第40話 リザードマン ユタ・ラ・プトル

 ウィリアム戦から3時間後。二回戦が開始される。


 (1日の休みがあれば、回復魔法で完治……とまでいかなくとも十分に打撃は振るえるように回復したんだろうけど)

 

 相手よりも先に会場へ姿を現したノア。彼女は調子を確かめるように腕をグルグルと回す。


 「あ―――ダメね。これ真剣に痛いわ」


 そのまま宙に拳を走らせる。


 「不幸中の幸いなのは、利き腕じゃない左腕の負傷ってことね。それにしても――――」とノアは対戦相手を見る。


 奥の通路から対戦相手が現れた。その相手は――――


 蜥蜴男リザードマンだ。


 人間サイズの蜥蜴が二足歩行で立っている。


 爬虫類が苦手な者が見たら恐怖に――――って言うと人種差別になってしまう。


 見た目は異形であれ、エルフやドワーフと同じ亜人。


 人と等しい知性が宿っている。


(そう思ってよく見ると眼鏡してるのね。あっ!外した。いやいや、そんな事よりも――――) 


 


 東洋の神秘。神業とも言われる合気。

 

 その合気には明確な弱点がある。


 完全なる対人技術ゆえに四足獣には合気で投げる事は不可能なのだ。


 確かに二足歩行ではあるが、問題はお尻から伸びた太い尻尾だ。


 「投げれるのか?」とノアが疑問符が浮かばせるの当然とも言える。

 

 さらにノアは対戦相手の観察をする。


 「やっぱり腰の位置が低くて、重心のブレが少ないわね」


 柔道など競技でも投げられ難い体型というものがあるのだ。


 足が短く、腰の位置が低い……所謂、日本人体型。


 腰の位置が低いと体の重心も低い位置になる。


 相手のバランスを崩してから投げを狙う柔道において、重心が低いという事は、バランスを崩し難く、またバランスを整えやすいという事だ。


 「やっぱり、組み技の技術だけで勝つってのはなしで……」


 ノアは観客席のメイドリーに聞こえるように言う。


 けれども、彼女から厳しい視線が飛んできた。


 そもそも、怪我を押して続投を許可されたのは、打撃をできるだけ使わないという条件だったからだ。


 そんな事を考えていると背後から「お嬢さん(マドモアゼル

)」と声をかけられる。


 「こんな時に誰ぇ……え?」


 振り返るとリザードマンがいた。 その手には花束が握られて――――


 「今宵は、何の因果か敵同士。されど、私は敬意を放つ。ただただ、貴方の愛らしさへ」


 差し出されるままに花束を受け取ったノアの内面は――――


(~~~ッ!?!?)


 困惑。 そして気づく事実。


(く、口説かれているのか? これから戦う相手に?)


 困惑は加速した。


 だが、すぐさま正気に戻る。 なんせ観客席から「ギリギリギリ……」を歯を軋ませる音をメイドリーが鳴らしているからだ。


「おやおや、どうやら先客がおられるようですね。もしも、彼女に飽きたなら私の連絡先は花束に隠しています。例え、どのような予定があろうとも、貴方の頼みならば全てを断り、駆けてまいります」


さっと頭下げて一礼をするリザードマンにノアは


「そうですね……もしも、この試合に貴方が勝てば考えておきますよ」


 ピッキと異音が観客席から聞こえてくるが、メイドリーが何を破壊したのか見ない事にしたノアだった。


「おぉ、私めにチャンスを下さるとは、なんと慈悲深い。いいでしょう……私の名前はユタ・ラ・プトルです。以後お見知りおきを」

 

「これはご丁寧な挨拶をありがとうございます。私はバッドリッチ家が長女、ノア・バッドリッチです」


「なるほど、かの名家 バッドリッチ家のご長女なれば……その優雅たる立ち振る舞いも納得ですな」


「えぇ、もちろん闘法も優雅ですよ」


「これはこれは……楽しみですな」


戦いの前に挨拶を交えた2人は、互いに距離を取る。


そして、戦いは始まった。  

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