第19話 ヤマトの正体 世界異種格闘技2000戦無敗

 「肩は良いのか?」と書文。


 ヤマトの肩は柔道着から血が染み出している。


 「私は構いませんよ」とヤマトは笑みすら浮かべている。


 「……このまま始めるつもりか」


 「私は構いません」


 「すまぬが、今のワシは猛りを抑えきれぬ」


 「構いません」


 「このまま戦いを挑んでも構わないか? そういう意味で言っているのだが?」


 「私もそのつもりです」


 「なるほど、良い性格をしている」


 「そんな事、初めて言われました」


 「だろうよ」と書文は笑い――――足を地面に叩きつけた。


 震脚 


 大地が揺れる。 比喩ではなく、本当に足を踏み鳴らしただけで僅かに地震が起きた。


「凄い踏み込みですね。過去に闘牛を殴り倒したレスラーと戦った事がありますが……それ以上の打撃でしょうね」


「ほう、わかるか?」


「わかりますとも……」


「ふむ、しかし困った」


「何か困りましたか?」


「お前、隙だらけだな」


「だったら、殴ってみたらいいじゃないですか?」


「殴って終わったら、つまらないではないか」


「そうですね。それはつまらない……では!」とヤマトが構えを取った。


半身の構え。


重心を後ろへ、右足を軽く上げている。


ボクシングのような打撃系のように、拳を固めて胸の位置に持っていく。


ガードがやや低め? 


それに、何かひっかかる物を感じたのは、離れて戦いを見ているノアだった。


(あの構え……どこかで? けど、ヤマトなんて名前の格闘家は聞いたことがない)


本当に? 本当にそうだろうか? そう脳内で誰かが呼びかけてくる。


その瞬間、ハマらなかったパズルのピースが一気に組み上がっていくような感覚。


「ヤマト……思い出した。 ヤマトはリングネームだ!」


その人物の正体に気づいたノアは、声を張り上げ書文に告げる。


「先生、その相手の本当の名前は前田光世……コンデコマです!」


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


前田光世 コンデコマ


時は明治、海外に行けば二度と帰国できぬ覚悟が必要とも言える時代。


回るに回って16か国。行われた他流試合の数は2000を越える。


ノーギルール(道着を着ないルールの事)、剣道対フェイシングなど特殊なルールでは負ける事もあったそうだが……


柔道着を来た試合では2000勝無敗である。


なにより、彼の名前を有名にしたのは、平成初期に行われた『何でもありバーリトゥード』の大会。


優勝したホイス・グレイシーが習得していたグレイシー柔術こそ、前田光世がグレイシー一族に指導した柔道が変化した物である。


だが、当然ながら、李書文は前田光世を知らない。


ヤマト――――光世は書文の膝を狙い蹴りを放った。


「むっ」と弾く書文。 しかし、光世の蹴りは意識を下へ散らすための物。


真の狙いは胴タックル。前へ――――だが、タックルは失敗する。


「それは、もう見せてもらっておる」


接近した光世に書文は肘を叩きこんでいた。


頂心肘肘打ち


李書文のそれは、受けた相手を吹き飛ばすほどの威力の肘打ち。


後ろへ下がった光世。そのダメージに膝が下がり、腰が曲がる。


そこへ追い打ち。


冲捶突き


まともに入れば死。 そんな馬鹿げた威力が乗った書文の突きだ。


それを光世は避ける。 体勢を低く、書文の拳が頭上を通過していく風圧を感じている。


今度は胴タックルではない。 低い――――低空タックルだ。


流石の書文も初見で防げる技ではない。


そのまま互いの体が絡み合い、両者が後方に倒れた。


戦いは寝技へ移行した。


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る