14

 キスのあとは、なにもなかった。

 会話も必要がなかった。

 お互いの思惑が、瞳の奥にあやしく色づいて映っていたから。


「さあ、もういいでしょ? さっさとゲームを終わらせましょうよ!」


 榊さんの大声にうながされ、わたしたちは無言のまま静かに立ちあがる。



 部屋の中央に集まった五人の被害者。

 最も明るい場所にいるはずなのに、全員の表情は暗く、疲れ果てていた。拉致・監禁されたうえ、生命いのちをかけた恋愛ゲームの参加者プレイヤーをやらされているのだから当然だ。

 それでも一人際だって顔色が悪いのは、ヤスカちゃんだった。

 ゲーム開始時とは違い、今は二組のカップルが成立していた。それは、口にしなくとも全員が理解できている事実で、だからこそ、あふれたヤスカちゃんは誰とも視線を合わさずに──合わせられずに──死の恐怖に一人きりで耐えて震えていた。


「……で、具体的にどうすればいいのよ?」


 落ち着いた口調で榊さんに訊ねられたミリアムは、なにやら考えごとをしているようで、つま先を見つめたまま答えはじめる。


「用意されているエンドの種類にもよるのだが……やはり無難にノーマルエンディングへ進むのであれば、クリア条件の好感度に達しているラブラブ状態の推しに愛を告白。かーらーのぉー、相手がそれを承諾してカップル誕生となりゲームはクリア。吾輩と推しのメモリアルなスチルの数々とスタッフロールが画面に流れはじめて……いや、待てよ。キスも欲しいところではあるのう。唇でも構わぬのだが、吾輩的には、照れる主人公のほっぺにチューするスチルを最後に所望したい……いやいや、ハグが先か?〝オレもおまえのことをずっと見ていた〟〝言わせてゴメンな。だけど、これはオレが最初に言わせてくれ。……おまえを愛してる〟そっから抱きしめられた日にゃ、悶死確定の限界突破で三千世界へ余裕で旅立てますよ……いやいやいや、返事の途中からテーマ曲を流してくれ。胸熱感が激増して子宮にまで推しのぬくもりがマグマのように……へっへっへっへっへ♡」


 話が長かった。

 意味がまるでわからない。

 痺れをきらした榊さんが、こちらに顔を向けて口を開く。だけど──


「やはり、トゥルーエンドはこれしかないか」

「……まだあるの!?」


 だけど、ミリアムの話はまだ終わってはいなかった。


「うみゅ。チュー以上のことをしなければ成らぬやも知れぬぞい」

「クッ……だから、なにをどうすればいいのかを訊いてるのよ、最初からあたしは!」

「おせっせ」

「おせっせ?」


 おせっせ? おせっせって、なに?

 わたしも言葉の意味を知りたくて、隣の唯織さんを見る。


「セックスのことだよ」

「ああ……え?」


 ふたたびミリアムを見れば、榊さんに説明を続けていた。


「おせっせ、イズ、セクロスぞ」

「…………」


 また聞き慣れない単語を耳にした榊さんの全身から、瞬時に凄まじい殺気が解き放たれたけど、ペナルティが発動してしまうので手はあげなかった。その代わり、強烈な眼力めぢからで射抜かれたミリアムが、頬を紅潮させて唇を一文字に変えた。


「とにかく、どっちからやってみる?」

「ボクらはいつでも……それでいいよね、加奈ちゃん?」

「……はい」


 ヤスカちゃんを置き去りにして、話が進んでいく。これならもう、こんな状態なら、犯人に向けてカップル成立をアピールする必要性なんてあるのだろうか?

 もうハッキリと結果はわかっている。犯人が望むようなカタチかは別として、あふれてしまった一人が、その命を落とそうとしているのだから。


「そう。じゃあ、お先に。ザッ子、あなたから告白しなさいよ」

「……榊は経験者・・・だろ? だから、そのう……」

「あたしの場合、反面教師になると思うんだけど。ま、どうせお遊びなんだし、別にいいわよ」


 榊さんは小さな咳払いをひとつすると、身体をしっかりとミリアムに向ける。

 そして、いよいよ運命の告白タイムが始まった。頭のおかしな犯人にカップル成立と認められるのかが、これでわかる。


「さっきも話したけど、爪のことは本当にごめんなさい。全部あたしが悪いのよ。それなのにあなたは、自分を犠牲にしてあたしを救ってくれた。ひっぱたいたり首を絞めたりした乱暴者を、まさか助けてくれるなんて夢にも思わなかった。……正直に言うとね、あのとき感激して泣きそうだったのよ」

「榊ぃぃぃぃ!! 愛じでるぅぅぅぅぅッ!! げっごんじでぐでぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 早っ。

 まだ告白の途中なのに、ミリアムが感極まって号泣しながら榊さんの胸に飛びついた。


「ちょっと?! 段取りと違うじゃない!」


 それを受け止めた榊さんは、始めはとまどいを見せていたけれど、あきらめたのか、ミリアムの頭を優しく撫でながら彼女の髪に笑顔をうずめた。

 とりあえずミリアムたちは終わったので、次はわたしたちの順番になる。


「これで……いいのかな? 天井からは、なにも聞こえてはこないけど」

「そうですね……」


 唯織さんにつられて、カバーが割れて半分剥き出しになったシーリングライトを見上げる。発光する丸型の蛍光灯がそこにあるだけで、状況はなにも変わらない。

 ふと、咽喉のどの渇きに気づく。それは、緊張よりも室内の暑さが原因だと思う。おでこや腕には嫌な汗がにじんできていて不快感が増すばかりだし、それに、軽い頭痛と耳鳴りにも苦しんでいた。こんな密室で熱中症になんてなれば、それだけでもう命取りだ。


「加奈ちゃん」


 名前が呼ばれた。

 呼ばれた理由なら、わかってる。

 視線を頭上の光源から下げれば、隻眼の麗人が真剣なまなざしでわたしを見つめていた。


「結局、あまりしゃべれなかったよね。それでも、絶対にキミを守ってみせるから、ボクを信じてくれないか」


 そう言って差し出されたのは、うっすらとまだ血がついた右手の薬指。


 最後に指きりをしたのは、ひーちゃんとだ。

 まわりのお友達がおねしょを卒業しているのに、どうして自分は出来ないのって泣いて騒いでいたから、毎晩眠るまえにオレンジジュースを飲みたがるからだよって教えてあげた。そうしたら、

「もう飲まないもん!」て声高らかに宣言をして、

「それじゃあ、お姉ちゃんと約束しよう?」って、それで指きりげんまんをしたんだ。

 それからは不思議な事に、おねしょがピタリと止まった。だから、指きりは魔法の力があるって、わたしたち姉妹は信じてる。だからわたしは、唯織さんを信じることにした。


 差し出された小指に小指を絡める。

 さっきのキスとはまた違う体温の交わりに、不謹慎にも動作以上の過激な行為を連想してしまった。


「約束ですよ、唯織さん。わたしを守ってください」

「ああ、約束するよ。ボクのこの目を見てよ」


 そう言ってすぐ白目をむいて戯けてみせるものだから、思わず吹き出してしまい、唯織さんと二人で笑い声を上げる。

 こんなカタチで出会っていなければ、絶対に唯織さんみたいな、大人カッコいい野性的なお姉さんと話せる機会なんてなかっただろう。ましてや、キスなんて──


「ウフフ」


 そんなときだった。

 背後から、あの女性の声がまた聞こえた。

 死者である彼女の、とても楽しそうな歌声も。


「指切りげんまん、ウソ吐いたら針千本の~ます、指切った♪ 死んだらゴメン♪」


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