第42話 柔術というものあり
ノアは見た。 その一撃の軌道を――――
衝撃。 視点が一回転する――――いや、回っているのは目ではなく体の方だ。
だが、間に合った防御。 痺れが腕に。傷口、痛みが広がる。
ユタの打撃。それは尻尾を鞭のように、まるでムエタイ戦士の蹴りのように繰り出していたのだ。
（なるほど……あの尻尾、手足よりはさらに太い）
太いという事は重いという事。 打撃にとって重さとは武器だ。
（空手の神さま、大山倍達が原作を手掛けた漫画 空手戦争でもライオンと戦った主人公が尻尾を受けて大ダメージを受けていたけ？）
ノアは間合いを詰めようと前に出る。だが、そのタイミングでユタは尻尾を振るう。
捕まれないように低い軌道で速い。 まるでローキック……だが、リーチの長さは人間の足とは比較できないほどに長い。
「けど――――」とノアはしゃがみ込むように低い体勢になると、前に飛び出すように低空タックルを――――
行かない。
「なっ！ フェイントだと！」とユタは焦る。
タイミングを狙っていたユタの尻尾が宙を切る。
目標を外れ、威力も落ちたタイミング。
「捕まえた！」
がっちりと抱きかかえるように尻尾をキャッチしたノアは、力強くユタの体ごと引き寄せるように――――
「せいッ！」とかけ声と共に投げ技。 尻尾を肩に担いでの一本背負い。
ノアだって初めてやった。尻尾を掴んでの投げ。
ユタだって初めてやられた。尻尾を掴まれての投げ。
柔道は、ただ投げただけで勝ち負けが決定するわけではない。
畳に落とすまで相手を綺麗にコントロールできているかは、技の
しかし、投げる側も投げられる側も未知の投げ。
非常に、非情に危険な状態で地面に叩きつけられたユタ。
後頭部を痛打して、首にも強い負荷を受けているはず……常人なら死んでもおかしくないが、それでも動き続けれるのはリザードマンという頑丈な体の種族ゆえだろうか？
投げられ、混乱したのは一瞬。 すぐさま立ち上がろうとする。
「だが、させない。けれども、逃がさないぞ！ ユタ！」
倒れたユタの上にノアが乗っかかって動きを抑えに行く。
戦いは寝技の攻防へ移行。 そしてその技術はユタに取って未知の領域だった。
技術？ それを見た観客の全てが、それを技術として認識できていない。
なんせ、ノアは、ユタの体に馬乗りの状態になっているだけだから……
もしも、人生で野球を見た事も聞いた事もないが、初めて野球を見た時、どう思うだろうか？
もしかしたら、木の棒を振り回す人間に何か投擲して攻撃している野蛮な行為に映るかもしれない。
だから、ひょっとしたら――――馬乗りになるという格闘技において高等テクニックは、非情に野蛮な物に映るかもしれない。
「
ノアは拳を固めて、ユタの頭部を狙い――――振り落とした。
「――――ッ！」とガードを固める。 しかし、2発……3発……と拳を落としていくノア。
この時点で異変にユタは気づいた。
（なぜ？ ただ上に乗っているだけの相手を振り落とせない？ 反撃ができない？）
下から暴れても跳ね除けれない。 ならばと尻尾を振り回してノアにぶつける。
だが、ノアはバランスを崩す事すらなく拳を落としてくる。
（尻尾へ力がうまく伝わらない。 威力が半減している。これは――――これは――――何か……技なのか？）
その事に気づいたユタに寒気が走った。
この体勢から脱出しなければ……パンチを食らい続ける。
恐怖に動かされ、ユタは体を捻る。 落とされ続ける拳から避難するように……だが、それは悪手。
背を向けたユタの首へノアの細腕が絡みついていく。
首絞め……スリーパー。 その名の通り、ユタは眠りにつくように動きを止めた。
ノア・バッドリッチ対ユタ・ラ・プトル
勝者 ノア・ バッドリッチ
決め技 スリーパーホールド
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