11

 カランカラン、音がする。

 カランカラン、金属音。

 手足が窮屈で動かせない。

 一体どうして……?


「あ、起きた?」


 聞き慣れない少女の声。

 きっとまた犠牲者の声だ。


「加奈子ちゃんが生き残ってくれてて本当に良かったよ。もし死んでたらさ、今回は大失敗どころか超失敗で終わっちゃうもん」


 わたしの名前を……知っている?

 朦朧とする頭でいくら考えてみても、まともな答えなんて出てくるわけがない。

 見えるのは、錆びついて朽ちかけたトタン屋根の薄暗い天井だけ。それに手足が動かせないのは、ベッドの四隅に付けられた手錠で拘束されていたからだった。

 熱っぽくて気持ちが悪い。

 吐きそうで辛い。

 誰か早く助けて。


「水を……ください……」

「水? ミニリュック、ゲットできなかったの?」


 わたしの顔を覗き込んだのは、死んだはずのヤスカちゃんだった。

 顔中が血まみれで額の生傷が痛々しい。どうやら今度は、ヤスカちゃんの亡霊がわたしの相手をしてくれるようだ。


「ごめんね、冷蔵庫まで遠いから、今はわたしの唾液で我慢してよ」


 そう言ってヤスカちゃんは、身動きがとれないわたしの唇を奪った。

 生まれて初めての大人のキス。

 強引にねじ込まれる舌の感触がくすぐったい。


「ん……ングッ……んん!」


 甘い唾液と血の味が口内に広がってゆく。咽喉のどの渇きがそれすらも求め、ゴクゴクと音を鳴らして全部飲み込んでしまった。


「プハァ………うふふ、またしちゃったね。さっきのキスが初めてだったら、超嬉しいかも」


 舌舐めずりしながら顔を離すヤスカちゃんのは、冷血動物特有の、蛇のような魔性の光を放っていた。

 そして彼女は、無言のまま当然のようにスクールリボンを外すと、シャツのボタンにまで触れてくる。


「えっ……なにするの? やめてよヤスカちゃん!」

「ウフフ、決まってんじゃん、セックスだよ」

「そんな!? わたしたち、女の子同士だよ!?」

「あれ? 加奈子ちゃん知らないの? 女の子同士でもセックスできるし、男とするよりとっても気持ちいいんだよ?」

「それでも……それでもわたしはしたくない! やめてよヤスカちゃん、気持ち悪いよ!」


 わたしの願いが届いたのか、ヤスカちゃんはピタリと手を止める。

 止めたのは指先の動きだけじゃなくて、まばたきもやめてしまった。


「……は? 気持ち悪い? 気持ち悪いって、なにが? もしかして、わたしに言ってる? …………障害者を見殺しにするような薄情者の分際で……わたしを気持ち悪いって、おまえ何様のつもりだよ!?」


 そうだ……そうだった。

 ヤスカちゃんは喋れないはず。なのに目の前で饒舌に振る舞っているのはヤスカちゃんで……だけど、ヤスカちゃんは死んだはずだし……ダメだ、頭がよりいっそう混乱してきて、なにもわからない!


「……いいよ、もう。萎えたわ」


 一気に落胆した様子に変わったヤスカちゃんは、ベッドから離れて立ちあがる。


「さようなら」


 そしてそのまま、何処かへと立ち去っていってしまった。


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