第41話 未知の打撃。 ノア、タックル3連発

リザードマンのユタ・ラ・プトル


その拳はデカい。 まるで拳闘ボクシングのグローブ。


丸太のような手足。 リーチは短いが……


厄介なのは、手足ではない。 カチカチと威圧するように噛み合わせている牙だ。


(いやいや、噛みつきは反則じゃないって言うけど……あれ完全に武器じゃん)


接近戦は不利……ってなるのは珍しい。 なんせ八極拳っていうの比較的接近戦に本領を発揮するタイプの武術だ。


(やっぱり、打撃を封じて勝つなんて約束するんじゃなかった)


 内心、後悔しながらノアは構えを変えた。


 観客たちが騒めく。


 構えは、八極拳のものではない。 だが、観客たちが驚いたのは、そこではない。


「おいおい、ありゃウィリアムの構えじゃないか?」と観客の1人が言っているのがノアの耳にも入る。


 確かに前戦の相手  ウィリアム・マーシャルが見せた構えに似ている。


 腰を落とし、両足は前後に広げ、両手を前に――――


 ウィリアムの闘法。ノアは異世界相撲だと心の中で呼んでいたが、正式が名前を知らない。


 (もっとも、この構えはウィリアムをパクったわけじゃなく……前田光世先生から習った柔道の構えだけどね)


 そう、この構えは近代柔道では廃れてしまったスタイルの1つ。


 名前をジャケットレスリングと言う。


 その構えは古い柔道の構え――――ではない。


 具体的には2016年に行られたブラジルのリオ。それに向けたルール改正で消えてしまった構えだ。


 正確に2010年。柔道という競技は大幅なルールがあり、以前とは別物と言えるほどに変化した。


 それは双手刈や朽木倒など、タックルのように相手の足を掴んで倒す技の禁止。


 それどころか、相手の足を掴んで攻撃、防御する事の禁止。 試合で行えば一度で退場となるほど重い反則となる。


 この反則により、近代柔道では多くの技が禁止となってしまったのだが……なぜ、そうなったのか?


 その原因こそ、ジャケットレスリングという構えにある。


 ジャケットレスリング=服を着た状態で行うレスリング。


 なんて事はない。そのままだ。


 レスリングで国際強化選手に選ばれるレベルの選手。


 彼らが国の代表が難しいとなった時、多くの選手が柔道に流れた。


 つまり、レスリングの代表クラスの選手が柔道で柔道家を戦うという状態になってしまったのだ。


 それは、もはや柔道ではなかった。


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 ノアとユタの間合いがジリジリと短くなっていく。


 先に動いた方は――――ノアだ。


 タックル敢行。


 ユタもまたタイミングは計っていたのだろう。


 向かい来るノアに合わせて拳を振るう。 だが、それは空振り。


 ノアのタックルは、その打撃よりも低く潜り込みユタの足に絡みつく。


 こうなるとバランスの崩れ辛い短い足の利点はない。


 「そのまま持ち上げて――――倒す!」


 完全にテイクダウンを奪えると確信していたノアの言葉。


 だが――――


 パンッと打撃音が響く。


 (な……? 今、何を食らった?)


 頭部に衝撃。 その正体に気づく間もなく、ユタの拳がノアの顔面を捉えていた。


 ノア、ダウン。


 その強烈な打撃に小柄なノアは地面を一回転する。


 (追撃は……来ない?)


 そう判断してノアは立ち上がる。だが、脳へのダメージは決して少なくない。


 (足に来ている。 油断すると、そのまま倒れそうだ)


 無論、そんな様子を見せない。 再び、構える。


 「何をした? 多分、打撃だけど……見えなかった」


 「おやおや、知的好奇心が旺盛な方だ。まさか、試合中に対戦相手に技の説明を求めようと?」


 「私は――――いや、俺はそうやって自身を高めてきた」


 口調が変わるノア。


 それをどう思ったのだろうか? ユタは目を細めるだけだった。それから――――


 「まだ、足取りタックルを狙いますか?」


 「ん? そりゃ、まぁ……ね」


 「いいでしょう。今度は、貴方の動きに合わせて放ちます」


 「いいね。そう来なくちゃ!」


 「……愉快な人ですね」


 「よく言われるよ。 それじゃ――――今!」


 そう言い終えるよりも早く、そして速く……再びタックルを敢行。


 しかし――――ユタの足にたどり着くよりも前に頭部へ衝撃を受け、崩れ落ちた。


 倒れたノアを見下ろすユタ。彼は、どこか悲し気に


 「……これで、私の勝ちですね」


 「いいや? 今度は、その技を見せてもらったぜ!」


 意識を失っていたと思われていたノアの眼は開き、勢いよく立ち上がった。


 「次は食らわない」


 「……意外だ」


 「ん? 何がだ?」


 「私が思っていた以上に愉快な人だ。 本当に求婚したいほどですよ」


 「なんだい、なんだい。試合前の求婚は嘘だったのかい?」


 「いえいえ、よくよく思い出してください。私、求婚までは致してません」


 「あれ? そうだったけ? 思い出せないや」


 「ふっ」と笑みを浮かべたのはノアとユタのどちらが先だっただろうか?


 その笑いが止まった時――――


 ノアは3度目のタックルを放っていた。

 

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