第71話 聖女式旗手攻防術

 魔法学園の生徒たちは娯楽に飢えていない。


 新しく授業で習い、反復練習を行い、昨日までできなかった魔法が使用可能となる感動。


 魔導について友や先輩、あるいは教員と魔の極致について熱弁を交わう。


 あるいは部活動。 箒に跨り空中戦を行う競技もあれば、単純に戦う事だけを目的とする競技。


 魔導書制作する部活、魔剣制作に……魔力を底上げする怪しげな薬を制作する部活もある。


 だが、そんな混沌とも言える学園の放課後であるが――――今、一番熱い話題が学園を駆け抜けている。


 「どうやら、戦うらしいぞ」


 「誰と誰がだ?」


 「バットリッチのご令嬢と枢機卿のご令嬢だ」


 「!? だ、代理戦争じゃないか!」


 この国において対立関係にある将軍と枢機卿。その娘同士が立ち会うらしい。


 誰かが口にしたように、正しく代理戦争だ。


 その話題性の大きさは、計り知れない。


 「おいおいおい……まだ新学期が始まって何日目だよ!」


 そんな興奮気味の叫びが校舎のあちらこちらで聞こえてくる。


 立ち合いは、放課後に校庭の隅で行われる……その予定だった。


 しかし、人だかり。 いつの間にか観客を気取る生徒たちによって校庭は埋め尽くされ、開かれた空間は自然と運動場の真ん中になった。


 それにより、本来行われる部活動は中止に追い込まれているはずだが、誰も文句は言うわない。


 そして――――ノアが従者を引き連れやってきた。


 尋常ではない、その姿に観客たちは息を飲む。


 深紅のハチマキ。 ボロボロのドレス。 そして乱雑に巻かれた腕の包帯。


 酔狂な装い。 だが、知る人は知っている。


 あの姿こそ、ノア・バットリッチという闘士が地下闘技場最強決定トーナメントを戦い抜いた姿である……と。


 だから、本気。 ノアは、これ以上にない本気の身構えでルナ・カーディナルレッドと戦う決意を固めているのだ。


 そして――――


「想像していなかった人だかりですね。お待たせしました」


 ルナ・カーディナルレッドも姿を現した。


 深紅の髪を後ろに束ねている。 そして、その恰好は青いレオタード……


 対峙するノアとルナ。どちらともなく「ぷっ……」と音を噴き出したかと思うと――――


 「「ぎゃはははははははははははははははは」」と両者は同時にお腹を押さえて笑い始めた。


 「な、なんですの? ノアさん? その恰好は……笑わせようと……作戦なら、あまりにも酷すぎ……あはははははははっ……」


 「そ、それは、こっちのセリフ……レオタードって……レオタードって……寒すぎだろ。いやいや、気温的な意味で、ルナが寒いって意味じゃ……アハハハハハハハハッハ……」


 両者、笑いに笑い……肩で息をするほど呼吸が苦しくなった頃に、ようやく笑いを止めれた。


 「それでノアさん、貴方の武器は? まさか、素手で戦うつもりじゃないでしょう?」


 「ん? いいや。私はいつだって一番の武器として頼ってきたの自分の拳だよ」


 「いえいえ、そんなわけないでしょ? バッドリッチ家の者ならば剣も一流のはずです」


 そう言うと、確認するように視線をノアから外し、後方に控えているメイドリーに向ける。


 メイドリーは「……」と無言で首を横に振った。


 「……どうやら、本当のようですね」


 「いや、なんで私じゃなくて、私の従者の方を信頼してるの? いつの間に、そんなに仲良くなってるの?」


 そんなノアの言葉をルナは無視を決めた。それから、自身の武器を取り出し始める。


「……それがルナの武器?」とノアが指さすしたのは木刀だった。


いや、木刀と呼ぶには抵抗がある。 掴んでみて丁度いい太さの棒を削っただけの品物。 それをルナは自身の武器として用いたのだ。


「これで十分ですわ。 どっちにしても、私から棒で殴られて無事な人間なんていません」

  

 「ん……それは、まぁそうだね」と納得した。


 それからどちらともなく、ゆっくりと間合いを詰めていく。


 観客たちも気づく。 もう……いつの間に戦いが始まってた事を。


 「ふ~ん その構え、聖女式旗手攻防術だね」


 「あら、ノアさんでも知っていましたのね」


 「もちろんだよ。 戦場で兵を鼓舞するための聖女が旗手を務めるのでしょ? そのついでに神聖なる旗で敵をおもいっきり叩きつけるとか」


 旗手。 戦場において、軍を象徴する旗は神聖なものとされ、敵に奪われる事は最大の屈辱とされていた。


 また、旗は軍の象徴だけではなく、想定外の事態で軍列が乱れた時に瞬時に再編成をする時の目印としても使われる。


 それをある時、誰かが……「旗を武器として使用しよう!」とぶっとんだ提案した。


 「こともあろうに、神聖とも言える軍の象徴で敵を叩きのめすだと? なんて不敬な……」と真っ当な意見は当然あったが……それを実力でねじ伏せたのが枢機卿の一族だ。


 鼓舞するためだけに旗を持っていた聖女が最前線に飛び出し、敵を叩きのめす。


 その姿が、どれほど軍の士気を跳ね上げた事か。


 さて――――


 その聖女式旗手攻防術とやらに対峙したノアの感想は、


 (――――ッ! まるで示現流 蜻蛉の構え……プレッシャーが段違いだ)


 と、恐怖と共に歓喜に震えるものだった。  



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る