第2話 ノア・バッドリッチ 6歳!

 ノア・バッドリッチ。 6歳の時だった。


 バッドリッチ侯爵の1人娘であり、天使のような可愛らしい顔立ちで両親から可愛がられて育っていった。


 この時代の彼女は、後世からは考えられないほどに穏やかな性格をしていた。 


 そんな、彼女は空を見上げるのが好きだった。

 

 お気に入りの場所は庭に大きなリンゴの木。その木陰に入って空を見上がるのだ。


 流れる雲。 静かな風。 心地よさ。 思わず眠ってしまいそうになった次の瞬間――――


 何かが落ちてきた。


 (あれ? あれは赤いリンゴ?)


 自分に向かって落下してくるリンゴを眺めて……そのまま額にリンゴがぶつかった。


 次の瞬間――――


 ノアは脳を焼き付けるような衝撃に襲われた。


 記憶が流れてくる。すぐに彼女は、その記憶の正体がわかる。


 それは自分の前世の記憶だ。 こことは違う世界。 


 自分は成人男性。 ある日、青信号で横断歩道を歩いて進んでいる最中にトラックに轢かれて生涯を終えた。


 それを理解した直後、さらに詳細な記憶が蘇ってくる。


 その記憶とは――――


 「らめらめららめぇぇぇぇ! 戻れなくなっちゃう!」


 oh……  これはノアが前世で好きだったエロげー『どきどき純愛凌辱シリーズ 魔法学園のエッチな私たち』の映像だ。


 生前に読んだジャンプ黄金期を支えた名作漫画には、こんなセリフがある。


 『「キャベツ畑」や「コウノトリ」を信じている可愛い女の子に無修正のポルノをつきつける時を想像する様な下卑た快感さ』


 しかし、彼も自分が可愛い女の子側でつきつけるとは思ってもみなかっただろう。


 「オークの○○〇がアタイの〇〇〇に〇〇〇して、心よりも先に体が屈しちゃうの!」


 よりによって、どうしてこの映像が、ここまで鮮明に流れてくる! 


 ……ん? あれ?とノアは何かに気がつく。


 確か、このシーンは主人公とヒロインの恋仲を邪魔してくる悪役を倒した後に行われる凌辱シーンの1つだが…… 何かが引っかかる。


 この悪役、なんとなく現世の自分に似ているのだ。


 確か名前も――――


 ノア・バッドリッチ。


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?」


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・


 「どうしたものか?」と呟く。


 ノアが目を覚ましたの3日後だった。  


 木から落下したリンゴに頭をぶつけただけの話が、高熱を出したうなされていた。


 ベッドの上で胡坐をかいて座るノア。 その姿に6歳の貴族令嬢とは思えない。


 前世の記憶を取り戻したノア。体は6歳の少女、心は成人男性だ。

 

 「どうやら、死んだ俺は『どきどき純愛凌辱シリーズ 魔法学園のエッチな私たち』の世界に転生しちまったようだ」


 言葉に出してみると、シリアスが消え去る。 しかし、それが事実なのだ。


 転生先はノア・バッドリッチ。  押しも押されぬ悪役令嬢だ。


 主人公とヒロインたちの恋路を邪魔をするキャラ。


 ゲームでは、様々なルートがあるがマルチエンドシステムであるが、どれも終盤は酷いめにあって終わる。


 ぶっちゃけ、性奴隷に堕とされ凌辱を受ける。


「……あれを俺が体験するのか? あれを!」


頭を抱え絶望するノア。すると、そのタイミングで扉がノックされる。


「失礼します、ノアお嬢様」


そう言って入ってきたの少女だった。 ノアと同じ年くらいの小さな少女であるが、その立場を証明するようにメイド服を着ていた。


「きゃ……」


「きゃ? どうなされました、お嬢様?」


「きゃわわわわわわ!」


「ひぃ」と後ずさるメイド幼女。逃亡しなかったのは高い職業意識からだろう。


流石のノアも悲鳴を聞いて、正気を取り戻した。


「ご、ごめん……あそばせ? 熱が引いたばかりで、まだ錯乱してしまうの」


自身が想像するお嬢様言葉を使う。たどたどしくて、とても正解とは言えない言葉遣いになった。 


「そうですか……取り乱して申し訳ありません」と頭を下げるメイド幼女。


(て、天使か? この子!)


そんな事を考えていたノアだが、メイド幼女に既視感を覚えた。


「まだ記憶の混同が激しくて……あなた、なんてお名前なの?」


「私の名前はメイドリーです」


「メイドちゃん?」


「いや……お嬢様のお好きなようお呼びください」


この時、ノアの脳裏に稲妻が走り抜けた。


(こ、この子……攻略対象の1人! それも隠しキャラだ!)



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