今って、何時頃なんだろう?

 ふと気になった。

 学校に行ってないから、父親アイツの職場か携帯に連絡が入っているはずだけど、まさかこんな場所ところで殺し合いをしているだなんて夢にも思わないだろう。

 それは、さらわれたほかの四人の関係者たちも同じで、今頃みんなのスマホの着信履歴が大騒ぎになっているはずだ。

〝ここにいるよ〟って、大声で叫んでも届かないってわかっていても、そうせずにはいられない気持ちでいっぱいだった。


 ──コチン!


 どこからか小石が足もとに飛んできて跳ねた。


(誰かが……投げた……?)


 投げられた軌道を探れば、左斜め後ろにある廃墟の中に唯織さんの姿がうっすらと見えた。

 思わず声が出そうになってしまったのを堪えて、念のため、まわりに誰かひそんでいないのかも確認してから、そちらへと駆け出す。


「唯織さん!」

「加奈ちゃん、無事だったんだね」

「はい! でも、ミリアムに右肩をやられちゃいました」

「そうか……ボクも左腕が折れているかもしれない」

「そんな!? 大丈夫ですか!?」


 そう言ってから、大丈夫なわけはないって気づいたけど、もう遅かった。


「ありがとう、なんとか大丈夫だよ。だけど、お互い足をやられなくてよかったよ。走って逃げれなくなるからね」

「あっ」

「ん? どうしたんだい加奈ちゃん?」

「わたし、逃げるときにミリアムの脛を木材で……たぶん彼女、歩くのがやっとだと思います」

「そいつはいい。ボクらは片手しかうまく使えないけれど、走ることは出来る。でも、あっちの一人は走れない。戦うときには、こちらのほうが有利だよ」


 戦う──つまりそれは、殺し合うって意味だ。


「そうだ、加奈ちゃん」


 唯織さんが振り返りながら、吹き抜けになっている二階部分の通路を指差した。ショッキングピンクの、袋のような物体が置いてあるのが鉄柵ごしに見える。


「あれって、犯人が言っていた食料じゃないかな?」

「あ! 絶対にそうですよ!」

「でも、あそこまで行くには、ひとつしかない猿梯子を登らなきゃいけないんだ。もしもその最中、あの二人に見つかってしまえば……」


 逃げ道が無いから、そのときはアウト。

 ゲームオーバーになる。


「それじゃあ、わたしが取りに行きます。唯織さんはここで見張りをしててください」

「……いいのかい?」

「ええ、大丈夫です。それに、怪我ならわたしのほうが軽いですし」


 実際のところは自分でもよくわからないけれど、腕を骨折している唯織さんに登らせるわけにはいかない。

 精一杯の笑顔を──つくり笑いをしてみせる。

 唯織さんも笑顔を返してくれた。


「あーっ……この梯子って、最初の段が高いんですね」

「そうだね……加奈ちゃんの頭よりも上だね。そうだ、ボクが馬になろうか?」

「平気ですよ、たぶん……」


 とは言ったものの、右肩には不安しかない。とりあえず飛んでみようかなって逡巡していると、唯織さんのほうから四つん這いになってくれた。


「すみません、ありがとうございます……いっ……」


 やっぱり右手を使うのがキツい。

 それでも歯を食いしばりながら、猿梯子を登る。テンポ良くはいかなくても、人間やれば出来るものだ。


「加奈ちゃーん」

「えっ? はい?」

「見せパン穿いてるんだねぇー、残念だなぁー」

「あははは……無料タダじゃ見せませんよ、わたしのパンチラは……高いんですから……ねっ!」


 よし、登りきった。

 このままキャットウォークを歩いていけば、あの袋が──って、あれ?

 無い。袋が消えてる。なんで?

 地上を見れば、唯織さんの姿も消えていた。


「食料なら、ここよ」

「榊さん……!」


 榊さんが袋を持っていた。

 袋には長い紐が付いていて、どうやらわたしが登りきる頃合いで引っ張って動かしたみたいだ。

 これって……まさか……罠?


「そんな……榊さんはミリアムとカップルのはずじゃあ……」

「あー、そうね。第一ステージでは、ね。けれどもアイツさぁ、足を怪我しちゃって歩けないのよ。そんなんじゃ文字どおり足を引っ張るでしょ? だから、この先のことも考えて唯織に乗り換えたのよ」

「そ……」

「そんなのルール違反だって? 乗り換え禁止って言われた? 言ってないし聞いてないわよね?」

「はい……聞いてない……です」


 もう最悪だ。

 榊さんと唯織さんが、カップルになってしまった。


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