7
「わたしを……殺すんですよね? わたしを殺すつもりで
「あー、半分くらいが正解だけど、もう半分は不正解ね。
「唯織さんが?!」
ますます気分が最悪になる。
誰を信じればいいのか、いったいどうすればいいのか、もうなにもわからなくなってしまった。
榊さんが一歩前に出る。
それに合わせて、わたしは一歩後ずさる。
キャットウォークの幅は狭いし、このまま走って逃げたとしても、下へ降りる猿梯子はひとつだけだ。
こうなったら……戦うしかないの?
榊さんと殺し合うしか手段がないの?
本当にそう? 話せばきっと、なにか別の解決策が──
「ないわよ、そんなの」
左耳から、あの女の声が聞こえた。
「そもそも生かしておくつもりなら、こんな罠を仕掛ける必要がないでしょ? 向こうはね、あなたを殺す気が満々なの。だからね」
右肩がひんやりと冷たくなる。
そして──
「こっちも殺す気で挑まないと、あなた死ぬわよ?」
今度は右の耳から声が聞こえた。
「きゃっ!?」
気がつくと、榊さんに左手首を掴まれていた。
そのまま揉み合って体勢を崩したわたしの目の前には、ショッキングピンクの小さなリュックサックがひとつ。子供用かもしれないそれには、グラブループに長い紐がくくりつけてあった。
わたしは無我夢中で──自然と身体が、右手が動いて──榊さんが持つそれを奪い取った拍子に、彼女の首に紐が絡まる。
「ぐっ?!」
榊さんはそれを解こうとしたけれど、運悪くわたしの右肩にぶつかってしまい、そのまま鉄柵を乗り越えて下に落ちた。
さらに偶然が重なる。
なぜか紐は鉄柵の隙間に通っていて、ミニリュックが引っ掛かったのだ。
キュルルルルル! ギュルッ!
「ふぷ……コォオオオォォォォォォ?!」
紐が榊さんの自重できつく絞まり、首吊り状態になる。
「こほッ! クカッ、け……かはぁああ!!」
必死に解こうともがくけれど、そんなに時間がかからないうちに、榊さんは動かなくなってしまった。
「な……なによ、これ……?」
こんな偶然があるのだろうか?
命が助かったけれど、全然信じられないし嬉しくもなかった。
ぷらーん……ぷらーん……
眼下では、両手をたらして項垂れる榊さんが振り子のように揺れていた。
「うふふ、すごいすごい! やれば出来るじゃないの!」
幽霊の女は、拍手までして喜びの声を上げる。
「違う! そんなんじゃない! これは事故よ! 事故なのよ! わたしじゃない! わたしが……やったんじゃ……」
トタンの壁を背にして、ゆっくりと滑り落ちる。尻餅を着い頃には、涙があふれてこぼれていた。
「ウフフ……人間、悪いことは出来ないものよ。それにこれは正当防衛だから、気にしちゃダメ。それとね、そのリュックに入ってるのは石ころよ。食料はとっくに抜かれてるから、そのままにしておきなさい」
そう言って女は消えてしまった。
やはり彼女は、わたしに味方してくれているのだろうか?
そうだとしても、殺しの手助けなんてしてほしくはない。やっぱり、誰も信じちゃいけないんだ。
少し落ち着きをとりもどしてから立ちあがる。
なるべく遺体を見ないようにして猿梯子を降りる。ちょうど真横を通り過ぎたとき、彼女の眼鏡が尿の水溜まりに落っこちて割れた。
最後の段を足に掛けたところで、意を決して飛び降りる。着地の衝撃が右肩にまで響いたけど、声は我慢した。
とにかく、この建物から出たい。
でも、外に唯織さんやミリアムがいたらどうしよう。やっぱり護身用としても武器が欲しい。贅沢を言えば、拳銃とか飛び道具がいいけれど、さすがにそんなものは落ちていないだろう。
例え気休めでも、足もとの石ころを拾おうかと迷っていると、この建物にも監視カメラがあることに気づいた。
レンズが向けられているのは、わたしじゃなくて榊さんの遺体だった。悪趣味な犯人たちがながめている姿を想像して、怒りの感情がふつふつと湧きあがる。
やっぱり足もとの石ころを拾う。
そのままカメラを狙って投げたけど、大きく逸れてトタンの壁に当たった音だけが虚しく鳴り響いた。
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