第64話 ルナ・カーディナルレッド
教室に移動。
窓から風景を眺めれば、規則正しく植えられた木々から薄紅色の花々が咲き乱れている。
(入学式にピンク色の花……まるで桜だわ)
剣呑とも言えたノアの緊張感は時間と共に緩みが生じている。
前日からの寝不足という理由もあるだろうが……自分の隣の席に座った生徒を見て少し驚く。
てっきり、同じ生徒として入学したメイドリーだと(身分に分け隔てないと言いながら主人と従者をきっちり同じクラスにするあたり、どうしようもない貴族社会が見え隠れする)思ったが、入学式でも隣に座っていた少女が座った。
基本、席は自由なのである。 では、メイドリーはというと、ちゃっかり主人の観察できる位置である斜め後ろに陣取っていた。
「こんにちわ、これからよろしくね」とノアは隣人に挨拶をした。
普段、美少女に自分から声をかけるなんて真似はしないノアだが、この日は緊張と寝不足で判断力がおかしくなっていたのかもしれない。
しかし、声をかけられた側は「あっ……」とだけ返して顔を背けた。
(むっ、何かダメだったのか?)
もしかしたら学園内の決まりとか貴族特有の決まりがあるかもしれない。
ノアは、そういうコミュニケーションに疎い。 なんせ、幼少期は修行修行に明け暮れていた。
加えて、年頃の令嬢なら済ませている社交界デビューもまだだ。
「ご、ごきげんよう?」
諦めずにチャレンジしてみたノアだったが相手は……
「……」と無反応。 いや違う。
「……ぷっ!」と小さく噴き出している。
よく見れば、彼女は笑いをこらえるため小刻みに震え、顔を赤くしている。
よせばいいのに、ノアはその姿にいたずら心が抑えきれなくなっていた。
「ねぇ、貴方……」と呼びかける。
「はい? 何よ?」と彼女が振り向いたタイミング。ノアは狙いを定めて――――
渾身の変顔を披露した。
――――その瞬間、クラスの時が停止した。
実を言えば、ノアは遠巻きにクラスメイトに注目されていた。
特に男子たちは熱視線を送る。
ついつい忘れがちになるがノアは母譲りの美貌を有している。
黙っていれば、動かなければ――――び、美少女に分類される。
そして何より、救国の英雄 バッドリッチ将軍の一人娘。
「お近づきになりたい! そして将軍の息子になりたい!」
ある意味では、そういう不埒な事を考える男子は多かったのだ。
静まり返った教室。
その静寂を破ったのは、ノアの変顔を至近距離で見せられた少女だった。
「……ぷっぷっぷ……あっあはははははははははは……あ、あなたね。げらげらげらげら……やめて、呼吸が……く苦しい! 左右前後に顔を動かさないで! 残像が、残像がぶぁはっはっは……」
少女が笑いを止めるまで、たっぷり数分経過した。
「貴方、よく私に話しかけ……いえ、笑かそうとしてきましたね」
少し呆れが混じった口調でノアは怒られていた。
「えっと……はい、ごめんなさい。でも……」
「でも?」
「なんだか、つまらなそうだったから」
「じゃ、貴方はつまらなそうにしてる人に変顔を見せに……もういいです」
そんな2人の会話に「お嬢様」とメイドリーが入ってきた。
「こちらはルナ・カーディナルレッドさま……名前の通り、枢機卿のご令嬢でございます」
「ん……? あれ?」とノアは困惑した。
枢機卿。 この国の主軸宗教の最高顧問の役職という事はノアでも知っている。
(たしか、その名前って……どきどき純愛凌辱シリーズ 魔法学園のエッチな私たちのメインヒロインの1人。でもビジュアルが全然ちがう?)
ノアはルナの顔をまじまじと見た。
(自分の知っているルナは、髪が腰まで伸びて……魔眼を制御する眼鏡をかけていて……髪の色は同じ赤だな。色素ってどうなってるんだろ?)
「あ、あの! なんですか! 人の顔をじろじろと見て……ち、近いですよ」
「ん? あぁ、ごめん。なんていうか自分の知ってるルナ・カーディナルレッドとは違うなぁって」
目の前のルナは、髪は短い。眼鏡もしていない。
主人公に対して、同じ年なのにお姉さんぽく振る舞う女の子で、目の前のルナのようにツンツンとしている……というよりも
「貴方の知ってる私? それはそうでしょ? 貴方と私の家は犬猿の仲なのだから、私も事前に聞いてる貴方のイメージは別人ですわよ」
「そういう意味じゃ……あー、そう言えば家同士の仲が悪かったの忘れていた」
「あなたね!」とルナが言いかけたところでチャイムが鳴り響く。
「くぅ~」と何か言いたげなルナだったが、「……」と無言で席に着いた。
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