第66話 ルナの二つ名

「もちろん、覚えていますよ」とノアはギアに対して、平常を装い笑みを返す。


 だが――――


 ギシっと肉体が軋む。 唐突なる緊急事態。


 ノアの意思を無視して肉体が戦闘態勢へ移行する事を急務をする。


 意識の手綱を緩めると同時にギアへ襲い掛かりそうになる。


 (気づかれていないかな? この溢れ出しそうになる殺意を)


 「これは光栄です。せっかく同級生になれたというのに、クラスが違うと知って気を落としていましたよ」


 「それはそれは、残念でした」


 「はい、全くです。ツキがない……いや、今日は運が良い。憧れの貴方に話しかけられたのだから」


 「……もしかして、口説いています?」


 「ふふっ……俺に口説かれるって発想がある程度に脈があるみたいですね」


 「あら、ご上手ですね」とノアは、まるで淑女の皮を被って笑って見せる。


 内面では殺意に溢れているのには変わらないが……


「それで、どうして彼女と接触を?」


 ギアの口調が軽口めいたものから変化する。


「彼女? 私が常に接触している女性は従者のメイドリーだけですよ」


 ノアは、いたずらぽく……どこか妖艶に微笑む。


 その振る舞いにギアも目を泳がせるも、それは一瞬のみ。


「いえ、従者ではなくルナ・カーディナルレッドの事ですよ」


「あら? 私が彼女と友達になると貴方に不都合でもありますか?」


「……枢機卿と将軍の関係は政敵なのでは?」 


「友好関係に家柄は必要ですかね。 それに境遇だけなら彼女と私は似ているのではないかしら?」


「いえ、彼女と貴方の立場はまるで違う。 それに家柄は必要だと言うまでもないでしょう。貴族ならば……」


「それにあの子は正統なる……というよりも祀り上げられた存在でしょ」


「――――ッ! 貴方は」とギアが息を飲むのがわかった。


「敵対するカーディナルレッドの暗部ですら……いえ、敵対しているからこそ知り得ている。バッドリッチ家の情報網ですか」


「それを、こんな学園の廊下で私が口にするとでも?」


「それは失礼しました」とギアは深々と頭を下げ、こう続ける。


「それではいずれ、相応しい席を用意しましょう」


「はい、ではその時に」とノアはギアと別れた。


暫くして――――


「お嬢様」とメイドリー。


「一体、今の殿方は? それに何の話をしていたのですか?」


「ん~ 実は適当。それっぽい事を言ってみたら向こうが勝手に喋ってくれたのよ」   


「お嬢様……」とメイドリーは呆れたような口調。


「まぁ、おかげでいろいろわかったかな」


「いろいろ? 今の会話でですか?」


「うん、ルナちゃんって私にとってメイドちゃんみたいな従者がいないでしょ?

だから立場とか、境遇? 私とは違うのかなぁって思っていたから」


「彼女……ルナさまはカーディナルレッド家にとって……」


「そう、さっきのギアくんの言う通りなら暗部ってやつね。調べてくれるかしら?」


「はい、ですが枢機卿の、教会最高顧問の暗部にまで私がたどり着けるとは、思えませんが」


「いいのよ。こっちが調べているってリアクションを起こせば、ギアくんみたいに情報を教えてくる人が出てくるわ」


「――――ノアさま、貴方は……」とメイドリーは驚く。


彼女が思い描くノア・バッドリッチ像。 


それは、よく言えば天真爛漫。悪く言えばアホの子。 


何かにつけて、武とか格闘とか……


しかし、今のノアは腹の内を明かさず、相手をやり込む。それは、なんと貴族らしいありようか?


(お嬢様……成長なさって)


とホロリとしたメイドリーは「では、さっそく調査に向かいます!」と駆け出そうとした。


 「まって! メイドちゃん! 午後の授業あるから! いなくなったら凄く目立つよ!」


 慌ててメイドリーを止めるノアだった。


 さて――――


 先ほどの会話。ノアはメイドリーに嘘をついていた。


 メイドリーが感じた貴族の腹芸的な物ではなく――――考察。


 ゲーム 『どきどき純愛凌辱シリーズ 魔法学園のエッチな私たち』への考察。


 それは、むしろノアに取って得意分野。いや、エロげーの考察が得意分野というのは、いささか問題ではあるが……それは置いておこう。まず――――


 なぜ、悪役令嬢であるノアと同格……いや、あるいはそれ以上の立場であるルナが従者をつけないのか?


 なぜ、ゲームでは初登場となる1年後の時点で主人公たるギアへの好感度が高いのか?


 魔眼殺しの眼鏡はなく、髪は長い……見た目だけではなく性格の違い。


 それに加え彼女、ルナ・カーディナルレッドはゲーム内でのみ使われ、作中では明記さぬ2つ名がある。 


『人工的聖女』


それはつまり――――

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