第70話 ルナからの誘い

 ノアとて、こういう戦いの作法というものを理解している。


 基本、相手の本拠地で戦う場合、もっとも重要な事は相手に勝ってはならないという事だ。 


 例えば道場破り。 日本で剣術を教える道場へ行き、腕試しに戦う事だ。


 しかし、道場破りと言っても手順というものがある。


 まずは、紹介状を用意する。


 道場と縁のある人物から紹介状を書いて貰う。 そうする事で信頼できる人物だと相手にわかってもらう。


 そうしなければ――――


 「じゃ、まずはコイツから……おっ! おたく強いね。 アッサリ勝ってしまった。 それじゃ、次はコイツ。 それじゃ、次は……え? もう結構? いやいや、謙遜なさらずに、次は、次は、次は……なんだ、死んじまったか。 おい、誰か道に捨てておけ」


 道場破りとは相手の商売を潰す行為だ。 


 商売を潰す。 仕事を辞めさせる行為。


 相手から仕事を奪うという事は、相手の人生を変えてしまう行為だ。


 殺されてしまっても文句は言えない。 


 さらに誰も見ていない道場内の出来事。集団で襲えば、殺すのは容易い。


 だから、紹介状を書いて貰い身分や立場をはっきりとさせる。すると――――


「わかりました。では相手を致しましょう」


 こうして、道場主と1対1で戦える。こういった場合に多いのは、


「3本勝負でよろしいですかな?」


 3回戦い、2回勝った方が勝ちというルール。 ここで、もっとも重要なのは圧勝してはならない。


 前記した通りに


「えぇい! よくも恥をかかせてくれおったな。 構わぬ!皆、やってしまえ!」


 と、一斉に襲われてします。


 1度目は相手に勝ちを譲り、2度目はこちらの実力を見せて勝ち。最後も相手に譲る。


 そうすることで――――


「いやはや、結構なお手前でした。 しばらく、こちらで弟子へ指導していただけませんかな?」


 こうして、暫くは客人となり、道場生に指導する。 


 この間、宿として道場に住まわせてもらい、飯をいただき、お小遣いすらもらう。


 そして、暫く経過すると、道場主から紹介状を書いて貰い、また次の道場へ移動する。


 所謂、武者修行の旅など、こういった道場破りを行っていたそうだ。


 最初に戻るが、重要なのは本拠地で相手に勝ってはならないという事だ……


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「アイツか? 教師ラウルに勝ったというやつは?」


「なんだ、小柄な女の子ではないか。わざと勝ちを譲ってもらったのでは?」


「あぁ、お前らは校外授業だったな。いや、ガチンコ勝負だ」


「ほう……おもしろい。じゃ俺がアイツに勝ったら、俺がラウルよりも上となるな」


「じゃ、俺が……」


「いやいや俺が! 俺が!」


「じゃ……俺……」


「「「どうぞ、どうぞ」」」


 ノアが廊下を歩いていると物騒な言葉が聞こえてくる。


 もはや、学校1の有名人。 注目の的だ。


 もっとも、ここでいう的は、射撃などの的……狙われ、撃たれる存在。


 本来のノアの性格なら


「えぇい! 鬱陶しい! 誰からでもいいからかかってこいや!」と啖呵を切りそうだが……


「流石に全員に襲われたら死んじゃう。 私の学校ライフががが……」


「仕方がないじゃない。貴方が勝つのが悪いのでしょ?」


「その通りでございます。ルナ様、ノアお嬢様に言ってやってください」


 気がつけば、ルナは当たり前のようにノアたちと一緒に行動するようになっていた。


 「でもなぁ、ラウル先生は本気じゃなかったのよね。最後に魔法を、こう……ドッカン! って大技みたいに使う気配があったのだけど……」


 「それは当たり前よ。魔法学園の教員が、相手との間合いを惑わす魔法しか使えないなんて誰も思ってないわ」


 「ん? んん! それじゃ、ラウル先生が本気じゃなかったって皆は分かっていて、私の事を狙っているの!?」


 「お嬢様、狙っているという表現は、少々エロいかと……」


 「貴方の従者、一見して常識人ぽいけど……まぁいいわ。 魔法学園の教師となれば、誰もが切り札と有しているわ。それを授業なんかで容易に見せたりしないでしょうね」

 

 「じゃ、なんで私は、こんなに注目を!?」


 「それでも、教員クラスを体術で圧倒した新入生なら注目は浴びて当然だわ。貴方、もしかして……」


 「もしかして? なに?」


 「武道、武術的な物はずば抜けていても、魔法世界の常識は欠けているの?」


 「はい、お嬢様は幼少期から野山は駆けるか、武術の鍛錬しか興味がなかったので」


 「……メイドちゃん、それは内緒にしておいてよ」


 「あら、バッドリッチ家のお嬢さまが、とんだ野生児だったとはね」


 「ムキっ!」


 「それじゃ、そんな野生児さんに頼み事が1つだけあるの」


 「頼み事? なに?」


 「私と戦ってくださらない?」

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