16

 のし掛かる唯織さんを押しのけようと、非力なヤスカちゃんは必死にもがく。アンクルストラップの愛らしいパンプスが、じたばたと何度も何度も、踵でコンクリートの床を蹴っていた。

 舞い上がる土埃はわずかなもので、二人の姿を隠すまでには至らない。

 上になっている唯織さんが顔をより近づけた瞬間、ほんの少しだけヤスカちゃんの動きが止まる。

 けれども今度は、よりいっそう大暴れをはじめて、その直後にシーリングライトの刃が大振りで降り下ろされた。

 一回、二回、三回、四回……残虐行為と交差するヤスカちゃんの絶叫。堪らず両耳をふさぐ。彼女の断末魔を拒絶したのは、わたし一人だけだった。

 ピタリとすべてが終わった頃、息を切らしながら立ちあがった唯織さんの手は凶器ごと紅く染められていて、額からも血の混じった汗が滴り落ちていた。


「ご苦労様」


 小さな声で榊さんが先ず話しかける。


「あうっ……その、アレだ……吾輩はなにも見ていないぞ……最初から彼女は死んでいたんだ……犯人に殺されて……」


 ミリアムの言葉が心臓を締めつける。

 否定も肯定もできない自分に嫌悪する。


「終わったぞ、これで満足したか!? ボクらを早くここから出してくれ!」


 天井に向けて叫ぶ唯織さん。

 それに答えて、犯人の声が部屋中に響き渡る。


『時は来た。籠の中の鳥たちよ、休めた翼で存分に飛びまわるがいい』


 頭が痛くなるほどのハウリングのあと、汗で張りついた学生服の背中に心地よさを感じた。

 密閉された空間に、外気が流れ込んで来たのだ。


 ゴゴゴォ…………ギィィィ……バタァァァァン!


 それは、あっという間の出来事。

 強固に立ちはだかっていた四面の白壁が、まるで蕾が花ひらくようにして、ゆっくりと倒れた。


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