「わたしを……殺すんですよね? わたしを殺すつもりでそれ・・を……だから唯織さんとカップルになって、こんな罠を……」

「あー、半分くらいが正解だけど、もう半分は不正解ね。これ・・も乗り換えのアイデアも、彼女がくれたものなのよ」

「唯織さんが?!」


 ますます気分が最悪になる。

 誰を信じればいいのか、いったいどうすればいいのか、もうなにもわからなくなってしまった。

 榊さんが一歩前に出る。

 それに合わせて、わたしは一歩後ずさる。

 キャットウォークの幅は狭いし、このまま走って逃げたとしても、下へ降りる猿梯子はひとつだけだ。

 こうなったら……戦うしかないの?

 榊さんと殺し合うしか手段がないの?

 本当にそう? 話せばきっと、なにか別の解決策が──


「ないわよ、そんなの」


 左耳から、あの女の声が聞こえた。


「そもそも生かしておくつもりなら、こんな罠を仕掛ける必要がないでしょ? 向こうはね、あなたを殺す気が満々なの。だからね」


 右肩がひんやりと冷たくなる。

 そして──


「こっちも殺す気で挑まないと、あなた死ぬわよ?」


 今度は右の耳から声が聞こえた。


「きゃっ!?」


 気がつくと、榊さんに左手首を掴まれていた。

 そのまま揉み合って体勢を崩したわたしの目の前には、ショッキングピンクの小さなリュックサックがひとつ。子供用かもしれないそれには、グラブループに長い紐がくくりつけてあった。

 わたしは無我夢中で──自然と身体が、右手が動いて──榊さんが持つそれを奪い取った拍子に、彼女の首に紐が絡まる。


「ぐっ?!」


 榊さんはそれを解こうとしたけれど、運悪くわたしの右肩にぶつかってしまい、そのまま鉄柵を乗り越えて下に落ちた。

 さらに偶然が重なる。

 なぜか紐は鉄柵の隙間に通っていて、ミニリュックが引っ掛かったのだ。


 キュルルルルル! ギュルッ!


「ふぷ……コォオオオォォォォォォ?!」


 紐が榊さんの自重できつく絞まり、首吊り状態になる。


「こほッ! クカッ、け……かはぁああ!!」


 必死に解こうともがくけれど、そんなに時間がかからないうちに、榊さんは動かなくなってしまった。


「な……なによ、これ……?」


 こんな偶然があるのだろうか?

 命が助かったけれど、全然信じられないし嬉しくもなかった。


 ぷらーん……ぷらーん……


 眼下では、両手をたらして項垂れる榊さんが振り子のように揺れていた。


「うふふ、すごいすごい! やれば出来るじゃないの!」


 幽霊の女は、拍手までして喜びの声を上げる。


「違う! そんなんじゃない! これは事故よ! 事故なのよ! わたしじゃない! わたしが……やったんじゃ……」


トタンの壁を背にして、ゆっくりと滑り落ちる。尻餅を着い頃には、涙があふれてこぼれていた。


「ウフフ……人間、悪いことは出来ないものよ。それにこれは正当防衛だから、気にしちゃダメ。それとね、そのリュックに入ってるのは石ころよ。食料はとっくに抜かれてるから、そのままにしておきなさい」


 そう言って女は消えてしまった。

 やはり彼女は、わたしに味方してくれているのだろうか?

 そうだとしても、殺しの手助けなんてしてほしくはない。やっぱり、誰も信じちゃいけないんだ。

 少し落ち着きをとりもどしてから立ちあがる。

 なるべく遺体を見ないようにして猿梯子を降りる。ちょうど真横を通り過ぎたとき、彼女の眼鏡が尿の水溜まりに落っこちて割れた。

 最後の段を足に掛けたところで、意を決して飛び降りる。着地の衝撃が右肩にまで響いたけど、声は我慢した。

 とにかく、この建物から出たい。

 でも、外に唯織さんやミリアムがいたらどうしよう。やっぱり護身用としても武器が欲しい。贅沢を言えば、拳銃とか飛び道具がいいけれど、さすがにそんなものは落ちていないだろう。

 例え気休めでも、足もとの石ころを拾おうかと迷っていると、この建物にも監視カメラがあることに気づいた。

 レンズが向けられているのは、わたしじゃなくて榊さんの遺体だった。悪趣味な犯人たちがながめている姿を想像して、怒りの感情がふつふつと湧きあがる。

 やっぱり足もとの石ころを拾う。

 そのままカメラを狙って投げたけど、大きく逸れてトタンの壁に当たった音だけが虚しく鳴り響いた。


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