8
表には誰もいなかった。
青空には鳥も飛んではいない。
白い雲だけが自由に流れていた。
(唯織さんはどこへ……まさか、今度はミリアムとカップルに……?)
日没まではまだ時間がありそうだ。いずれにせよ、二人に出会えば殺し合いが始まる。
現時点でわたしが知るかぎり、カップルは存在しない。
だとすると、この場合はどうなるんだろう?
例えば、このまま日没まで三人が誰とも出会わないとして、犯人が誰かを一人殺す。そうなれば、必然的にカップルが一組生まれるんじゃないのかな?
つまり、その時点で第二ゲームは終了するはずだ。
だけど、そんなはずはない。そんな終わり方をするゲームなんて、犯人は最初から望んではいないだろう。
監視カメラは、生存者のわたしよりも榊さんの遺体に興味を示していた。もしかしてそれが犯人の目的なの?
ダークウェブで死体から抜き取った臓器を売買したり、殺人ゲームを閲覧させて利益を得ている……とか?
殺し合いをさせて──
人が死んで──
最後の一人になるまで──
そして、その最後の一人もまさか──
もしそうなら、絶対に生きては帰れない。
そんな絶望的な考えに至るのと同時に、わたしは胃液を吐き出した。
脱水症状になってしまったのか、それとも、極度のストレスからなのか。どっちにしろ、榊さんの死に様を思い出してもう一度吐いた。
咳き込みながら、辺りを見まわす。
誰もいない。ううん、きっと監視カメラで犯人は見ているだろう。
とにかく、なんとしてでも、わたしは生き残りたい。そのためにも食料が必要だ。
まだほかにもミニリュックがあるはず。それは建物の中なのか、ドラム缶の中なのかはわからない。確かなのは、この廃墟の敷地内にあるということだけだ。
トボトボと歩き始めたとき、また別の幽霊を──死霊の姿が見えた。
やはり女性で、しかも裸だった。
眉間と心臓の辺りに拳銃で撃ち抜かれたような傷痕があるその霊は、ふらふらとシャッターが半分だけ開かれた建物へと入っていった。
行くあての無いわたしだけど、いくらなんでも幽霊を追いかけたくはない。
それでも、なにかが気になった。
なにか引っ掛かるものがあった。
誰かに背中を押されるような、そんな錯覚すら感じていた。
気がつけば足が、ふらふらとゾンピのように、さっきの幽霊みたくあの建物へと向かっていた。
開け放たれたシャッターから中へ入る。
白くて綺麗な大きいサイズのベッドが中央に一台あって、その上にはショッキングピンクの物体がひとつ置いてあった。食料が入ったミニリュックだと思う。
でも、罠かもしれない。
でも、違うかもしれない。
普通なら怪しすぎるけど、これはゲームだ。ゲームだからこそ、おかしなところにアイテムがある。これだってそう考えれば、なんの不思議もない。
それでもわたしは、足もとや周囲を気にしつつ、ベッドに近づく。鉄屑や金属片も念のためによけながら。
「どうしてよ?」
突然、声が聞こえた。
知らない女性の声。
きっとさっきの幽霊だろう。
「愛し合ってたはずなのに、どうしてよ?」
誰もいなかったはずのベッドの隅に、裸の女性が背を向けてすわっていた。
「ちゃんと言われたとおりに殺したし、命乞いされても頭を叩き割ったのに……それなのにどうしてなの?」
困ったことになってしまった。
ミニリュックを取ろうにも、幽霊に近づかなければならない。できれば近寄りたくもない、声も聞きたくない相手に。
「どうしてよ、イオナ……どうして……」
その言葉を最後に、女は泣き出した。
この現象もいつもどおりなら、わたしになんの危害も及ばないはず。
深呼吸をひとつしてからミニリュックに手を伸ばしたわたしの右足首を、ベッドの下から伸びてきた左手に掴まれた。
その手の中指の爪は、赤黒い血で固まっていた。この手の持ち主は──
次いですぐ、鉄パイプの先端部分がベッド下に見えて襲いかかってきたけど、全力で飛び退いて左手ごと振り払った。
「クソッ、クソッ、クソォォォォォッ!」
叫びながら反対側から這い出したミリアムは乱れた髪もそのままに、
「JK! これがなにかわかるか? 食料だ! 飲み水も入っている! これが欲しいか!? 欲しいよなぁ!? でもやらん、誰にも渡さんぞ! これは吾輩のモノだぁぁぁぁぁぁ!!」
目がギラついたミリアムが高笑いを始める。気が狂ってるのか通常運転なのか、違いがよくわからないけれど、鉄パイプを持っているから迂闊には近づけない。
ただ、彼女は脛に大怪我をしているから走って追いかけることは出来ないはずだ。
なんとか奪えれば逃げきれる。でも、こちらは素手だ。
一瞬、足もとにある鉄屑とかを投げてやっつけようかとも思ったけれど……あの食料はミリアムに譲って、歩ける自分は別のを探せばいいなって、そのほうがいいなって思えてきたのでそうすることにした。
「ぬあっ? おい、どこへ行く? 吾輩に恐れをなして逃げるのか? ハッハッハ、哀れな
罵り言葉を背に浴びながら、わたしはこの建物をあとにした。
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