第2幕

 風圧で前髪やスカートの裾が揺れる。

 粉塵まで舞い上がり、みんなも鼻と口を押さえてせき込み苦しんでいた。

 壁の外は、吹き抜けの二階建廃工場の内部だった。トタンの壁や天井はボロボロで、剥き出しの鉄骨の柱にも赤錆がある。長い歳月のあいだ、誰にも使われていないことがひと目でわかった。

 ううん、違う。現在いまでも使われている。だこらこそ、頭のおかしな犯人にこの場所でわたしたちはゲームをさせられていたんだ。


「ここって……日本よね?」榊さんが誰となく訊ねる。

「そう信じたいです。違った場合、大使館にたどり着くまで命の保証はなくなりますからね」


 言いながら唯織さんは、握ったままだった凶器をなんの惜し気もなく足もとへ落とした。


「か……帰りましょう、家へ。ここから早く逃げなきゃ!」


 とにかく出口を探して周囲を見まわす。

 壁面にいくつもある窓。

 それらから漏れそそぐ陽の光とは別の、天井の高さまで開かれた巨大な出入口をすぐに見つけることが出来た。


「あそこから出れますよ!」

「待て、JK。あれを見ろ」


 ミリアムが指差す先には、二階から吊り下げられた大きなプロジェクタースクリーンがあった。さっき見たときにはなかったはずだけど──


「あれがどうかしたの? 犯人の気が変わるまえに、早く逃げようよ!」


 全員がスクリーンに向き直ると、大画面のなかの小さなカーソルが動きはじめ、映像が再生された。

 場面は夜の市街地なのか、景色が暗いように見える。音声はなさそうだ。

 ほどなくして、とあるマンションのベランダがクローズアップされる。一人の男の子が直立不動で──廊下に立たされるようにして、ベランダに裸で立っていた。


「えっ、嘘っ……」


 榊さんがつぶやくのと同時に、画面の中にも榊さんが現れ、男の子にバケツで水をかけた。そして、平手打ちを数発みまってからなにかを怒鳴り散らして部屋にもどったかと思えば、今度は火の点いた煙草タバコを男の子のお腹に押しつけた。

 いろいろと信じられない光景だけど、いちばん信じられないのは、男の子は虐待を受けている最中、ずっと声をあげずに苦悶の表情を浮かべたまま耐え抜いたことだ。

 つまりそれは、この虐待が日常的におこなわれている証拠でもあった。


 場面は変わる。


 今度もマンションの一室が映されたけど、高級そうな川沿いのタワーマンションだった。

 カーテンが開かれた窓の向こうには、ベッドで下着姿の女性に注射器を打つ唯織さんの姿があった。なにやらただならぬ雰囲気と女性の恍惚とした表情。もしかして、あの中身って……麻薬?

 注射を打ち終えた唯織さんもまた、自身に別の注射器を使っていた。それから二人は、唇と身体を重ねて画面から消えた。


「……まいったな」


 今まで見たこともない鋭い目つきで画面を見つめる横顔。これが真実ほんとうの唯織さんの顔なのかもしれない。


 場面は変わる。


 どこかの公園だろうか。曇り空の下、低木の植込みだけが映されていた。

 と、目深に帽子を被ってマスクをした髪の長い女性が現れる。変装をしていてもすぐにミリアムだとわかった。


「や……」ミリアムの声が微かに聞こえた気がした。


 低木の前で変装をしたミリアムがしゃがむと、たくさんの野良猫たちがエサを求めて姿を見せた。

 場面は切り替わり──同じ公園ぽいけど、確信はもてない──先ほどとは違う服装の、やっぱり帽子を目深に被ってマスクをつけたミリアムが、黒いトートバッグを肩に掛けてあらわれた。

 そして、周囲を警戒しながらしゃがみ込み、バッグの中から〝なにか〟を取り出して地面に次々と向きをそろえて並べていく。猫の頭だ。


「ぐぎぎぎぎ……クソがぁああぁぁぁあああああああああッッッツ!!」


 鼓膜をつんざくほどの絶叫をしながら、ミリアムはその場で地団駄を踏む。目が完全に血走り、長い髪を振り乱して暴れる様相はまるで鬼婆オニババだ。


(まさか、そんな……榊さんも唯織さんも、ミリアムまで……そんな……これって……いったい……?)


 本人たちには直接真偽が訊けない、訊けっこない。わたしの頭は混乱していた。


「なんなのよ、これ? なんのつもりなのよ……」

「これも犯人の目的ですよ」

「吾輩の秘密の性癖を……クソがぁ……クソったれの童貞野郎がぁ……!」


 人には誰しも秘密があるとは言うけれど、こんなことって本当にあるんだ。

 でも、だとすると、順番からすれば、次はわたしだ。

 だけど、わたしには三人みたいな犯罪行為の秘密なんてなにもない。あるとしても、思いつく悪行は信号無視くらいなもので、それも今朝遅刻しそうだったから車の往来がないのを確認した上での、ちょっとしたもので──もちろん、いけないのは重々承知だけれど、それくらいしか心当たりがない。


 そして、スクリーンに映された場面が変わる。


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