9
あからさまに唯織さんをさけて壁際をぐんぐん進むミリアムのめざす先には、壁を背にしてすわる榊さんがいた。
途中から彼女もそれに気づき、眼鏡を外して
五人が放つ体温の熱や二酸化炭素の影響で、空調の無いこの部屋は暑くなるばかり。
ミリアムが榊さんを
どちらかを選べば、どちらかが死ぬ。
どちらかを選らばなければ、わたしが死んでしまう。
普通の女子高生のわたしが、二人の人間の運命を握っている。
今のわたしは神様みたく、他人の生死を決められる権限を持ったような気分だった。神様といっても、死神のほうだけど。
足が自然と、二人のもとへ向かう。
三つの瞳に射抜かれながら、心が痛み、その痛みすらも感じられなくなるくらいに自己嫌悪に苦しんで、だけど胸の鼓動は不思議と落ち着いていて。
そんなわたしは、無意識に唯織さんの前で歩みを止めた。
「加奈ちゃん、ミリアムはボクのこと……あの様子じゃあ、許してくれてはいないよね」
唯織さんが悲しそうな顔をしてわたしを見上げている。
ヤスカちゃんもわたしを見ていて、目が合うと唇が少しだけ動いた。
なんて言ったのか読めなかったけれど、そのとき彼女の背後には、全身血にまみれた女性がすわっていた。
腕や顔には獣に襲われたような無数の爪痕があって、頭の出血量も
よりにもよって、どうしてこんなときに──霊感が強いわたしには、死霊の姿が見えていた。
この場所に囚われたのは、わたしたち五人だけじゃなかった。過去のゲームに参加させられた脱落者の怨念がこうして現れ、なにかを伝えようとしているのか、あるいは、わたしたちも死者の世界へと引きずり込もうとしているのだろう。
血染めの両手が、純白の立襟に守られたヤスカちゃんの首に伸びる。
息をのむわたしの様子に、なにかを察してくれたヤスカちゃんが立ちあがった瞬間、死霊の姿がきれいに消え失せた。
「ハハッ、二人とも仲がいいね」
気がつけば、わたしの右腕が華奢な胸に抱きしめられていた。束縛とまでは言わないけれど、これでまた、自由が奪われた。
このとき、唯織さんの笑顔が悲しそうに見えたのは、もしかして自分は誰ともカップルにはなれないって、そう覚悟を決めたからだろうか。
「ねえ、あなたたち」
榊さんが
その後ろには、だいぶと遅れて猫背のミリアムもいた。
「そろそろカップルを決めましょう。早くここから出るわよ」
単刀直入の提案に、唯織さんもわたしもお互いの顔を見つめるだけで、返す言葉がなにも浮かばなかった。
その代わりヤスカちゃんがパッと右腕から離れ、すわったままの唯織さんを含めた五人の小さな円陣ができあがる。
と、急に声を潜めた榊さんが続きを話しはじめた。
「知ってのとおり、どうしても一人が犠牲になるしかないルールになっているけれど、それに従うしか助かる方法はない。
……とりあえず?
「JKの仮説がもし正しいのなら、この密室からは出れるだろう。だがな、それは〝終わりの始まり〟にすぎん」
同じように小声で話すミリアムだけど、まったくもって内容の意味がわからない。
「それはどうゆう意味だ、ミリアム? 仮説っていったい……」
事情をまだ伝えていない唯織さんにも、わたしはその内容を簡単に説明した。突拍子もないことだから不安だったけど、「なるほど」って一応納得はしてくれたみたい。
でも、さっきからずっとみんな小声で話してるから、唇の動きも必然的に小さくなってしまい、ヤスカちゃんは眉根をちょっとだけ寄せた困り顔をしていた。
「話を続けるぞい。ようするに我々は今、誘拐犯に弄ばれている状態だ。苦しみもがくさまをどこからか見ていて、楽しんでいやがる。そんなキチガイが、ゲームをクリアしたところで生きて帰してくれると思うか?」
「た……たしかにそうかもしれないけれど、わたしたち、犯人にさらわれた記憶もないし、もちろん顔も見てないんだよ? それに、皆殺しが目的じゃないって言ってたじゃん!」
「フーッ……あなた、加奈子だっけ? この犯人はねぇ、愉快犯なのよ。殺しが目的なら、最初から全員バラバラにして切り刻んでる。でも、傷ひとつつけないで命令を言いつけた。そんな相手が〝カップル成立おめでとうございます〟だけでお
そんなことを言われたら、なんの救いもないじゃないか。絶望のなかにいても、せめて、なにかひとつの可能性に賭けて、生き抜く意思を失いたくない──それが生存本能。それを否定されたら、おとなしく死を待つだけの未来しかないじゃないの!
「ウフフ、とにかくゲームを進めれば嫌でもわかるのに」
そうよ。どの道ゲームに参加するしか生きれない選択肢なんだから、このまま突き進んでいけばいいんだ!
「でも、やっぱりゲームをするしか道はないんです! ペナルティも過激になってるし、次はどんな要求なのかもわからない。だけど、絶対に爪剥ぎ以上の怖いペナルティですよ!」
「うみゅ。だからこそ、パートナー選びは重要だ。きっと、それにも意味があるやもしれぬ。本当に自分と相性が良い、頼れる
そのときミリアムが、わたしにだけわかるように、ヤスカちゃんのほうを一瞬だけ見た。
なにが言いたいのか、わかってる。
彼女は耳が聞こえない。意思の疎通が大変だし、彼女にはなにかとフォローが必要だ。
助けられても、助けてはくれない存在──ヤスカちゃんはお荷物になるから、やめておけって──そう、わたしに助言をくれたんだと思う。
「とにかく、パートナー選びは公平にやりましょうよ。あふれたら……死ぬしかないんだし、その辺はフェアで、ね? でも時間に余裕がないから、短時間でも相手を変えて、一人ずつ話をして決めるのはどうかしら?」
「そうですね、ボクは賛成です」
「うん……それで……いいと思います」
「JK、悪いが貴様の〝嫁〟にも教えてやってくれ」
「嫁って」
ヤスカちゃんと目が合う。お互いにただ、それだけの反応をした。
こうしてわたしたち五人は、運命の相手を決めることになった。
でも、一組のカップルは実質生まれているも同然だから、わたしが誰を選ぶのかだけの話し合いだと思う。
神様……どうかお許しください。
わたしは生きて帰りたいです。
ひーちゃんに……妹に会わせてください。
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