第20話 李書文対前田光世

 「先生!」と悲鳴によく似た声をあげるノア。


 しかし、それを止める者がいた。


 「案ずるな!」


 その声はノアが帯びた腰の木刀の声。


 「惣角先生」


 「アイツが毎日、誰と組み合っていると思っている? 見よ」


 タックルで倒された書文。上になっている光世はそのまま縦四方を狙っている。


 縦四方固め、すなわちマウントポジションだ。


 だが、マウントまで到達はできなかった。下となっている書文は両足で光世の胴体を挟んで固定。 動きを束縛している。


 ガードポジションだ。


「まさか、ワシがこんな格好をする日が来るとはね」


「お似合いですよ」


「フン、言いおるわい」


 短い会話を交わすと、光世が拳を振り落とした。


 一撃入る。二撃はさせない。 密着して、打撃を放つ間合いを潰す。


 ぐっ、ぐっ……と光世は抱え込まれている頭を上げようと力を入れる。


 すると、書文は力を緩めた。 不意をつかれた光世に下から書文が一撃を入れた。


 寝技の打撃。 下半身の力も使えず、背後の床で背筋や腕の動きを制限された状態。到底、ベストには遠い打撃になるのだが……


 「それでも効かせるか! まるで石の拳だ」と光世。


 そのまま振り下ろそうと拳を固める。


 まさか、寝技の打撃戦!?


 しかし、そうはならなかった。


「かかったな」と書文は笑う。 


 いや、笑ったのは書文だけでない。観客に紛れた惣角も同じタイミングで笑った。


 光世は上からパンチを放った。 


 だが、そのパンチは空振り……いや、それだけでは終わらない。


 下半身が持ち上げられるような感覚。 しかし、力とか、そういう感覚ではなく逆らえないような……自分から誘導されるように動くような不可思議な感覚に陥った光世。


 観客の目には、光世が急に中腰になり前転をしたように見えた。


だが、光世は――――


(投げられた! 私が? それも寝技からの投げ!?)


驚愕の目で書文を見る。 書文は、すでに立ち上がり構えている。


「投げ……今のはどうやったのですか?」


「大した事ではない。知り合いに合気に詳しい者がいてな」


「合気……なるほど、組み技に精通していたわけですね。それに私ですら知らない未知の投げ技……本当に面白い!」


 光世は打撃を織り交ぜ……タックル敢行。


「そうそう簡単に倒れてはやらんよ!」


 書文は光世の頭部を上から抑え、動きを殺す。


 そのまま拳を叩きこむ。 


 しかし、それは倒れまいとバランスを重視する総合格闘的な打撃。


 震脚という特殊な踏み込みを有す八極拳の打撃とはまるで違う……そのはずだが


 (なんだ……なんだ! この打撃は! あり得ないほどに強烈!)


 光世は驚愕していた。 なぜ、この状態で凶悪な打撃が放てるのか?


 やがて気づく、書文が拳を放つと同時に地面から重低音が響いているのを……


 それは、書文の踏み込みの音。 僅かに……靴が地面と離れているかどうかの隙間を作り、地面を踏みつけている音だった。


 つまり――――極小の震脚。


 万全とは言えない状態での打撃、果たしてその威力は? 


 対価は十分すぎるほどの威力だった。


 (このままでは……ならば!)


 光世は足を掴んだまま、後ろに倒れた。 


 打撃が効いたのか! と観客たちは騒めく。


 だが、違う。 光世は自ら倒れたのだ。


 タックルで掴んでいた書文の足に自身の足を絡ませていく。


 足緘ヒールホールド

  

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