女!」
「なにをチョコマカと! 私がゴリラなら、貴方はサルじゃないですか!」
そんな、言葉を交わしながらノアは下がる。 ルナは全力疾走で追いかけてくる。
(なるほど。戦場で旗を掲げ、走り回りのが目的だからこそ示現流に似てるのか)
そんな事を考えながら戦術的考察を進める。
だが、ノアには時間があまりない。
単純に下がるノアの速度より、前進して間合いを詰めるルナの速度が速いのは当然だろう。
(受ける? いや、無理。 避ける……にしても左右ではなく後方。狙うはカウンターのタイミング――――それは今!)
紙一重の回避。
風圧。それに地面から飛び散る石礫はノアに痛みを与える。
だが、彼女は怯む事はない。 そのまま、前方に飛び出し、固めて拳をルナに向けて――――
「そう来ることは――――わかっていました!」
叫んだのはルナ。 全力で振り下ろした一撃を緊急停止させる。
ミシッミシッと筋肉繊維がちぎれる音。
本来のそれは防御すら受け付けぬ一撃必殺の剛剣。それを地面に付けるよりも早く停止させたことで体が悲鳴を上げる。
(それでも――――体の悲鳴なんて無視ですわ!)
全力で振ったはずの木刀を逆に―――― 空に向けて振り上げる。
下からの袈裟斬り。
それは『抜き即斬』を信条とする薬丸自顕流において代表的な抜刀術と同質の技。
予想すらできなかった動きにノアは反応できない。
辛うじて腕の防御が間に合うも――――
ノアの小柄な体はバットで打たれたボールのように吹き飛ばされる。
空中で1回転、2回転と自らの空中姿勢を整え、見事に着地してみせたノアだったが……
「ぐッ――――あぁッ」と苦悶の声を漏らし、膝を地面につけた。
そんなノアの様子に「負けを認めなさい」とルナは冷徹な言葉を投げかける。
「その腕は折れています。 もう勝ち目はありません」
それは事実だ。もっとも、折れている程度ではすまなかった。
防御したノアの腕は肉が潰れ、中の骨までもが粉砕されている。
その痛みは想像するだけで―――― けれども――――
「――――いや、ちょうどいい。ちょうど、ルナにハンデでもあげようと思っていたんだ。片手くらいなら……ちょうどいい」
そう言うと立ち上がるノア。片手で構えを取り、その闘争心は衰えを見せない。むしろ、増しているようにすら――――
「……貴方、そんな状態になってまで、減らず口を――――いえ、もういいです。これで決着ですから」
そう言ってルナは一度、瞳を閉じた。
(やはり、この程度では負けを認めてくれないのね……ノア)
一見、有利に立っているように見えるルナ。
しかし、先ほどノアを捉えた下からの袈裟斬り。
渾身の一撃を無理やり抑え込み、剣の軌道を変化させる代償も大きい。
(もう袈裟蹴りは使えない。けど――――次の一撃で勝負をつける)
そう決心したルナは瞳は開くと同時に駆け出した。 決着をつけるための最後の一撃を――――
けれどもノアは動かない。 迫りくるルナに対して待ちの姿勢。
一撃必殺ともいえるルナの攻撃に、何をもって対するのか?
だが、しかし――――
一撃必殺というのであればノアの拳は師 李書文から受け継いだ技は、二の打ち要らず。
すなわち、それは一撃必殺!
自身へ襲い掛かってくる一撃必殺の斬撃に向けて、一撃必殺の拳を叩きこむ。
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